英雄 七
その名を聞いて、ちょっと耳慣れない語感の名前だな、とパウルスは思った。
——外国の生まれなのだろうか?
と、ちらと考えた。
「で、だ。これと同じような甲冑を作る場合の費用だが……」
話題を変えるように、ヨルグはパウルスに声をかけた。
「待たれよ。確かに素晴らしい鎧だが、斬新に過ぎる。選帝侯の武術師範として適当かというと……」
ザーラが、口を開いた。
女性としては低く落ち着いているが、男にはない艶のある声音。
ヨルグが、思わずザーラを二度見した。
アヒレスと名乗った青年も、眼を丸くしている。
「女です。事情がありこのような形をしておりますが、偽るつもりはなく、ご容赦を」
慣れた口調で告げるザーラ。
「……まずいだろうか?」
パウルスは、ザーラに尋ねた。
現代とは異なり、当時の衣服は社会的な階層を示す意味合いが強い。
「貴方の立場で、あまりに奇抜な装いをする事は、宮廷に対する敬意を疑われかねない」
ザーラは、そう答えた。
「……だが、この甲冑は、絶対流行る。皆がこれを着るようになる日は、遠くないぞ」
ヨルグが自信満々に言ったが、ザーラは疑わし気な視線を向けた。
「それにあんたが、形の奇抜さをとがめても、説得力に欠ける」
ヨルグに言われ、小さく舌打ちをするザーラ。
パウルスは、腕組みをして下を向いた。
「……いや、それでも、この甲冑にしたい。お願いします」
パウルスは、そう言った。
ザーラは鼻息をついたが、何も言わなかった。
「頭金として、広幅グローシェン銀貨一九〇枚を用意しました。残りは分割払いでお願いしたい」
「では、仮納品の時に二〇ポンド、そこから手直し、熱処理、研磨、装具取り付けまで含めた本納品の時に二〇ポンドでどうだ?」
「いやいや、そんなに高くなるはずがないですよ」
「高炉鉄じゃなくて、たたら鋼を使ってるんだ。いくらすると思ってる?」
ヨルグとパウルスは、それから一時間ほども交渉を続けた。
“アヒレス”はいつの間にか姿を消し、ザーラは時折り、居眠りしそうになった。
「いやしかし、これじゃ赤字だぜ……」
「どちらにせよ、これが“奇抜じゃない物”にならないと、商売にならないんです。ニュルンベルクの門前とハイデルベルクの宮廷に見本品を贈ったと思ってください」
「それはそうだが……」
「むしろ、上得意先に、もっと安い価格で持ちかけて、“着てください”とお願いするべきです」
「ふうむ……」
「もちろん、その上得意先様には、この甲冑の良さをご友人たちに吹聴してもらえるように、持ち掛けるんですよ」
「そこまですると、いやらしくないか」
「そんな事ありません。良い商品には、良い評判が必要です」
最終的には、頭金+毎月二ポンドの十二回払いというかたちになった。
支払いは毎月、ハイデルベルク宮廷から手形で送ること。加えて半年に一度、使用感の聞き取りと手入れのために工房を訪れること——そうした条件も取り決められた。
ザーラは、意外なパウルスの一面を見たような気がした。
終盤の方など、パウルスがヨルグに商売を助言しているような有り様だった。
ヘルムシュミートの工房を離れた後、ザーラが注文していた品物の受け取りがあるというので、鉄砲鍛冶師の工房を訪れた。
ザーラが受け取ったのは手筒という手持ち火器だ。
これは、三尺ほどの木の棒の先に、一尺の鉄の筒が付いた物だ。筒の中に火薬と弾を込め、側面に開いた小穴から着火して弾を飛ばす。
ザーラと鍛冶師は射撃堀まで赴いて試射を行った。
「ご要望通り、口径に対して弾を小さ目に作っています。砲身も炭侵して硬くしてありますから、多少なら殴っても大丈夫ですよ」
「ありがたい。砲手は、とかく間合いを詰められがちだからな」
ザーラは、鉄頭が付いている四尺の根棒として、何度か手筒を振るった。
長年武術をやっていただけあって、様に成っている。
「ただし、弾を込めたままで殴らないでくださいよ。あと砲身は、歪むくらいなら割れるのを狙ってますが、ちょっとでも怪しいと思ったら使わないでください。弾がつまったら破裂しますからね。あと言わずもがなですが、飛び道具としては粗悪品です。どこに弾が飛んでくか判ったもんじゃありませんよ」
「かまわないさ。どうせそんな遠くからは狙わない」
上機嫌で、ザーラは笑った。
桜色の唇の間から、白い歯をのぞかせる。
それが綺麗だな、と感じたパウルスは、なんとなく見つめてしまう。
「さ、さて! 用事は済んだな。ニュルンベルクに帰ろうか」
慌てたように、ザーラが言った。
「実家に寄ったり、御師匠様の道場に寄らなくていいのかい?」
「あー、うん……。うん、今回はいいな。またの機会に寄ればいい。今回は、結婚もしてない男女の二人旅だし……」
そんな風に、ザーラは言った。
それで二人は、ニュルンベルクへの帰途についた。
季節外れの暖かい日差しが続いたせいか、道中は暑いぐらいだった。
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