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長剣と銀貨  作者: ビルボ
第六話 天魔
52/69

天魔 一






 一四四一年一月。


 当時、ニュルンベルク市の南西の市壁沿いに、”女小路”という歓楽街があった。

 西寄りのシュピタール門と、南向きのフラウエン門。

 その二つの門に挟まれたこの辺りは、町へ出入りする者の流れが自然と吸い寄せられる。

 そのため、仕事を探す旅の職人や、巡礼者、旅の楽師、下男の口を探す季節労働者などが逗留する安宿が多い。


 空の色が、深い藍色から黒に変わる頃。

 ”女性たちの家”と呼ばれる市営の売春宿から、大柄な男がぬっと出て来た。

 男は、あかね色に染めた飾り頭巾(シャペロン)を洒落た形に頭に巻いている。

 赤ら顔で、鼻歌などを歌いながら、提灯を持って夜の道を行く。


 この男、仲間内ではファビアンと呼ばれ、流れ者の職人をやっている。

 仕事を求めてニュルンベルクにやってきて一年経つが、何一つ長続きせず、その日暮らしのような事をしていた。


 その男が、急に路地に引き込まれた。

 いくぶん乱暴に突き飛ばされ、路地の壁に背中を打ちつけられる。


 突き飛ばしたのは、小柄で白い肌の青年だった。

 山高の詰め物帽に毛皮の外套を羽織っている。


「ファビアン。実入りがあったのなら、金を返せるな?」


()()()()()をそった柔和な顔立ちをしているが、今は眼光鋭く、ファビアンを問い詰めた。

 

 青年の名はパウルス・カル。

 ニュルンベルク郊外に道場を構える剣術師範である。

 

憎憎(にくにく)し気にパウルスを睨むと、(つば)を吐く。


「……ユダ公の犬がよぉ。市民の癖に恥ずかしくねぇのか!」


「借りた金を返さないほうが、よっぽど恥ずかしいと思うがな」


「……ンダ、コラ! スッゾコラ! オア!?」


 爆発的に激怒して見せた男が、長包丁(ランゲス・メッサー)を抜いた。

 提灯の灯が、刃にぎらりと映った。


「……テメェ、ブッ殺すぞゴラァ!?」

 

「……抜いたな? 五ポンドの罰金だぞ?」

 

 パウルスも、提灯を持った左手を前に半身になり、長包丁を抜いた。

 右手をぶらりと垂らし、切っ先を後方に向ける。


「ザッケンナ? ォォシャルラオッタズオ!」


「……」


 無頼漢の怒号に、パウルスは()()()()()まない。

 ファビアンは、歯ぎしりをして顔を()()めた。 


 やがて男は決死の形相で、一歩踏み込んで長包丁を突き出した。

 しかし切っ先はパウルスに届かず、三尺ほど手前を()()っただけだ。


「気をつけた方がいい。暗い所で刃物を振り回すと危ないぞ」


 パウルスが、あざ笑った。

 歯をき出して、うなり声を上げた男が、再び長包丁を繰り出す。

 

 右手に長包丁を持った人影が、路地の壁に躍った。

 しかし間合いが遠すぎ、パウルスは二、三歩前後するだけで、長包丁を打ち合わせる事すらしなかった。

 やがてファビアンは立ち止まり、肩で息をし始めた。


「転ぶなよ。転んだ時に手をつくなよ。それでよく、自分を刺してしまうんだ」


 パウルスが、今度は若干真剣な面持ちで声をかけた。

 無頼漢は、(つば)を吐き、肩を息をした。

 表情に、迷いが現れていた。

 尚もパウルスが待っていると、ついに諦めたようにため息をついた。


「チッ、ダりぃなぁ。クソ、持ってきやがれ!」


 ファビアンは、上着の裾をめくった。

 腰紐に結び付けていた巾着を外し、放る。

 巾着は石畳に落ちると硬貨の詰まった音がし、口から数枚の銀貨がこぼれ落ちた。

 そしてファビアンは、パウルスを見ながら後退あとずさり、一目散に逃げ出した。


 それを見届けると、パウルスは自分も長包丁を鞘に納めた。

 ため息をつくと、ゆっくりと銀貨を拾い集める。


 路地の暗がりに身を潜め、それを観察している小さな影があった。

 パウルスが歩き出すと、小さな影はひそかに後を追った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


 

 聖母教会前の広場は、人(いき)れで白く()()んでいた。

 今日は、市が立つ日だった。


 広場の外縁、荷車が寄せやすい側には、鍛冶職人が集められていた。

 蹄鉄が幾つも重ねられた台。打ち損じの欠片や釘が放り込まれる木桶。

 隣では刃物職が、包丁を手に取り、野菜を切って実演販売をしている。


 その少し内側には、細かな品を扱う小間物商の台が続く。

 真鍮の留め金、環、鉤、飾り釘、秤の分銅……。

 並べられた光り物を確かめる客の手が止まらない。


 教会に近い側では、琥珀の十字架が浅い木箱に並ぶ。

 数珠玉や小さな聖画像が、同じ箱に混じって売られていた。

 見物客が、陽光に透かして蜜色の透明さを確かめている。


 革細工は一か所に固まらず、用途ごとに散っている。

 腰の袋物や細いベルトは小間物の台に混ざり、丈夫な革の馬具や太い帯は蹄鉄の匂いの近くに置かれていた。

 広場は勝手気ままに見えて、何をどこで売るか、市当局から細かく規制されていた。


 最も目につくのは、晴れ着を着た職人親方や、その家族。

 街の正式な市民たち。


 次に目に付くのは、その市民たちに売る物を運んできた行商人たちだ。

 直接、食料品を持ち込んでいる農民もいる。

 大方は自家製のパンだが、それ以外にも、野菜、鶏、卵、売れる物は何でも、()()に並べられている。


 数は少ないが、街の都市貴族(パトリツィア)豪商(エルバレ)の旦那衆も目立っていた。

 布地の多い、きらびやかな装いで、家族や使用人を連れて練り歩いている。

 彼らは、毛織物・香辛料・金属/鉱石・塩といった品物を扱う貿易商だ。

 これらは市の日とは関係なく、彼らの指示で都市から都市へ動かされている。

 その為、今日の市に繰り出している旦那衆は完全に物見遊山だ。


 一方で、物乞い、芸人、傭兵崩れ、遍歴職人といった、市民からは、()()()に思われている流れ者の姿も多かった。

 芸で稼げたり、下男の口を見つけられるのは、運が良い方だ。

 大多数は、荷役の日雇い仕事にありつければ、御の字といったところ。

 そうでなかった者たちは、昼間から路地裏に(たむろ)していた。

 

 当時の建物は、上階になるほど道に張り出していて、路地では空が狭い。 

 そんな路地である“ごろつき小路こうじ”から強面の声が上がった。

 声は、こそこそと表通りの影を歩く少年を呼び止めた。


「ゲジゲジ! おう、てめぇ、何してんだ?」


 そう呼ばれた少年は、もつれるように足を止め、振り返った。





挿絵(By みてみん)

たぶんここ2~3日で集中的に投下します

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