表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長剣と銀貨  作者: ビルボ
第六話 天魔
55/69

天魔 四







 パウルスまず、銀貨を返すよう要求した。

 ヨハン少年に否も応もなく、床板を外して、銀貨の入った巾着袋を取り出す。


 パウルスは、大男が残していったろうそく行灯あんどんを床の上に立て、自らは腰を下ろした。


「ところで、どうやって財布を()った? 正直、警戒はしてたのに、いつやられたのか判らなかった」


 青年が尋ねた。

 少年は答えない。

 言葉を話せないのか、と問えば、違うと答える。


 少年は、年の頃は十ニ~十四歳くらいだろうか。

 痩せ細り、汚れた浮浪児。


 ふて腐れて黙っているのではなく、本当に途方に暮れているようだと、パウルスは思った。


「では、もう一回、やって見せてくれ」


 青年は立ち上がって、太股(ふともも)の付け根ぐらいまで覆っている短衣の裾をめくった。

 取り返した巾着(きんちゃく)の紐を結びつけて、腰帯からぶら下げる。


 しばしヨハン少年はためらい、結局は巾着切(きんちゃくぎ)りを再現した。

 前腕の内旋(ないせん)、つまり内側にひねる動きを使った巧妙な動きだ。


「ああ、ねじれ斬り(クルンプハウ)の動きか……。こっちの釘は、自分で削ったのか?」


 パウルスの問いに、少年はうなずいた。


 青年は、これを誰かに習ったのかと尋ねた。

 少年は、自分で考えたと答える。

 パウルスは、ヨハンを繁々(しげしげ)と見つめていたが、不意に寒そうに両腕を抱えた。


「こんな所、ねぐらにしなくてもいいだろう。修道院や施療院なら、行き場のない奴の面倒を見てくれる」


「アァ? そんな所入れねーよ」


「なんでだ?」


「……俺ぁよぉ。アア……なんだ? 勝手に村抜けしてっから……」


 孤児の答えに、ニュルンベルクの市民は顔をしかめた。


「それは、誰に言われた?」


「アァ? 誰だ? イエルクリング……」


「それは誰?」


「さっきの大男」

 

 それを信じたのか?と尋ねるパウルスに、ヨハン少年は疑わし気な目を向けた。


「俺だってよぉ、この市に来たのは三年前だけどさ、教会とか色々行ったんだぜ? でも、どこでも追い払われったつーの」


 少年の言葉に、パウルスは、やるせない表情を見せた。


「祈る人たちは、どこの村から逃げてきたとか、そんな事は気にしない。三年前と言えば、黒死病で大勢死んだ年だ。中で病が広がるのを恐れたんだろう」


 ホアキムの言葉に、少年は、表情のない顔で彼を見た。


「聖霊施療院《ハイリヒ=ガイスト=シュピタール》を訪ねてみたらいい。きっと助けになってくれるはずだ」


 そう言い残して、パウルスは立ち去った。





 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 




 翌日、暁闇あかつきやみのうちに、ヨハンはぶな林に向けて歩き出した。


 吐く息が、白い。

 一番、寒い時間だ。

 粉屋の職人たちが現れるまでにまだ時間があるが、ある程度の明るくなったら、身体を動かしたい。


 ()()を刈っていると日が昇り、夜気が緩みだした。


 ようやく人心地がついた気分になっていると、沢の曲がり角にブナの実がいくつか溜まっているのを見つけた。

 この季節に残っているのは、かなり幸運だった。

 殻を()いて、実を食べた。


 それから、ハラー小門をくぐって街中に入った。

 ペグニッツ河畔沿いの市壁の近く、ごろつき小路こうじに向かう。

 とある酒場に入った。


 昼間からたむろするのは、失業中の下男や女中、今日の仕事にありつけなかった荷役人夫といった人々。


 ヨハンは片隅に置かれた、たるの影に座った。

 運が良ければ、酒場のあるじか女中が使い走りの仕事をくれる。


 しかし今日、ヨハンが期待しているのは、そういう類の幸運ではなかった。


 一時間ほども待っていると、幸運が訪れた。

 昨日、イエルクリングに蹴られていた取り巻きが席に座り、麦酒(ビーア)を頼んだ。

 仲間を一人連れている。


 無頼漢二人は、声を潜めて、ファビアンの死について話しだした。

 

亡骸(なきがら)はどうしたんだ?」


「役人に言ったらよ、墓掘り人が来て、聖ローレンツ教会の共同埋葬地に埋めてくれた」


弥撒(ミサ)はしてもらったのかよ?」


「そんなんあるかよ! 墓掘り人が埋めて、それで終わりよ。仕方ねぇから立ち会ったけどさぁ。墓掘り人が掘ったら、()の奴が出てきてよ……まだ、髪とか残ってんのよ……」


「……」


「墓掘り人の奴、気にしねぇで手桶に突っ込んで納骨堂に放り込んで……。あれじゃあ、救われねぇ……」


「ファビアンの野郎、一時は(きり)鍛冶の親方の所で仕事にありついてたんだよな。あのまま真面目に続けて、若手職人の兄弟団(ブルーダーシャフト)に入れてもらえてれば、せめてまともな墓に入れたんだけどな……」


 ため息をついた二人は、やがてイエルクリングについて()()()話を始めた。

 いわく、何人もの集団に襲われたとか、片手を斬り落とされたとか、そんな内容だった。

 どうやら、イエルクリングはニュルンベルクを離れて逃げたらしい。

 それを受けて彼らは、自らの身の振り方を考えている様子だ。


「あの野郎が大枚引っ張れるなんて与太を抜かすから付き合ったら、このざまよ」


「地元の奴に聞いたら、あのパウルス・カルって奴、有名な剣術家らしいぞ。偉い殿様にも教えてるって」


「イエルクリングをっ付けたのも、多分あいつだ」


 そんな話を続けていた無頼漢の二人だが、彼らも最終的には市を離れる事にしたようだ。


 ヨハン少年は胸をなで下ろしながら、酒場を抜け出した。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ