英雄 六
オットー公からの紹介状を見せると、
「へぇ、選帝侯の武術師範! そんな達人に生半可な物をお作りする訳にはいかないですな!」
と、ヨルグ・ヘルムシュミートは上機嫌な声を出した。
「どんなのものをご希望で? 四角い箱鎧はもちろん、ミラノ風の甲冑も作れますよ」
二階にも鎧が所狭しと並んでいる。
ミラノ風、と称された甲冑は、全体的に丸く、重厚な鎧だった。
「……なるべく、軽くしたいですね」
パウルスの言葉に、ヨルグは不審げに眉をひそめた。
「主なご用途は? 決闘用、馬上槍試合用、実戦用──いろいろございます。もちろん、追加装備の付け替えで幅広く対応できますが、基礎になる部位には向き不向きがございます。ですから最初に用途をうかがって、それに合わせて組み立てましょう」
「……実は私は、車輪付き大砲の指揮官なんです。手勢十名を率いて、大砲を動かして、弾を込めて、と、やらなきゃいけない」
そう言って、パウルスは、気になっていた兜を指さした。
それは、しころが後方へ貼りだしている顔を覆わぬ鉄兜だった。
「だから兜は、あれが良いです。鉄板が首元覆う鉢型兜だと、こちらの声が全然届かないし、周囲の声や音もよく聞こえないんですよね……」
「でも、鉄板が首元覆う鉢型兜は、頭に強い打撃を喰らった時、首を支えてくれますよ。それになんと言っても顔面を守ってくれるのは大きい」
「それは大きな利点だとは思います。ただ、やはり大砲を活かす事を優先したい」
パウルスは、腕を組み、口元に手を当てながら、各種の鎧に目をやっていく。
「基本的に戦闘中は徒歩ですし、場合によっては大砲を引かないといけない。だから、軽くしたい。鎖帷子と胴鎧の重ね着はしたくないですね」
「肘関節はリベット止めでなく紐止めにしたい。理屈では肘は斜めに曲がらないというのは判るのですが、どうにも窮屈で……」
「中取りの構えをしたくて手甲を捨ててしまうぐらいなら、初めから革手袋で、手の甲に円盤でも付けておきたい」
「やたらでかい肩当や肘当は要らない。動きの邪魔になる」
ヨルグは、パウルスが次々と出す要望を、黙って聞いていた。
ザーラは眉をひそめて、そんなパウルスとヨルグの間で視線を往復させた。
「とりあえず、ぱっと思いつくのはそれくらいです」
と、パウルスが一息つくと、ヨルグは、パウルスをまっすぐのぞき込んだ。
パウルスは、黙ってその視線を受ける。
あまりに長い間そうしているので、ザーラは自分が飲み込んだ生唾の音が、二人に聞こえたのではないかと思った。
「ちょっと、待っててもらっていいか?」
ヨルグは、パウルスの返事も待たずに立ち上がると、奥の間へ行った。
ガランガランと、何やら鎧を動かしている音がした。
奥の間に誰かいたらしく、ヨルグと話している。
「……そのリヒテナウアーの子で……プファルツ選帝侯の武術師範だとか……」
そんな風にパウルスの事を話しているのが、漏れ聞こえた。
やがて、ヨルグが鎧の様々な部位を抱えて戻って来た。
その後ろから、彼が持ち切れなかった部位を抱えた男が現れた。
裕福なヘル層の衣装。 歳はパウルスよりは年長だが、三十路まではいかない青年。
太目の首とがっしりした顎の、重心の低い顔立ち。
パウルスは、彼が大きな猫のようにしなやかに歩くのに気付いた。
視野の端で、密かに観察する。
見れば、ザーラも気付いたようで、そ知らぬ顔で様子を伺っている。
二人の注目を集めた青年は、鎧を置くと、壁際まで下がって寄りかかった。
中世の騎士に関する文献を追っていくと、優れた戦士の条件として繰り返し挙げられるのは、しなやかさや敏捷さ、そして跳躍力である。
力自慢や、筋骨隆々の身体が称えられるような記述は、あまり見られない。
牛馬や水車といった一部例外を除けば、動力の大半を人力に頼っていた時代である。
筋力がある程度まで鍛えられているのは、前提条件なのかもしれない。
その一方で、過酷な単純労働の積み重ねは、関節を痛め、ヘルニアを起こし、身体のどこかに無理を残す。
領民に長弓術の訓練が義務付けられた英国では、当時の遺骨に「肩甲帯に古傷や癒合不全がある」「背骨に軽い捻れや椎間への負担痕」「弦を受ける指に溝・摩耗」等の特徴がみられるという研究もある。
そうした人が多い世の中で、故障なく動ける者、総合的な運動能力が高い者が、際立って評価されたのではないか。
話を戻そう。
ヨルグは、新たに現れた青年を紹介もせず、持って来た鎧の話を始めた。
「これは、俺が今考えている、全く新しい鎧だ。パウルス殿、あんたが望んだ事は、だいたい盛り込んであると思う」
それは、全体として細身で、繊細な造りの鎧だった。
四角い箱鎧やミラノ風の甲冑が非人間的な形をしているのに対し、かなり当時の衣服を着た人間に近い形になっている。
板金も輝く鋼で出来ており、厚みが全体的に薄い。
「鎧を鋼で作る時の欠点は、割れやすい事なんだ。だから、鎬を打ち出して強度を更に高めた」
鎧の各所に走っている凹凸を指して、そう言った。
実用的な理由から施されている加工だが、装飾的にも美しい。
「この下に、脇の下にだけ鎖帷子を縫い込んだ詰め物入り胴着を着る。股間には鎖帷子」の短い腰巻を着けてくれ」
そうしてみると全身甲冑としてはかなり軽くなる。
「兜は、しころが後方へ貼りだしている顔を覆わぬ鉄兜に、眼と鼻だけ守る面頬をつけた。喉当と顔下半分を守る面頬を足したような部位も作ったので、決闘では着けたらいい」
彼らは知る由もないが、この形の甲冑は、更に改良を加えられた後、遠く英国を含めた欧州全域に普及する事になる。
後の世にゴティク式甲冑と呼ばれる事になるこの甲冑は、ハンス・タルホッファーが一四五九年に記した武術書には既にその姿を描かれていた。
そして十五世紀末、ヨルグの息子ローレンツが、チロル公とオーストリア公に納めた二領が、この形の甲冑の最高傑作として“ハイ・ゴティク”と称えられるのだ。
そのひな形とも言える甲冑を前にして、パウルスは、眼を輝かせていた。
「すごいですね、こんな鎧は初めて見た……」
「そうだろうね。こいつは、そこにいる男の要望を形にした試作品だ」
ヨルグは、壁に寄りかかって腕組みをしている青年に手の平を向けた。
パウルスとザーラが目をはっきりと向けると、青年は会釈をした。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「……ああ、ええと……」
ヨルグは、言いよどんで、青年を見た。
「“アヒレス”だ。お初にお目にかかる。武術師範殿」
がっちりした顎に不敵な笑みを浮かべて、青年が名乗った。




