英雄 四
三週間ほどして、パウルスは、ゲルトルートに声をかけた。
儲けを大きくする算段がついたので、聞いて欲しいと願い出る。
ゲルトルートは、自らの仕事の手を止めて、話を聞いた。
「エルハルト・ハレル殿に、まず相談しました」
と、パウルスは話を始めた。
エルハルト・ハレルは昨年までニュルンベルクの傭兵隊長を務めていた騎士で、ヨハネスと親交があった。
この役職は、都市が雇った傭兵や、非常時に動員された市民兵を統率する、現場指揮官だ。
「非常時の市民動員名簿に、ノイトルトゥルム門配備の車輪付き大砲の責任者として載せてもらいました。市民が動員される時には、大砲担当の親方職人二人、弩・手銃担当の市民各四人ずつ、計十名の手勢を率いる事になります」
責任者は、動員時に日当が出るという。
「それで、麾下になる十名にも声をかけて、合同訓練をしたんです」
射手たちはふだん、それぞれ射撃堀で個別に腕を磨いている。
だが実際の運用は、車輪付きの砲に、砲弾や火薬、道具一式——それらを十人が手分けして、その時々の最適の地点へ移し、装填のあいだは射手が周囲を守り、また移す繰り返しになる。
要は「撃つ」以前に「動かす」「守る」「合わせる」が肝になる。
ところが、その肝心の段取りは案外に詰め切れていなかった。砲は実際には撃たずとも、いちど人を揃えて動いてみれば、手順の噛み合わせや合図ひとつで手間も危うさも変わることが、はっきり見えてくる。連携を練る余地が、いくらでもあると分かったのだ。
それに、いかな砲手・射手といえど、戦場ではいつ乱戦に引きずり込まれるか知れぬ。
ブランデンブルク辺境伯が市を諦めてないという噂が流れた為、それは現実的な不安となった。
そこでパウルスは、身を守るための長包丁の扱いを少しばかり教えた。
これが思いのほか好評で、十人とも、揃ってパウルスの道場へ入門してくれる運びとなった。
「そんな事をしていたら、評判が広まりまして……ちらほらと入門希望者が増えて来たんです。ただやはり皆、仕事が終わった後に一時間かけて通うのは大変なので……市内で場所を借りて、大砲の移動訓練と、長包丁術をやる教室を開けないか、考えています」
そこまで聞いて、ゲルトルートはうなった。
——あれ? この子ってこんなやり手だったかしら?
と、不思議にも思った。
訓練の件も、はじめから入門者拡大を目論んで始めたのではないだろう。
ただ物事を成す人には、不思議と何事も上手く回る時期というのがある。
今のパウルスには、そういった勢いを感じた。
「……わかったわ。それぐらいの事を言えれば、三年で一〇八ポンドぐらいなら、どこの商会でも月賦払いを組めると思う。ただ、ある程度の頭金は用意しておいた方がいいかもね」
「ありがとう、ございます」
噛みしめるように、パウルスは言った。
三日後、ニュルンベルク市内の曲がり角の多い路地に、パウルスの姿があった。
布に包んだ長剣を、肩に担いでいる。
狭く、糞尿の匂いがする小路を辿ると、大きな鉄格子の引き戸があった。
鉄格子の側に、椅子を置いて座っている老人に声をかけると、鉄格子を開けてくれる。
その先に進むと、井戸がある大きな中庭があった。
その周りに住宅、施療院、シナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)などがあり、ここが第二ユダヤ人居住区だった
第二と呼ばれる所以だが、最初の居住区は、前世紀に黒死病の流行があった際、ニュルンベルク市民が襲って取り壊してしまったのだ。
パウルスは、事前に教えられていた戸をくぐった。
中は、カウンターで仕切られた部屋で、奥側はゲルトルートの執務室のように書類が溢れていた。
尖り帽子をかぶった初老の男が、書き物から眼をあげて、パウルスを見た。
「ご免ください。オット・ジャッド殿に紹介を頂いた、パウルス・カルと申します」
帽子を脱いで、パウルスは挨拶をした。
「イサークです。お話は伺っています。どうぞ、おかけください」
そう名乗った男は、カウンターの前の椅子に、掌を向けた。
パウルスは、背筋を伸ばした姿勢で椅子に腰かけた。
そのパウルスに、イサークは引き出しから取り出した書状を向けた。
「こちらが、市にご報告しているこの店の登録証です。利子率二〇%は市との取り決めですので変更できません。ご了承ください」
パウルスは、書状を確認して、うなずいた。
ゲルトルートから事前に教わっていたので、知らない単語は無かった。
「お名前のつづりをお伺いしても? ……なるほど。では、お住まいはどちらですか?」
イサークは、パウルスに尋ねながら、帳面に記入していった。
「ご融資はいかほど? ……なるほど。一〇ポンドなら、今の相場ですと広幅グローシェン銀貨一九五枚になります。期限は来年の聖ミカエルまでで、返済時の相場でのお支払いになります。それでよろしければ、借用証書の作成に入りますが、いかがですか?」
とんとん拍子に話が進むので、パウルスは慌てた。
「ちょっと待ってください。証人とか、担保とかいいんですか……?」
担保にするつもりで、パウルスは、持っている中で一番良い長剣を持参していた。
「結構ですよ。実は、貴方のお父様とは何度も取引させて頂いてましてね。大変、信用できる方でした」
イサークに言われて、パウルスは驚いた。
……道場は、金の工面に困ったりする事もあったのか。
考えてみれば、当然ありうる事ではある。
だが、パウルスは父からそういった話を聞いた覚えが、一切なかった。
「いえね。実の所、多いんですよ。金を借りる時はどこまでも下手に出て、あきれるほどに頭を下げますが、借りたとたんに、それが元から自分の金であったような気になってしまう輩が」
筆を置いて、イサークは鼻の付け根を、指で押さえて揉みほぐした。
「借金は、自分の金ではございません。急場をしのぐ方便です。しかし、これをどこまでも返済することによって、危急は消え去り、ひいてはその人の信用も返って増します。貴方のお父上は、その辺をよく分かっておられた」
イサークは、まるで懐かしむかのように言った。
「ですから、私は貴方とも、良いお付き合いをしていきたいと考えているのです」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
イサークが手を伸ばしてきたので、パウルスはその掌を握った。




