英雄 五
英雄 五
秋も深まった、ある朝。
夜明け前のニュルンベルクは、石畳が露を吸って黒く光っていた。
城門の外へ出る道は霧が薄くたなびき、吐く息が白い。
騎乗したパウルス・カルは手綱を握り直し、背の荷を確かめた。
目的は、アウクスブルクで甲冑を注文する事。
できれば今回は採寸まで済ませて、来夏ぐらいまでに受け取れれば御の字だろう、ぐらいに考えてた。
隣には、騎乗したザーラがいた。
ザーラが同道を申し出た時、パウルスは断った。
「何と言っても、結婚している訳でもない男女が二人旅という訳にはいかないよ」
しかし、ザーラは、
「いや、甲冑の件を言い出したのは私だ。責任はとるさ」
と、言い張り、馬も用意してしまった。
パウルス用に灰毛、ザーラ用に栗毛。鞍からくつわから、立派な馬具も一式揃ってる。
「……これはすごいな。いや、でも、しかし……」
「ちゃんと、宿も部屋を分けるから」
そう説得されて、パウルスは渋々承諾したのだ。
初日は城を背に、霧のなかを南西へと辿った。
日が上がっても空は鉛色で、道は前日の雨を含んでぬかるむ。
車輪の跡が溝になり、蹄が泥を噛むたび速度が落ちた。
パウルスは距離を稼ぎたい気持ちを抑え、馬に無理をさせないよう歩度を整える。
ザーラは、先に立って迷いなく先導した。
初日の夕方、ザーラは荷から女物の外套と頭巾を取り出し、髪をまとめ、腰帯を結び直した。
旅装の若武者が消えて、慎ましい女性が現れる。
露骨に驚いた表情を作って、パウルスがザーラを見つめた。
ザーラはパウルスの肩口を肘で小突いて、歩みを再開した。
すぐに修道院が見えてきた。
二人は食事と一夜の宿を求める。
宿坊は男女で別れており、パウルスは男の寝所に案内された。
寝台は、三人で一つ割り当てられた。
パウルスと同床になったのは、若い遍歴職人と行商人だった。
彼らのいびき、咳、身じろぎする音。木枠に張った縄が軋む音。
熟睡は望めないが、銀貨を詰めた袋を抱えている以上、そちらの方が都合が良い。
パウルスは、無理に眠ろうとせず、身体を休ませる。
ザーラは、聞けばアウクスブルクの近くで育ったらしい。
道もよく知っていたし、宿の手配も手際が良かった。
彼女には、感謝しないといけない。
そんな事を考えていると、修道士の詩篇(旧約聖書に収められた一五〇篇の詩)の唱和が聞こえてきた。
パウルスは、眼を閉じた。
二日目からは、宿屋泊まりになった。
パウルスは広間で雑魚寝をし、ザーラは個室を借りた。
ザーラに銀貨袋を預かってもらえるので、だいぶ気持ち的にくつろげるようになった。
そして、五日目にはアウクスブルク市に着いた。
土地勘のあるザーラに案内してもらって、甲冑職人街を目指す。
運河に沿って歩いていくと、職人の仕事場と住まいが肩を寄せ合う一画に行き当たった。
石の土台の上に木組みを立て、白い漆喰の壁に小窓を穿った二~三階建て――それがこの頃の職人の家のかたちである。
広い戸口を持つ一階がたいてい仕事場で、二階に親方の家族と徒弟の寝起きする部屋がある。地下室と屋根裏には、材料と半製品が押し込まれている。
戸口の内だけでは収まらず、作業台が路地へはみ出すことも珍しくない。
もともと狭い路地が、一層混みあう。
目星をつけた仕事場の戸口をくぐると、パウルスの耳に、金属が金属を叩く音が飛び込んだ。
澄んだ甲高い一打。その次は、少し鈍い音。
煤と鉄の匂い。焼けた油、濡れた革、研ぎ粉の粉塵。
そして、炉の熱が、冬の外気を押し返してくる。
工房の奥に据えられた炉の口が、獣の喉のように赤く光っていた。
ふいごを踏む徒弟が一人。踏板が沈むたび、炉の火が息を吸い、吐き、白い火花がちいさく跳ねる。
炉の脇には水桶。表面に薄い油膜が揺れている。
金床はひとつ。だが、金床だけが仕事場ではない。
木の机の上で、一心不乱に胸当てを磨いている男がいる。
壁際には、短く切った丸太に刺さった杭が並ぶ。頭の丸みの強いもの、細長いもの、肩のように張り出したもの。
様々な杭と鎚を使い分けながら、鉄板を丸く打ち出している若い男。
「ヘルムシュミート殿はご在宅ですか!」
パウルスが声をかけると、若い男は
「親方なら、事務所だよ! はす向かいの家!」
と、教えてくれた。
そちらの家の戸口をくぐってみると、そちらの一階には、甲冑が大量に並んでいた。
胸当、背当、肩当……と、部位別に重ねられて、棚に並べられている。
狭く、急な階段が二階に続いていたので
「ごめんください」
と、声をかえながら、二階にあがる。
「お客さんかい? 上がって来てくれ」
と、応えがあったので、二階の上がり端にあったのれんをくぐった。
迎えてくれたのは、三十路手前ぐらいの男だった。
「はじめまして。ヨルグ・ヘルムシュミートだ」




