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女武芸者 四


 翌朝。ヨハネスを人をやって、ハンス・タルホッファーへ手紙を出した。

 ハンス・タルホッファーはホーエンブルクという小さな町の荘官である。

 出自ははっきりしないが、幼い頃から文武に秀でた麒麟児(きりんじ)(うた)われたそうだ。

 そしてザルツブルク大司教ヨハン二世・フォン・ライスベルクの目に留まり庇護を受け、十五にして早くもその名代として裁判に臨むほどであった。

 ザルツブルク大司教と言えば、同時に帝国領主であり、独自の司教任命権を持ち、非常時にはローマ教皇の代行権限を有するという大貴族である。

 ハンス・タルホッファーは大司教の御落胤(ごらくいん)か色小姓ではないか――事情通には、そう(ささや)かれていたそうだ。

 そんな彼は十六の折、一つの裁判に巻き込まれる。ニュルンベルクの都市貴族ヤーコプ・アウアー殺害を巡る一件で捕らえられたのだ。この裁判というのがまた騒がしいもので、アウアーが実の兄ハンスを殺めたのではないかと疑われていた。タルホッファーは自らの関与を白状し、ハンス・フォン・フィレンバッハを誘拐するために雇われたこと、殺しを手掛けたのはアウアーの別の手の者であったことを証言した。

 かくして世間は沸き立ち、大きな醜聞となったのだが、奇妙なことにタルホッファー自身は罪を問われることなく解き放たれた。いかなる沙汰があったのか、あるいは大司教の力が働いたのか……。いずれにせよ、その後も彼は大司教の庇護を受け、レーゲンスブルク司教領に属するホーエンブルクの荘官に任命された。

 パウルスの話を聞いたヨハネスが真っ先に思い出したのが、このハンスの経歴であった。

 四日後の夕刻、ハンスが、

 

「ご無沙汰(ぶさた)しております」

 

 と、手みやげの魚や野菜を持ってへやって来た。

 ちなみに、その晩はゲルトルートは商談の為に外出している。

 ハンスは、波打つ長髪の下に渋みの効いた(つら)がまえを持ち、世故長(せこた)けた立ち居振る舞いをする男だった。

 歳は二十二歳であるが、

(パウルスとは貫目(かんめ)が違う)

 と、ヨハネスは思っている。

  

「忙しいところをすまなかったな」

「何やら、お手紙が気がかりだったもので。いったい、何があったのでございます?」

 

 ハンスは、ヨハネスがシュピタール門に道場をかまえていたころ、熱心に剣術の稽古(けいこ)をしに通いつめたことがあり、そのときから交際(つきあい)が絶えていない。

 ヨハネス・リヒテナウアーは、これまでの()()()()を残らず打ちあけて、

 

「おれは早くから諸国をまわり、まあ、いろいろな目に会って来た。しかし、せがれは世の裏表を知らないからな。こういった事は手に余るはずだ」

「さようで」

「あまり表に出ぬよう、陰にひなたに手を貸していたつもりだったが、それがかえって不味かった。頼る身うちもいない、(くみ)しやすい相手だと(あなど)られてしまった」

「ごもっともなことで」 

「おれも甘いところがある、と笑われても仕方がない」

「笑ってはおりません。多少、呆れてはおりますが」

 

 いけしゃあしゃあとハンスに言われては、ヨハネスも苦笑せざるを得ない。

 ハンスの協力を得る為、その手を両掌で包んで懇願しようか、ぐらいの心持ちであったのだが、ハンスに()()()とかわされてしまったと感じる。

 そのハンスは、

 

「その、若先生をたずねて来たライムントなにがしというのは、間ちがいなく、ハルスドルフ家さまの御用人なのでございますね」

 

 と、さっさと話しを進めてしまう。

 

「おそらく、な」

「ハルスドルフ家さまの下屋敷は、たしかエッシェンバッハ村だとおもいますが……」

「そうか」

「うちの町にちょいと気働きのある若いのがいるので、そいつにさぐらせましょう」

「すまない」

「先生、ちょいとごめんを……」

 

 と、ハンス・タルホッファーが炉端(ろばた)の椅子から立ちあがった。小用に立ったのである。

 ハンスは、ヨハネスの左側を通って階段を降り、(かわや)のある階へ行こうとした。

 その瞬間であった。

 炉の中から燃えさしの(しば)を拾いあげたヨハネスが、ものもいわずにこれをハンスの背中へ投げつけた。

 間隔は二間(にけん)となかった。

 振り返りもせずに腰をかがめたハンスの頭上を、枯れ枝が風を切ってはしり抜け、土壁へ当たって落ちた。

 ヨハネスが、にやりとした。

 やがて……厠からもどったハンスの手に、先ほどの燃えさしがあった。

 ハンスは、さり気もなく枯れ枝を炉の中へもどした。

 ヨハネスが、ハンスの杯へ酒をみたしてやり、

 

 「このごろは、どこかの道場で稽古をしてるのか?」

 「いいえ。ただ……」

 「ただ?」

 「先生のおことばどおり、毎日、起きてから寝るまで、何事につけ、手前(てめえ)の勘を研いでおります」

 「女房を抱くときもか?」

 「女を抱くときの、差す手、引く手も剣術の稽古だとおっしゃいましたのは、どなたさまでございましたかね」

 「ふ、ふふ……」

 

 その夜から五日目の昼すぎに、ハンス・タルホッファーからの手紙がヨハネスのもとへ届いた。


 手紙は、

(ハルスドルフ家さまの下屋敷がエッシェンバッハ村にございます。村の居酒屋は、なかなか()()()がさかんなところで……)

 と始まっていた。

 ハンスの手の者は、そこにさぐりを入れたらしい。

 そこで荷駄運びの人足から聞き出した話によると、ハルスドルフ家の後継ぎの若さまにヴォルフガングという方がいるらしい。その若さまに縁談が持ち上がっていて、相手はプファルツ=モスバッハ公オットーさまの隠し子だという。

 

「なんと……」


 ヨハネスが、驚いてひとりごちた。 


ハンス・タルホッファーイメージ

https://wiktenauer.com/wiki/Hans_Talhoffer

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