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ドイツ剣客商売  作者: ビルボ
第四話 雷神
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雷神 四





 七月も半ばに入ったころ、ニュルンベルクの空はすでに夏の色を帯びていた。

 出立の朝、ジークムントは真面目な表情のまま、しかしどこか誇らしげに、三人のための馬を用意して待っていた。

 鞍の具合、鐙革、荷の結び──すべてが行き届いている。馬は計六頭。三人が続けて騎乗しても疲れが片寄らぬよう、道中の乗り換えを予定済みである。


「夏市の最中は宿も市門も混みます。余裕を見て、早めに入っておきましょう」


 ジークムントがそう告げると、リヒテナウアーは眉を上げた。

 足が悪い為、実は長旅は気が重かったのだが、ジークムントは揺れの少ない雌馬を選び、鞍の角度や膝当てまで調整している。


「気を遣わせるな、ジーク。……年を取ると、すべてが弟子に頼りきりだ」


「頼られたと思えば、こちらも悪い気はしません」


 ジークが笑った。

 

 三人はゆっくりと市壁を出て、南へ延びる街道へ入った。

 夏とはいえ、朝の空気は清らかで、麦畑の匂いが風に流れ、遠くの森から鳥の声が聞こえる。

 

 街道沿いの麦畑には、早刈りの済んだ冬小麦の束が並び、その向こうでは夏小麦がまだ青みを残した穂を風に揺らしていた。

 七月の陽に照らされ、畑は金と緑のまだら模様を描いている。

 

「そろそろ一度、乗り換えましょう。胸元が汗で湿ってきましたし、息が少し深い」


 昼過ぎにジークムントがそう声をかけて、一同は馬を止めた。

 乗り換えの準備をしながら、パウルスは自分が乗って来た馬の胸元を触ってみた。


「これが、馬が疲れてる()()()ですか?」


「そうですな。あと、歩幅が少し狭くなってきましたからな」


 パウルスが尋ねると、ジークムントはそう答えた。 

 

 初日は順調に距離を伸ばし、ジークムントが事前に話をつけていた農家で宿を借りた。

 荷を下ろすと、ジークムントは夕食もそこそこに、馬用の桶に水を満たし、口をつける馬の毛並みを整えてやった。

 パウルスも、それを手伝う。


「ものすごく、馬に気を遣われるんですね」


「馬が潰れれば旅も軍も終わりです。特に夏は汗が出ます。人より先に馬の調子を見るのが拙者の務めです」



 

 二日目には森と丘陵が交互に続くバイエルンの風景へ入った。

 街道は曲がりくねり、所々で川が横切る。ジークムントはそのたびに馬の蹄鉄を確かめ、鞍紐の緩みを直し、次の宿場の水場の状態まで把握していた。

 パウルスが感嘆すると、リヒテナウアーも頷いた。


「戦場では、兵より馬の扱いが勝敗を分けることもある。……ジークムントはそれを骨身にしみて知っておる」


 三人の旅は進み、四日目の午後にはミュンヘンの城壁が遠くに見えはじめた。

 城下へ近づくにつれ、行き交う荷馬車の数が増え、塩の匂いと馬の汗の混じった独特の空気が漂ってくる。


 市門をくぐると、すでに夏市の準備で町は賑わっていた。

 露天商が軒を張り、職人が呼び声をあげ、遠くで楽師が笛を鳴らす。荷馬車には塩の樽が積まれ、役人が印を確かめながら荷の行き先を指示している。

 市庁舎の方へ向こう途中、巨大な塩倉庫のそばを通りがかった。

 下層は分厚い石壁だが、上階は木骨組みで、急勾配の屋根にはいくつも小さな換気窓が並んでいる。

 内部は昼なお暗く、太い梁が森のように立ち、樽を積んだ列が奥へ奥へと続いていた。


「すごい量だ……」


「バイエルン三邦を(まかな)う塩ですからな。それでも、ザルツブルク全体の出荷量から見たら、一部です」

 

 パウルスが漏らすと、ジークムントが笑った。


 前話にて語られたように、ザルツブルグの塩の主要出荷ルートはザルツァハ河である。こちらはドナウ河に通じて広くオーストリア方面に向かう。

 一方、バイエルン三邦(バイエルン=ミュンヘン、バイエルン=ランズフート、バイエルン=インゴルシュタット)の塩はミュンヘンに専売権がある為、ザルツブルクからミュンヘンに陸路で運ばれていた。

 

 三人は塩倉庫をあとにし、市庁舎前の広場を抜けた。

 夏市を控えた広場はすでに半ば祭りの空気で、舞台の組まれる音、台車の軋む音、子どもたちの歓声が混じり合っている。


 その喧噪を背に、三人は石畳の坂を登り、ミュンヘン公アルブレヒト三世の居する旧城館(アルター・ホーフ)へ向かった。

 旧、と呼ばれるのは、歩いて数分の所に、新しい宮殿も建てられているからだ。

 だが当時は、旧城館(アルター・ホーフ)が主たる宮廷として使われている。

 

 石畳の坂道を登りきると、尖塔と白壁が朝の光に輝きながら立ち上がった。

 中庭には従者が出入りし、衛兵は槍を構えて背筋を伸ばしている。夏市の最中だけあって、普段より宮廷の動きが慌ただしかった。


 案内役の侍従に導かれ、三人は城館へ入った。

 謁見の間ではなく、公の私的執務室に案内された。

 数人の廷臣はいるが、さして広くない部屋。

 黒檀の大きな机の奥に、アルブレヒト三世が座していた。


 金糸を織り込んだ黄金色の長衣、肩から流れる赤い毛皮の縁取りを施したマント、手には儀礼的な金杖。

 赤い縁なし帽には金細工と宝石があしらわれている。

 歳は、リンゲックと一つ違いの三十九才だった。




挿絵(By みてみん)


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