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長剣と銀貨  作者: ビルボ
第六話 天魔
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天魔 三





 

 それから廃墟となった水車小屋に入り、床板を一つ外して持ち上げると、ボロボロの毛布を取り出し、代わりに銀貨の袋を隠した。


 それから少年は、手製の弓引き式の火起こし器で、火種を作った。

 集めてきた()()に火を移そうとするが、上手くいかない。

 呼吸が荒くなり、怒りの声をあげる。涙が流れる。

 最後には、貴重な毛布から羊毛をむしった。

 それに火種を入れて、ようやく火を付ける事ができた。


 そして石を並べた手作りの()()()()き火を起こして、かたわらに横になった。

 毛布にくるまり、眠ろうとする。

 堰に仕切られた騒々しい川面から、冷たく湿った空気が流れ込んでくる。

 集めた()()の量では、()き火は長くは持たない事が少年には判っていた。


 夜半前に寒さで目が覚め、朝まで震えて過ごす事は怖くなかった。

 怖いのは、目覚めない事だ。

 この冬、そうやって死んだ者を何人も見てきた。

 

 


 少年は、夢を見た。

 故郷の農村の風景だ。


 自分が、黒死病で死んだ父親を引きずって歩いている。

 亡くなって日が経ち、蛙のような姿勢で固まった大人は、数えで十歳の自分には重すぎる。

 でも、誰も手伝ってくれない。病気がうつるから。

 そも、この冬は人が死に過ぎて、誰が、まだ生き残っているのかすら判らない。

 それでも、埋葬しない訳にはいかない。

 しかるべき所に弔われなかった魂は、天国に行けないからだ。少年はそう信じている。


 父親のき出しの手足には、黒い斑点が浮き出ている。その皮膚が、固い地面に擦られて、めくれ上がる。

 もうそんなに血は流れない。

 それでも、少年が父親を引きずった跡には、赤い物が混じった。

 地に伏せられた顔は、もう目鼻立ちが判らなくなっているかもしれない。

 少年は父親の亡骸なきがらをまともに見る事ができない。


 村はずれにたどり着くと、そこに大きな穴が掘られ、大勢の遺体が投げ込まれていた。

 腐臭が少年の鼻を打つ。立ちすくむ。


 これはしかるべき所なのか? だが、墓地はとっくの昔にあふれている。

 少年は悩んだ末に、大穴に父を落とす。

 固まった身体は、ばたん、ばたんとゆっくりと転がりながら落ちる。

 途中で下着が外れて、くそで汚れた尻がき出しになる。

 穴の底に落ちた父は、少年を見上げて口を開いた。

 鼻や唇がげているので、聞き取りづらい。


「俺は、母さんとちび助たちを、きちんと葬ったぞ。なのにお前は、俺をこんな所に落とすのか? お前なんか、もう家族じゃない」


 父に責められ、少年は泣く。

 文字通り胸が痛くなり、耐えられない。




 突然、背中に衝撃を感じて、少年は目を覚ました。

 息ができない。苦しい。

 それでも少年は、ここでうずくまれば死ぬ、という危機感から身を起こした。

 たき火は消えている。

 灯りは金属製のろうそく行灯(あんどん)

 持っているのはイエルクリング。

 今にも怒鳴り始めそうな笑みを浮かべている。

 鮮やかに染めたあかね色の頭巾は、ファビアンの物だ。


 そこまで見てとって、殺して、奪ったのだと少年は確信した。

 自分の子分だったのに、面子を潰されたとか、そんなささいな理由で。


 少年は、恐怖で身を固くした。

 その様子を見て、大男は笑みを深めた。

 ゆっくりと、少年に見せつけるように長包丁を抜く。


 ——ファビアンは、まだわかっけど、何故、オレなんだ!?

 少年は、混乱する。

 だが心のどこかでは、イエルクリングはそういう奴だと分かっていた。

 純粋に、他人を苦しめる事に悦びを感じる化け物。

 死ぬよりひどい目に合わされるんじゃないか。しかも長い時間をかけて。



 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 パウルスは、巾着を切られた事にすぐに気付いた。

 捕まえても良かったのだが、足早に立ち去る浮浪児の後ろ姿に、違和感を覚えた。

 何がおかしいのかは分からないが、自分の剣士としての勘が働いている。

 そう感じたパウルスは、間合いを取って少年の後をつけた。


 ハラー小門を出て、ぶな林で()()刈りをする浮浪児を見た。

 すぐに疲れて動けなくなってしまう様子を見た。

 パウルスは、不機嫌な顔で、沈んでゆく夕陽を見た。

 首を振り、市内へ足を向けた。

 

 晩課の鐘が鳴る直前に、ハラー小門に戻る。

 そこで、大柄な男とすれ違った。

 威圧的な物腰。腰に長包丁。

 それだけなら、悪所によくいる()()()な輩だったが、パウルスは血臭を嗅ぎとった。


 少し間を置いて振り返ると、輩はヴァイデン水車に向っていた。

 そして、彼がかぶっていた()()()色の飾り頭巾に、パウルスは見覚えがある事に気付いた。

 

「お兄さん! そろそろ閉めるよ! 通るの? 通らないの?」


 ハラー小門の管理人が、パウルスに呼びかける。

 

「すみません。戻ります」

 

 パウルスはそう答えて、輩の後を追った。


 剣呑な気配の男は、ぶな林の中に身を潜めた。

 パウルスも、それに()()う。

 やがて、製粉所の職人たちが市内にもどって行った。

 日がとっぷりと暮れ、月明りに目が慣れ始めた頃、男が立ち上がった。

 ろうそく行灯(あんどん)に火を入れて、水車小屋の方に歩き出す。


 後をつけていくと、大男は木橋を渡り、南岸の水車小屋に入っていた。

 パウルスが迷っている間に、少年の悲鳴が中から響いた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」


 パウルスは、長包丁を抜いて水車小屋の中に飛び込んだ。

 そして、中の光景に驚いた。

 倒れた行灯(あんどん)に照らされて、暗闇の中を猫のように少年が跳ね回っていた。


 そして、剣呑な大男の頭上を飛び越えながら、()()()でその顔を蹴り上げた。

 大きな鈍い音と共に()け反った男が、床に倒れ込んだ。


「ぶっ殺すぶっ殺すぞゴラァッ!」


 大男は、勢い良く跳び起きると、長包丁を振りかざした。

 行灯(あんどん)のわずかな明りでも、蹴られた直後に関わらず右目がふさがっているのが見て取れた。

 かなりの深手のはずだ。


 パウルスは、長包丁を下段に構えて、少年を背にかばうように男の前に出た。

 大男は、突然現れたパウルスを誰何(すいか)する事もなく、()()()()に斬り付けた。

 弾かれるように左前方に右足を踏み込みながら、パウルスが斬り上げた。

 交錯した瞬間、鈍い音がした。


 大男が長包丁を取り落とす。

 彼は、右の手の平の小指側、手首との境目(さかいめ)辺りを左手で抑える。

 その抑えた指の間から、鮮やかな血が滴った。

 パウルスが長包丁を頭上に掲げて、一歩近寄った。


 男は、驚くような大音声で悲鳴を上げ、ためらう事なく逃げ出した。

 大声で命乞いを(わめ)きながら走り去る大男に気をのまれて、パウルスは追撃する機会を失う。

 仕方なく、パウルスは長包丁を鞘に納めて、少年を振り返った。


 少年は、半ば四つん這いの低い姿勢で、パウルスを(ひど)く警戒していた。

 さきほどの尋常でない跳躍といい、まるで大きな野良猫のようだとパウルスは思った。

 自然と、腰を落として、落ち着いた口調で話しかけた。


「私は、パウルス・カルという。剣術師範をやっている。君は?」


 尋ねられた少年は、無言だった。

 逃げるか、噛みつくか、考えあぐねているような風情なので、パウルスは口角を吊り上げてみせる。

 やがて、少年は口を開いた。


「……ヨハネス」


 奇しくも、パウルスの父と同じ名だが、当時の名前はそれほど選択肢がなかったので、よくある事だった。

 


挿絵(By みてみん)







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