表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長剣と銀貨  作者: ビルボ
第五話 英雄
45/51

英雄 六






 オットー公からの紹介状を見せると、


「へぇ、選帝侯の武術師範(シルマイスター)! そんな達人に生半可な物をお作りする訳にはいかないですな!」


 と、ヨルグ・ヘルムシュミートは上機嫌な声を出した。


「どんなのものをご希望で? 四角い箱鎧(カステンブルスト)はもちろん、ミラノ風の甲冑(カプ・ア・ピエ)も作れますよ」


 二階にも鎧が所狭しと並んでいる。

 ミラノ風、と称された甲冑は、全体的に丸く、重厚な鎧だった。

 

「……なるべく、軽くしたいですね」


 パウルスの言葉に、ヨルグは不審げに眉をひそめた。


「主なご用途は? 決闘用、馬上槍試合用、実戦用──いろいろございます。もちろん、追加装備の付け替えで幅広く対応できますが、基礎になる部位には向き不向きがございます。ですから最初に用途をうかがって、それに合わせて組み立てましょう」


「……実は私は、車輪付き大砲の指揮官なんです。手勢十名を率いて、大砲を動かして、弾を込めて、と、やらなきゃいけない」


 そう言って、パウルスは、気になっていた兜を指さした。

 それは、()()()が後方へ貼りだしている顔を覆わぬ鉄兜(セラタ)だった。


「だから兜は、あれが良いです。鉄板が首元覆う鉢型兜グローセ・ベッケンバウベだと、こちらの声が全然届かないし、周囲の声や音もよく聞こえないんですよね……」


「でも、鉄板が首元覆う鉢型兜グローセ・ベッケンバウベは、頭に強い打撃を喰らった時、首を支えてくれますよ。それになんと言っても顔面を守ってくれるのは大きい」


「それは大きな利点だとは思います。ただ、やはり大砲を活かす事を優先したい」


 パウルスは、腕を組み、口元に手を当てながら、各種の鎧に目をやっていく。


「基本的に戦闘中は徒歩ですし、場合によっては大砲を引かないといけない。だから、軽くしたい。鎖帷子(サールヴァート)と胴鎧の重ね着はしたくないですね」

「肘関節はリベット止めでなく紐止めにしたい。理屈では肘は斜めに曲がらないというのは判るのですが、どうにも窮屈で……」

中取りの構え(ハルプシュベルト)をしたくて手甲(ハントシュー)を捨ててしまうぐらいなら、初めから革手袋で、手の甲に円盤でも付けておきたい」

「やたらでかい肩当(アクセル)肘当(アルムカッハェル)は要らない。動きの邪魔になる」


 ヨルグは、パウルスが次々と出す要望を、黙って聞いていた。

 ザーラは眉をひそめて、そんなパウルスとヨルグの間で視線を往復させた。


「とりあえず、ぱっと思いつくのはそれくらいです」


 と、パウルスが一息つくと、ヨルグは、パウルスをまっすぐ()()()込んだ。

 パウルスは、黙ってその視線を受ける。

 あまりに長い間そうしているので、ザーラは自分が飲み込んだ生唾の音が、二人に聞こえたのではないかと思った。


「ちょっと、待っててもらっていいか?」


 ヨルグは、パウルスの返事も待たずに立ち上がると、奥の間へ行った。

 ガランガランと、何やら鎧を動かしている音がした。

 奥の間に誰かいたらしく、ヨルグと話している。


「……そのリヒテナウアーの子で……プファルツ選帝侯の武術師範だとか……」


 そんな風にパウルスの事を話しているのが、漏れ聞こえた。

 やがて、ヨルグが鎧の様々な部位を抱えて戻って来た。

 その後ろから、彼が持ち切れなかった部位を抱えた男が現れた。


 裕福なヘル層の衣装。 歳はパウルスよりは年長だが、三十路まではいかない青年。

 太目の首とがっしりした(あご)の、重心の低い顔立ち。

 パウルスは、彼が大きな猫のようにしなやかに歩くのに気付いた。

 視野の端で、(ひそ)かに観察する。

 見れば、ザーラも気付いたようで、そ知らぬ顔で様子を伺っている。

 二人の注目を集めた青年は、鎧を置くと、壁際まで下がって寄りかかった。

  

 中世の騎士に関する文献を追っていくと、優れた戦士の条件として繰り返し挙げられるのは、しなやかさや敏捷さ、そして跳躍力である。

 力自慢や、筋骨隆々の身体が称えられるような記述は、あまり見られない。


 牛馬や水車といった一部例外を除けば、動力の大半を人力に頼っていた時代である。

 筋力がある程度まで鍛えられているのは、前提条件なのかもしれない。

 その一方で、過酷な単純労働の積み重ねは、関節を痛め、ヘルニアを起こし、身体のどこかに無理を残す。

 領民に長弓術の訓練が義務付けられた英国では、当時の遺骨に「肩甲帯に古傷や癒合不全がある」「背骨に軽い捻れや椎間への負担痕」「弦を受ける指に溝・摩耗」等の特徴がみられるという研究もある。

 そうした人が多い世の中で、故障なく動ける者、総合的な運動能力が高い者が、際立って評価されたのではないか。


 話を戻そう。


 ヨルグは、新たに現れた青年を紹介もせず、持って来た鎧の話を始めた。


「これは、俺が今考えている、全く新しい鎧だ。パウルス殿、あんたが望んだ事は、だいたい盛り込んであると思う」

 

 それは、全体として細身で、繊細な造りの鎧だった。

 四角い箱鎧(カステンブルスト)ミラノ風の甲冑(カプ・ア・ピエ)が非人間的な形をしているのに対し、かなり当時の衣服を着た人間に近い形になっている。

 板金も輝く鋼で出来ており、厚みが全体的に薄い。


「鎧を鋼で作る時の欠点は、割れやすい事なんだ。だから、(しのぎ)を打ち出して強度を更に高めた」


 鎧の各所に走っている凹凸を指して、そう言った。

 実用的な理由から施されている加工だが、装飾的にも美しい。

  

「この下に、脇の下にだけ鎖帷子(サールヴァート)を縫い込んだ詰め物入り胴着(プールポワン)を着る。股間には鎖帷子(サールヴァート)」の短い腰巻を着けてくれ」


 そうしてみると全身甲冑(フォル・ハルニッシュ)としてはかなり軽くなる。


「兜は、()()()が後方へ貼りだしている顔を覆わぬ鉄兜(セラタ)に、眼と鼻だけ守る面頬をつけた。喉当と顔下半分を守る面頬を足したような部位も作ったので、決闘では着けたらいい」


 彼らは知る由もないが、この形の甲冑は、更に改良を加えられた後、遠く英国を含めた欧州全域に普及する事になる。

 後の世にゴティク式甲冑ゴーティッシャー・プラッテンパンツァーと呼ばれる事になるこの甲冑は、ハンス・タルホッファーが一四五九年に記した武術書には既にその姿を描かれていた。

 そして十五世紀末、ヨルグの息子ローレンツが、チロル公とオーストリア公に納めた二(りょう)が、この形の甲冑の最高傑作として“ハイ・ゴティク”と称えられるのだ。

  

 そのひな形とも言える甲冑を前にして、パウルスは、眼を輝かせていた。


「すごいですね、こんな鎧は初めて見た……」


「そうだろうね。こいつは、そこにいる男の要望を形にした試作品だ」


 ヨルグは、壁に寄りかかって腕組みをしている青年に手の平を向けた。

 パウルスとザーラが目をはっきりと向けると、青年は会釈をした。


「失礼ですが、どちら様ですか?」


「……ああ、ええと……」


 ヨルグは、言い()()んで、青年を見た。


「“アヒレス”だ。お初にお目にかかる。武術師範殿」


 がっちりした顎に不敵な笑みを浮かべて、青年が名乗った。





挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ