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長剣と銀貨  作者: ビルボ
第五話 英雄
49/51

英雄 十






 その日、ザーラが道場に着いてみると、もぬけの空だった。

 不審に思って、ホーホベルクの家族塔を訪ねてみると、パウルスが女性用の外套を着ている所だった。

 くるぶしまで落ちる、重たげな襞裾(ひだすそ)の間に長包丁を隠し持っているのを見れば、冗談事でないのは判った。


「何事ですか?」


「どこぞの盗賊騎士に、ベルトホルトが誘拐されました。塔に監禁されているので、女装して潜入します」


 簡潔に説明した後、パウルスはザーラと眼を合わせた。

 口を開きかけて閉じ、一拍の間を置いてから、口を開いた。


「もし私に何かあったら、父母が帰るまで、このホーホベルクの使用人たちの面倒を見てやってもらえませんか?」


「私も行きます」


 食い気味に、ザーラが宣言した。


「この家の揉め事に、貴女を巻き込む訳にはいかない」


「ベルトホルト君なら、同じ釜の飯を食った姉弟弟子です」


 そう言って、ザーラは麻の被り物をパウルスの頭に巻いた。


「貴方がこうすれば、遠目にはごまかせるかもしれない。でも、声は偽れない」


「なんとかするさ」


「ほら、何の案も無いじゃないか」


 パウルスは、ザーラの熱心な申し出には、義侠心以上に、“実戦で剣を振るってみたい”という欲望があると感じた。

 ()()力、反応速度の差で、男の武芸者にはかなわない、というのは今年の初めに思い知ったはずだ。

 さらに言えば、ザーラの身に何かあれば、オットー公の勘気を受けたパウルスに累が及ぶ可能性もあった。

 それでも尚、己が身に付けた武術を世に問いたい、そういった剣士の業は、パウルスには痛いほど判った。

 一瞬の逡巡の後、パウルスは腹を()()った。


「わかった。ただし指示には従ってもらう」


「承知した」





 

 翌日。ニュルンベルク近郊の森の中。

 小路に沿って緩やかな斜面を登っていく、二人の人影があった。

 女物の外套をまとい、髪は麻の被り物で隠している。

 手には、パンや乾酪(ケーゼ)の詰まった籠を抱えていた。


 二人が斜面を登りきると、円塔が、森の中から石の塊のように立ち上がっていた。

 基部の直径は五間ほどもあり、近づくほどに、人が住むための建物というより、地面から削り出された岩柱のように見える。


 二階の高さに穿たれた戸口は、鉄帯が何枚も打ち付けられた頑丈な木扉がふさいでいる。

 その前には、すぐに落ちそうな貧弱な木製階段が取り付けられていた


 塔は四層ほど積み上げられ、頂までの高さは十間前後。見上げると、首が痛くなる。

 兵の数ではなく、時間と金を吸い取るための建築。

 この地方の小領主が好んだ、実にフランケンらしい塔である。


 二人の人影は、階段を上がって、扉を叩いた。

 のぞき窓が開いて、中から男が二人をにらみ付けた。


「パンと乾酪(ケーゼ)を、お持ちしました」


 ザーラが用向きを告げた。

 男は、ザーラの顔と声に、安心したように返事を寄こした。


「うしろの女は、下がって階段から降りろ。一人ずつだ」


 そう言われて、ザーラの後ろにいたパウルスは、階段の下まで降りた。


「お前も下がってろ。外に開くぞ」


 男の声に、ザーラも階段の上り口から数歩さがった。

 やがて、貫木(かんぬき)が外される音がし、軋む音を立てて木扉が外に開いた。


 ザーラは、戸口を通って塔内に入った。

 それを見届けて、パウルスは外套を脱ぎ捨てた。

 長包丁(ランゲス・メッサー)を抜いて、階段を駆け上がる最中に、戸口の向こうから悲鳴が上がった。


 パウルスが上り口に着く前に、更に悲鳴が上がって、男が一人、外に飛び出してきた。

 肩に、小柄(こづか)が深く刺さっている。

 彼は、足を踏み外して、階段の踊り場から下に落ちた。

 

 ——甲冑を、着ていない。

 それだけ見てとって、パウルスは戸口に飛び込んだ。


 塔の中では、長包丁を構えたザーラと男が、丁度斬り結んだ所だった。

 互いに袈裟斬り。甲高く叫ぶ刃。

 だがザーラの切っ先のみ、相手の首筋に沈んだ。

 ()()力ではない、術理の結果。

 匠の斬り(マイスターハウ)の一つ、憤りの一撃(ツォーンハウ)

 


 そこに、横合いから、別の男がザーラに斬りかかった。

 ()()()に飛び退(すさ)るザーラ。

 ザーラの左の手の平から、血が飛び散る。


 パウルスは怒号をあげて突進、ザーラの前の男に長包丁を叩きつけた。

 悲鳴をあげた男は、長包丁を取り落としてうずくまった。

 髪が付いたままの頭皮がめくれて、頭から垂れ下がっている。


 見ればザーラに首元を斬りつけられた男が、戦意を失って命乞いを始めていた。

 首筋を押さえた両手と上着が、真っ赤に染まっている

 

 板が敷き詰められた床と天井。

 奥の方には上階に続く急な階段。

 地階に下りる為の四角く切り抜かれた床。丸められた縄ばしご。

 ザーラの指先から、滴る血。

  

 パウルスは、命乞いをしている男に、外に出るように指示。

 のろのろ歩くその男を、後ろから突き飛ばして階段の外に落とす。

 それからめくれた頭皮を引っ張るようにして、頭を怪我した男を戸口まで引きずった。

 それも外に蹴り出すと、木扉を閉めて貫木(かんぬき)をかける。


 それからザーラの元に駆け寄った。

 籠の中から陶器の壺を取り出すと、葡萄酒でザーラの左手の平の刃傷を洗った。


「……っ!」


「我慢して」


 それから、懐から軟()()を取り出して塗り、麻の包帯を巻いた。


「……それは?」


千振(せんぶり)を豚の脂に練り込んだ物なんだ。金創(刃物による切り傷)に効く」


 そうして包帯を巻き終えた頃、頭上から声をかけられた。


「……そろそろ、いいか?」


 二人は振り返った。





挿絵(By みてみん)

Langes messer の Zornhau  

https://youtu.be/kEd_rdfc_3E?si=IAMhunvUCE9v3J05&t=30


ちなみにこちらは私のツォーンハウ(メッサーじゃなくてロングソードだけど)

https://youtu.be/6oK8M4Z5c7Y?si=SX8wedqOpCdzFvWF


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