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長剣と銀貨  作者: ビルボ
第五話 英雄
48/51

英雄 九

(承前)






 理由を挙げろと言われれば、まずはやはり——この都市の富である。

 古来より広域交易の要衝として栄え、商人も手工業の品も、金の流れもここへ吸い寄せられてきた。


 次に、ブランデンブルク辺境伯との争いが尾を引いている。

 参事会は城伯(ブルクグラーフ)城と都市の諸権利を買い取ったものの、帝国林の狩猟権、貨幣権、ユダヤ人保護権、鉱山事業など——帰属が曖昧なまま残された権利が多かった。

 そのうえ今年、ローマ王に選ばれたハプスブルク家のフリードリヒ三世の意向が、これらの権利の行く末に影を落とす。

 参事会と辺境伯、そして王権の三つ巴で綱を引き合うあいだに、誰の手も届きにくい隙間が生まれ、そこでは衝突が増えていった。


 最後は、フランケンの土地の癖である。

 中世封建制の判り辛さは、封土が川や道で素直に線引きされていない事にある。

 こちら岸がA伯領、向こう岸がB伯領——そんな具合に切り分けられるのは稀で、実際には飛び地が折り重なり、支配は継ぎはぎの布のように入り組む。

 特にフランケン地方はそれが顕著だ。

 添えた図は、かなり後の時代、十八世紀のブランデンブルク伯爵領の南西方面の支配領域である。

 水色の伯領域もかなりモザイク状だが、更にそれ以外の白い地域に小領主たちが無数に入り組んでいて、小さな砦や塔が乱立していた。

 これらは、ニュルンベルクと事を構えた騎士や小領主たちが身を隠すのに実にうってつけだったのだ。


「……ローゼンベルクと言ったか? 知らん名だ。まずは告知状を調べてみる。ついてこい」


 エアハルト・シューアシュタプは、パウルスにそう言って、足早に歩き出した。

 向かった先は、参事会書記局(ラーツカンツライ)という部署の部屋だった。


 担当の文官に支持して、ローゼンベルクのフェーデ告知状を探させる。

 見付かったそれを、パウルスとエアハルトはのぞき込んだ。


「……フェーデの理由は、”ニュルンベルクにて先日行われし射撃の競いにおいて、優勝した市民が、賞品を受け得ぬという不義があったと聞く。我は、彼に成り代わりその不義を正すべく”云々かんぬん……」


「クッソくだらねえ。因縁もいいところじゃねぇか!」


 エアハルトの罵倒は口汚かったが、パウルスも同意見だった。


「待ってください。結びの所。“本通告状には、ハンス・フォン・ゼッケンドルフの印章を用いた。我ハインリヒは、この時自己の印章を持たなかったが故に”とある。身代金の要求書も、同じでした」


 パウルスが、書状を指さして言った。


「ふむ……。ゼッケンドルフ家は、ホーエンツォレルン家(現ブランデンブルク辺境伯の家系)の腰巾着だな。まあまあでかい家だ。このローゼンベルクってのは、どこのどいつだ?」


 エアハルトの問いに、文官は、首を振って「わかりません」と答えた。


「どういった理由で、ハンス・フォン・ゼッケンドルフの印章を使っているのか判りますか?」


 パウルスが尋ねると、


「明言されていませんが、ローゼンベルクの主君、ないしは血縁や友人ではないかと思われます。和平交渉をする時の窓口になる人物かと」


 と、文官が答えた。


「これゼッケンドルフが焚き付けて、後で仲裁面して出てくる気なんじゃねぇの? 腹立つわ~」


 エアハルトは青い剃り跡を撫でながら、顔をしかめた。


「うちの使用人が使いに行った村の近辺に、そのゼッケンドルフの地所はありますか?」


「どうでしょうか……?」


 文官は、首をひねった。

 詳細な地図や登記簿など無い時代であり、まして三年前に、都市の半数が死に絶えるような疫病があったばかりである。

 当事者ですら、その帰属がはっきりしなくなったような地所も無数にあった。


「確か、小さな塔があったな。ゼッケンドルフが権利を持っていたはずだ。行き方は、その村で聞けば判る」


 エアハルトは、事もなげに答えた。

 パウルスと文官が驚きの目を向ける。


「委員に選ばれた時に、近郊は歩き回って調べたからな。徒歩二日圏内なら、任せとけ」


 自然の山野では、高低差や樹木で、なかなか視線が通らない。

 直線距離二日以内となれば、その地勢を把握する事は大変な労力である。

 言葉遣いは人足(にんそく)のようだが、指揮官として信頼できる人かもしれない。

 パウルスは、エアハルトをそう認識した。


「まずは、他の委員にも相談してみる。少し待て」


 と、エアハルトは言った。

 参事会の役職や委員の仕事は、名誉ある奉仕であるため、複数名が任命される。

 戦時担当委員(クリークスヘア)であれば六名いて、二名ずつ四カ月交代で一年を回す事になっていた。


「……うちの門弟を、こんな無頼のもとにいつまでも置いておけません。今から、迎えに行きます」


「いやいや待て。塔に籠られたら、厄介だぞ?」


 この手の堅固な塔や砦は、少人数で大勢の寄せ手を防げるように出来ている。

 しかも頭数合わせの雑兵では、役に立たない

 しかるべき訓練を受け、装備を整えた者を雇い、野営を続け、食事や矢弾まで運び込まねばならない。——それには膨大な軍資金が要る。

 だからフェーデでは、城を真正面から打ち砕くより、周囲を荒らし、家来や百姓を捕えて身代金を取るなどして相手の懐を締め上げ、和解金で決着をつけることが多い。


「私に、考えがあります」


 ゆっくりと、深い声で言ったパウルスは、ぴたりとエアハルトに視線を合わせた。






挿絵(By みてみん)

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