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長剣と銀貨  作者: ビルボ
第六話 天魔
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天魔 八






 冬枯れの平野が鉛色の空に押しつぶされ、畑の畝は黒く湿っていた。

 雪解けの水が小川へ集まり、岸の()()の枯れ穂を揺らす。

 背後の松林だけが()()()の密な緑を残していた。


 パウルス・カルの道場では、数名の市民が長包丁を模した木剣を振るっていた。

 門弟のハンス・ペグニッツァーが彼らの指導を行っている。

 二十歳手前の赤毛の青年。

 近郊の農村の次男で、司祭に手習いしていた読み書きを買われて、ホーホベルク商会に奉公に出た。

 彼は昨年の一件以来、ホーホベルク家を辞して、道場に住み込んで雑事を引き受けている。

 初心者向けの稽古は任せて差し支えなくなり、パウルスの手すきの時間はぐっと増えた。


 そして、市民に混じって木剣を振るうヨハン少年の姿があった。

 羊毛の不織布のつば無し帽子をかぶり、亜麻布の肌着。

 脱色してない羊毛の長靴下を履いて裾を折り、腰紐に吊っている。

 同じく脱色してない羊毛の上着は脱いで、腰に結び付けている。

 

 地面に打ち立てた(ペル)を、ヨハン少年は木剣で叩いた。

 呼吸を弾ませながら上下左右に素早く打ち分ける。

 どうにも息が続かなくなると、手を止めて休むが、回復したらすぐに打ち込みを続けた。


「坊主、ずいぶん追い込むじゃねぇか」


 隣で同じく柱打ちをしていた中年の門弟が、ヨハン少年に声をかけた。

 こちらは自分の呼吸で、休み休みやっている。


「チッ、うっせーよ。俺ぁチンタラやってる暇ねぇんだ」


 肩で息をしながら、ヨハン少年が答えた。

 まだ呼吸も整わないうちから、打ち込みを始める。

 頭の高さで左右に切り返して叩こうとして、柱に当たった木剣の跳ね返りが顔に当たった。


「ぐあ」


 ヨハン少年は痛みにひっくり帰った。


「大丈夫か」


 ハンス・ペグニッツァーが、心配して声をかけた。

 ヨハン少年に怪我はなさそうで、彼は、気をつけろよ、と笑った。




 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 

 そうこうしているうちに、パウルス・カルが戻って来た。

 今日は珍しく、父親を伴っていた。

 五十歳過ぎの巨漢、剣客ヨハネス・リヒテナウアー。

 ヨハン少年が入門してから、彼がパウルスの道場に姿を見せるのは初めてだった。


大師(グロース・マイスター)!」


 ハンス・ペグニッツァーが背筋を伸ばして駆け寄った。

 

「おお、おお。よくやってくれているようだな」


 ヨハネスも、相好を崩して、初学者を預かる労をねぎらう言葉をかけた。


「自分の稽古も怠らないようにな。これで精の付く物でも食べてくれ」


 そう言って、ペグニッツァーにペニヒ小銀貨を数枚握らせた。


「ありがとうございます!」


 喜ぶペグニッツァーにうなずいた後、横眼でジロリとヨハン少年を見た。

 少年は、反射的に()()み返した。


「あれが、お前が拾ったというガキか。犬猫でもあるまいし」


 ヨハネスは、厳しい声音でパウルスに言った。


「孤児と寡婦の保護は、騎士様の徳目だからな。()()てられて、一介の剣士風情が騎士気取りかよ」


 パウルスは、恐縮したように目を伏せる。

 ペグニッツァーと門弟たちは、突然の緊張感に息を()んだ。

 

「おい、お前。何をしてもいいから、かかってこい。どうせ、たいして物にならん。それをわからせてやる」 


 ヨハネスは、ヨハン少年に向き合って、手招きをした。

 いかにも嘲るような表情。

 しかしヨハン少年はそれより、父親に(なじ)られたパウルスを気にしていた。

 見る間にまなじりを吊り上げ、眉間から炎のように眉を逆立てる少年に、パウルスは胸を打たれた。


 止める間もなく、ヨハン少年がヨハネスに跳び掛かっていった。

 六尺の大男の頭上まで飛び、頭を蹴り飛ばさんとする。

 だがヨハネスは頭を振ってそれを避けると、ヨハン少年の身体をがっちり抱き抱えた。

 そのまま、ヨハン少年を背中から床板に叩きつける。


「かはっ……!」


 背中を強く打ったヨハン少年は、弓なりにのけぞって床の上で悶えた。


 パウルスは少年に駆け寄って、負傷の程度を確かめた。

 まだ分からないが、頭を強く打ったり、骨折しているという事はなさそうだった。

 

 ヨハネスは、赤くなった頬の骨を確かめるように押した。

 少年の蹴りが、()()めていたのだ。

 

 それから、長靴下に隠された、少年の巨大なふくらはぎを観察した。

 

()()に、こういった人間もいるものだが……。天使の御加護か、はたまた悪魔のそれか」


 独り()()ると、パウルスの背中に声をかけた。 


「パウル、今のを見ただろう。俺でなかったら、この子はひと一人、蹴り殺してしまったかもしれん。お前、人を助けるという事を、決して軽々に考えてはいかんぞ」


 パウルスは、()()()として父親を見た。

 最近、父の真似事をして、人を()()()込むのが癖になっていた。

 自分にあるとも思っていなかった才能。

 それを使って人を唆す事に、悦びを感じていた。

 不自然な絡み方をしてきたから、何か意図があるのだろうとは思っていたが、意外な方向からの叱責に、若い剣士はひたすらに恥じ入った。


 その様子を見て、ヨハネスはため息をついた。


「保証人になったのなら、その子が道を誤らないように、力を尽くせ。()()(おろそ)かにするでないぞ」


 そう言うと、ヨハネスは今度は門弟たちに()びを入れた。


「稽古を邪魔して、すまんな。代わりに長包丁(ランゲス・メッサー)の妙手を一手、指南しよう」


 パウルスは、ヨハン少年を抱き抱えて、奥の間に移した。





 しばらくして、ヨハン少年は、パウルスの寝床で身を起こした。

 ()()()を気にしているのか、恐る恐る息をする。

 意識を失っていた訳ではないので、パウルス親子の会話は、耳には入っていたかもしれない。


「なあ、別に保証人になってくれなくって、いいんだぜ」


 勝気な表情で、パウルスに言う。

 その額を、パウルスは指で(はじ)いた。


「子供が生意気を言うんじゃない。それより、()()()に出るのが足じゃなくなるように、剣術を叩き込むからな。覚悟しておけよ」


  そう言って、少年の髪を()()回した。







 

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