表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドイツ剣客商売  作者: ビルボ
第四話 雷神
33/39

雷神 一






「ふふ……あいつはな、まるで堅物という字を人にしたような男だが、それでも、ジークムント・アイン・リンゲックは、わしが教えた弟子の中でも指折りの剣士よ」


 ヨハネス・リヒテナウアーが、折にふれて息子のパウルス・カルにそう語っていた当の人物が、五年ぶりに姿を見せたのは、夏も迫るの六月の昼下がりだった。

 家族の間でくつろぐヨハネスのもとへ、


「あなた、パウル君に話しておられた、あの“まじめな方”がいらしたわ」


 と、ゲルトルートが笑いをかみ殺しながら知らせに来たのだ。


 ジークムント・アイン・リンゲック──

 肩にかかる赤金の髪、広い額に澄んだまなざし。

 いかにも武辺一途の気配をまとった中年男である。


「よく、ここがわかったな」


 応接間へ入るなり、ヨハネスが声をかける。


「我が殿より、先生のご所在を伺っておりましたゆえ……」


 ジークムントは、ザルツブルクのすぐ近くに所領を持つ騎士爵(リッター)である。

 ヨハネスの庇護者(パトロン)である上バイエルン=ミュンヘン公アルブレヒト三世(敬虔公)に仕えている。

 


「なるほど、それでか」

 

「先生、十才もお若い奥方を迎えられたとか……」

 

「いま、お前をここへ案内したろう? 彼女が、そうだ」


「……は? はぁ~?」


 妙な声を漏らしたので、ヨハネスが目を細めた。


「どうした、そんなに驚くことか?」

 

「先生、お身体のほうが心配ですぞ」


 あまりのまじめ顔に、ヨハネスは吹き出した。


「ところでジーク、お前はいくつになった?」

 

「はっ……四十に」

 

「そろそろ、生え際が怪しくなってきたな」

 

「頭が()()るのは、長生きの証と申します」

 

「そうかそうか……」


 ふと思い出したように、ジークムントは手荷物から包みを取り出した。


「これは、先生のお好きなもので」


 差し出されたのは、アルプスの山岳乾酪(ベルクケーゼ)である。

 これをつまみに、ボヘミアの濃い麦酒を流し込むのがヨハネスの好物であった。


「おお……よく覚えていたな」


 ヨハネスの目じりに、(かす)かに光る物が見えた。

 旧知の弟子からの気遣いが、胸に()みたのである。


「じつは……このたびニュルンベルクへ出向いたのは、ひとつ、ご相談がありまして」


「なんだ?」


「なれ合いの試合を、お許しいただきとうございます」


 なれ合い──すなわち八百長の試合を、師に先に断りに来る。

 これが、ジークムントが“堅物”と呼ばれるゆえんでもあった。


「ふむ……相手は誰だ?」

 

「ヴァーツラフ・ホドニョフ……ボヘミアの、ウートラキスト派の重鎮の息子です」


 ボヘミアと聞いて、ヨハネスは唸った。


 ウートラキスト派とは、ボヘミアのフス派穏健派の中で主流をなす宗派である。

 フス戦争とは、フス派過激派とカトリック連合軍+フス派穏健派が争った戦で、フス派過激派が壊滅して収束した。

 その後のバーゼル公会議で、ウートラキスト派の教義が認められ、もはやフス派は異端ではなくなっている。


 しかしボヘミア国内には未だ過激派残党が割拠しており、緊張状態が続いていた。

 昨年からはボヘミア王位が空位になっており、混乱に一層の拍車がかかっている。

 

「実は、我が殿にも、ボヘミア王位推挙のお話があったそうです」

 

「おお、そんな事が……」


 バイエルン地方はボヘミアと隣接しており、血縁的にも関係が深かった。

 アルブレヒト三世自身、少年時代、叔母であるボヘミア王妃ゾフィーのもとで育ち、プラハでチェコ語を学び、同地の大学で学問を修めた。

 そんな経緯もあって、国内平定に苦しむ穏健派の一部から戴冠を請われたのである。


「ミュンヘンの殿様ほどの仁君であれば、あるいは、あの災厄の地に平和をもたらせるやもしれぬな……」


 ヨハネスは、フス戦争従事時の思い出を、家族にすら断片的にしか語らなかった。

 その為、パウルスやゲルトルートも、その話題を避けるようになった。

 

 ()()るような面持ちのヨハネスに、ジークムントは首を振った。


「いえ。殿は、そのお話を断りました。曰く、深く関与すれば、バイエルンの地の安寧を守れない、と」

 

「なんと……」


 落胆した様子を見せるヨハネス。


「ですが、かの地の安定はバイエルンの国益に直結します。我が殿はバイエルン諸領邦と共に、この夏、穏健派を支援する会議をミュンヘンで開催します」

 

「なるほど……少し話が見えて来たな」

 

「はい。聖ヤコブの祝日の夏市(ヤーコビトゥルト)にて、余興として武術試合が催されます。その折、ボヘミアより参っております穏健派の使節団の一人が、かのヴァーツラフ・ホドニョフでして……。我が慈悲深き御方マイン・グネーディガー・ヘアは、その武勇を人前で称え、ボヘミアの前途がいかに明るいかを示したい、とお考えなのです。併せて、バイエルンの諸邦がその後ろ盾をする意志も、広く世に知らしめようと―。そのために、わたくしめに“勝ち星”を献じて欲しいと……。ゆえに、先生にお伺いにあがった次第でございます」

 

「かまわんよ」


 ヨハネスは即答した。


「えっ、いいのですか」

 

「おれの剣が、あの地獄を少しでも()()にするのに役立つのであれば、これ以上の事はないさ」


 肩をすくめたヨハネスだったが、ふと眉を寄せてジークムントを見た。


「だが、大勢の前で面子を潰されて、お前は大丈夫なのか?」

 

「わたくしめは大丈夫でございますよ。最近はもっぱら、武芸教師(シルムマイスター)より、|「荷車・馬・輸送隊」責任者シルマイスターとしての働きばかりですからな。年も年ですし、試合で敗れた程度で、わたくしのお役目に支障はありません」


 リヒテナウアー流の剣士で、これらの役職についた記述があるのは、パウルス・カルとリンゲックの二人である。しかし中世特有の()()りの表記()()の為、どちらの意味で使われているのかはっきりしない。この物語では、()()()()()()という設定にして話を進める。

 閑話休題。


「それでですな、先生。他の試合の審判(マーシャル)は私がやるとして、私の試合だけは誰かに審判をしてもらわねばなりません」

 

「まさかお前、師に弟子が負ける試合の審判をさせる気かよ」

 

「ですが我が殿は、先生は断らないだろうと仰っていましたよ。我が殿としても大事な試合なのです。ぜひ」

 

「まあ、構わんが……パウルが聞いたら、()()()()をつり上げそうだわい」


 ヨハネスは、そう言って苦笑いをした。





挿絵(By みてみん)

今日から第四話「雷神」をはじめます。全7回になります。

お楽しみ頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ