雷神 五
(承前)
侍従の合図を受け、ヨハネスとジークムントは机の前へ進み、片膝をついて礼を取った。パウルスもそれにならう。
「顔を上げよ」
公――アルブレヒト三世は、柔らかな口ぶりで言葉をかけた。
若々しい面差しに、手入れの行き届いた肌。派手さはないが、その立ち居振る舞いには、自然と生まれの良さがにじんでいる。
ヨハネスが口を開いた。
「閣下のお召しに預かり、かように参上いたしました。」
ジークムントも頭を垂れた。
「数日後に控えます“試合”の件、すべて閣下の御意に沿うよう準備は整えてございます。」
アルブレヒト三世は、静かに頷いた。
「そうか。――そなたらの技量と分別ならば、ことはうまく運ぼう。あの一戦は、ただの見世物ではない。ボヘミアの、ひいては公国のための試みである」
ヨハネスは深く礼を取った。
「閣下の御心が、かの地に流れる血を減らすでしょう」
その言葉に、公が一瞬、表情を崩した。
鬱屈した怒りの表情。ヨハネスはぎょっとした。
しかし、次の瞬間には公は表情を取り繕っており、見間違いだったかとも思う。
「ヨハネスよ、そなたが立ち会うことで試合に箔もつく。よろしく頼む」
次にジークムントへ視線が向けられた。
「ジークムント・アイン・リンゲック。そなたなら、相手を立てつつ、それを悟られぬようにできるだろう。くれぐれも頼む」
「はっ。閣下の御為、粉骨砕身の覚悟にございます。」
公は短く頷き、侍従を呼んだ。
「よい。今日のところはこれまで。客人を休ませよ。」
三人が退出の礼を取って、広間を後にした。
広間を出たあと、三人は城館の渡り廊下を歩いた。
中庭の噴水が涼やかな音を立て、夏の日差しが石壁に白く反射している。
しばらく歩いたところで、ヨハネスがふと足を止め、低くつぶやいた。
「……ジークよ。先ほど玉座の脇に立っておった、あの見慣れぬ男は誰だ? 殿下の耳にやたらとささやきかけておった、あの者だ」
「ああ、あれですか。」
ジークムントは少し声を潜めた。
「ヨハネス・ハルトリープなる者です。今秋より正式に宮廷へ召し抱えられるそうです」
「ほう……学者風であったな。」
「はい。ヴュルテンベルクの出で、ウィーンで学び、パドヴァで医学博士号を得たとか。以前は殿下の秘書として働き、その後再びミュンヘンへ戻ったようで……」
リヒテナウアーは眉を寄せた。
「どうにも、わしは好きになれぬ。滑らかな舌を持つ者が、殿下の耳を握るのは、よくない兆しだ」
ジークムントは苦笑した。
「お気持ちはわかります。あの者は“学識顧問”として遇されつつありまして……宮廷の者たちの間でも、早くも評判が割れているほどです」
パウルスが口を挟んだ。
「あの男の何処が、そんなにお気に召さなかったんです?」
「何処が、と言われると難しいな。何か嫌な臭いがした、としか言い様がない」
リヒテナウアーはゆっくりと歩を進めながら続けた。
「ただ、ああいう“言葉を武器にする者”はな。扱いを誤れば、剣より深く世を傷つける」
中庭の風が、古いけやきの枝を揺らして葉擦れの音を立てた。
「しかし、まあ当面、我らにできる事はございません。まずは試合のお役目を果たしませんと」
「む……。そういえば、お前、相手のホドニョフとやらの腕前は知っているのか?」
ジークムントが言えば、思い出したようにリヒテナウアーが尋ねた。
「いえ、存じません」
「手を抜いてやるつもりで話を進めているが、思わぬ遣い手やもしれんぞ」
「それならそれで、取り繕わなくていいのですから、助かります」
「それはそうだが……」
リヒテナウアーは眉間に浅い皺を寄せ、引き結んだ口元を強張らせていた。
聖ヤコブの祝日、ミュンヘンの市門を出てすぐの野原では、朝から市民祭が賑やかに催されていた。
最初の競技は徒競走である。
市参事会が賞品として用意した亜麻と木綿の織物を目当てに、少年少女に加えて庶民の婦人たちまでが列に並んだ。
優勝したのは、パン職人の若い女房だった。
終盤には頭巾も前掛けも振り捨てて全力で駆け抜け、表彰台では織物を掲げて快さいをあげる。
その姿に、見物の市民らは手を叩いて喜び、野原にはしばらく笑い声が満ちた。
続いて、弩の射撃競技が始まる。
市壁の外側の堀には射撃場が設けられ、市民の射手団体が営む「射撃会館」が建っている。
都市防衛の要でもあるため、市当局は日頃から手厚く支援しており、今回も賞品や運営費に加えて、招待選手としてアウクスブルクの射撃兄弟団を招く費用のすべてを負担していた。
競技は白熱し、最高賞を射止めたのは,ある仕立て屋であった。
賞品として贈られたのは、絹布を掛けられた一頭の牛である。
彼は市民に見せびらかすように、その牛にまたがって市中へ帰っていき、道の両脇からは大笑いと喝采が湧き起こった。
次に、ヘル階級の若者らによる「壁走り」が行われた。
若者たちは助走をつけて市壁へ斜めに駆けこみ、石壁に片足を掛けるや、その勢いで身を斜め上へと跳ね上げる。
高所に結わえつけられた小さな木板を、足先で蹴ることができれば成功である。
目標が高くなるにつれ、歓声もいっそう大きくなった。
優勝者は、およそ十尺の高さの木板を蹴った若者だった。
頭上より高く振り上げた蹴り足の勢いのままに、とんぼを切って着地した瞬間、観客は一斉に歓声を上げた。
その後に、公開剣術試合が始まった。
昨今の投稿者は、サイトの機能に頼らず、外部からの導線を自力で作らないといけないらしいです。
ツイッターはアルゴリズムが終わってるので、Youtubeのショート動画作ってみました。
(インスタとかTiktokとかおじさん知らない……)
https://youtube.com/shorts/JwpvTawUPJo?si=kDHPUwWggYb34Pff




