雷神 六
昼前の陽が傾きはじめるころ、市壁外の広場には早くも人垣ができていた。
聖ヤコブ祭の余興として、今年は特別に「剣の遊戯」が催されると触れが回ったからだ。
木柵で囲われた演武場のそばでは、パン職人の娘が籠にパンを詰めて売り歩き、酒場の主人が小樽を転がして歩く。
どこもかしこも浮き立つような熱気に満ちている。
やがて、市庁舎付の書記役が高台に上がり、羊皮紙を掲げて声を張った。
「さて、市参事会よりのご注意である! 本日の遊戯においては、賭け事は固く禁止じゃ。違反者は、広場より即刻追い立てる!」
広場から、わっと笑いが起きた。誰もが実のところ賭ける気満々なのだ。
書記役が下がると、木柵の内へ一歩進み出た男がいた。ジークムント・アイン・リンゲックである。
「ご列席の皆々方、本日はご機嫌麗しゅう。われは公の御許にて剣を教えておる、ジークムント・リンゲックという者。まずは若き騎士候補たちによる、技の掛け合いをご覧いただきたい」
端正だがどこか無骨な声音が、よく通る。
若い貴族が十人ほど、木製の長剣を携え、二人一組でしずしずと柵の内へ進んだ。
彼らは、アルブレヒト三世の宮廷に出入りする廷臣の子弟であり、ジークムントの剣術指導を受けている。
華やかな衣装ではなく、動きやすい短上衣に革靴だけ。
観客は最初こそ地味さに首をかしげたが、いざ構えた途端、空気がぴんと張りつめる。
一人が踏み込み、まっすぐに斬り下ろした。受け手が木剣を傾け、刃筋を滑らせるように受け流す。そのまま肩口を狙う返し――しかし、掛り手はすでに一足分退き、打突を外している。
技の攻防が、ごく自然な呼吸の間に収まっていた。
見映えこそ派手ではないが、丁寧に積み上げられた鍛錬が伺える。
ヨハネスは、顎ひげを撫でながら満足げに頷いた。
演武が終わると、若者たちは木剣を胸の前で合わせ、恭しく礼をして下がった。
観客は、それなりに感心したようで、小さな拍手が広がった。
ところが、次は一転して妙な雰囲気になった。
木柵の入り口から、ぼろ外套をまとった三人組が、よろよろと出てくるのだ。
観客が笑う中、小芝居が始まった。
男の一人がぶつぶつ文句を言いながら歩いていると、後ろから二人が近づき、そっと袋を広げて構える。
気づかれぬうちに捕まえようとするが、本人が振り向いてしまい、慌てた片方が思い切り股間を蹴り上げた。
「ぐふぇっ!」
男が前のめりに崩れ落ちると、二人は慣れた手つきで四肢をすくい上げ、すぽん、と袋へ放り込み、紐をぎゅっと締めてしまう。
袋の中から「出せぇ!」と叫び声が上がるたび、広場は腹を抱えるほどの大笑いになった。
小芝居が終わると、二つ目の演目となった。
「さて、続いては――若き騎士候補たちによる、長包丁の剣舞である!」
今度は華やかな衣装だ。色糸を編み込んだ上着を翻し、若者たちが長包丁を手に走り出る。
楽師が楽器を鳴らすのに合わせて、彼らは長包丁を高く掲げて歩く。
二人一組になって、吊り構えで受けて円打ちで打ち返すのを大きくゆっくり見せる。
輪になって、中心に立たせた道化の首に切っ先を突き付けながら輪を回転させるように歩く。
もっと小さな輪になり、頭上に水平に長包丁を掲げ、互いに剣先を握り支える事で足場とし、その上に一人を立たせて輪を回転させたりした。
踊りというよりは、組体操的なものではあるが、これも観客は喜んだ。
「最後は、いよいよ剣術の試合である。決まりをいくつか説明する!」
ジークムントが声をあげる。
試合は刃引きの模造長剣を用いる。突きは禁止。頭への打撃は一度だけ可、ただし強打しない事。足を滑らせたり倒れた相手への攻撃は禁止。
片手での突きは認めるが、これも強くは突かない事。等々。
説明が終わると、三度若き騎士候補たちが、柵の内へ進んだ。
全員が、防御用の詰め物入り厚手上着を着込み、頭にはなにがしかの帽子を被り、刃引きの模造長剣を手に持っていた。
順番に、紹介を受けて試合に挑んでいく。
その様子を、パウルスは最初は食い入るように見つめていたが、徐々に興を失った顔付きになった。
「退屈か?」
ヨハネスが声をかけると、パウルスはうなずいた。
「ジークさんの弟子なんで、しっかりはしてますが。強い部位で弱い部位を逸らしたり。ただ、そこで突けば巻きが決まるのに、わざわざ反対側に切り返して、無駄に二合、三合と打ち合ってます。不真面目です」
「だが、そのおかげで観客は喜んでいるぞ」
事実、鉄剣が派手に打ち鳴らされる度に、歓声が上がっている。
丁度、その時、鍔迫り合いから滑り落とされた刃が、ある若者の腕をかすめた。だがその時、審判のジークムントは有効打を宣言しなかった。
その直後、その若者が、大きく胴を叩き返した。これはジークムントは有効打を宣言して、その若者が勝者となった。
賭けた金を失った者、見返りを得た者の悲鳴と歓声が混じる。
「おまけに、あれです。最初の撫で斬りが決まってたでしょう?」
「しかしな、あんな撫で斬り、やってた奴しか判らんぞ。見物の皆さんに納得してもらうには、やはりズバンと叩かんとな」
「ハイデルベルク城での御前試合では、普通に道場でやる流儀と変わらない試合でしたけどね」
「そりゃあ、お前。当代随一の武芸者を集めた御前試合と、市民のためのお楽しみの草試合じゃやり方も違うさ」
ヨハネスがそう言えば、いまやはっきり、パウルスは不機嫌顔になった。
「最後のジークさんの試合も、こんなやり方で審判するのですか?」
「どうだろうな。相手方の腕前次第だな」
ヨハネスは、そう答えた。




