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ドイツ剣客商売  作者: ビルボ
第三話 若獅子
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若獅子 六





 

 一四三四年三月十一日。春の四季斎日の初日。

 身柄拘束の罪で告発されたザルツブルク大司教の従者ハンス・タルホッファーは、アウクスブルク市庁舎に出頭した。

 市庁舎の法廷の間で開かれた領邦(ラント)平和裁判に、身ひとつで臨む。


 出席は、裁判長ほか、判決に投票権を持つ判決人十名。これはアウクスブルクとザルツブルクの伯以上の聖俗諸侯と都市の代表者から選ばれている。

 また原告ハンス・フォン・ヴィレンバッハ及び、彼の訴えが正当である事を、神と聖遺物にかけて宣誓する六人の宣誓者がいる。

 聖遺物が入っているとされる装飾入りの木箱が、法廷の間には設置されていた。

 

 原告の訴えによれば、タルホッファーがヴィレンバッハの家宅に侵入し、暴力を以て原告を拘束し、その家族から身代金を不法に掠め取った。

 これは「事前の準備のない、かつ、事前の通告のない行為」すなわち「不法な私闘(フェーデ)」でもあった。

 

 科学的な物証の提示が困難な中世の裁判では、基本的に証人の証言が争点となる。そして証人の社会的地位・評判が高いほどそれは有力な根拠とされ、実際に事件を見聞きした当事者であるかは問われなかった。すなわち、原告を支持して宣誓する六人の社会的信用の多寡が判決に多大な影響を及ぼした。

 今回、ヴィレンバッハは盛大に資金を注ぎ込んで高名な支援者を集めた。また判決人についても、アウクスブルク側はもちろん、ザルツブルク側の人間にまで根回しをしていた。

 根回しには、「私掠許可状を得られるほど、ジギスムント王からの覚えめでたい騎士」という立場と、そこから得られた略奪品も一役買ったに違いない。


 最終的に、裁判長は判決人たちと協議を行い、タルホッファーに次の三つのうち、どれかを選ぶよう打診した。

 ひとつは、領邦(ラント)平和誓約から追放され、田舎であれ街であれ城であれ、いかなる場所においても平和を享受する事なく安全に通行できず、またいかなる者も彼を匿ったり宿泊させたり飲食・援助を与える事を禁じられる……領邦(ラント)にとって有害な者として追放される事。

 もうひとつは、賠償金二千マルクをヴィレンバッハに払い、和解する事。

 最後は、雪冤(せつえん)宣誓(無実を神と聖遺物にかけて誓う)をした上で、司法決闘に訴える事である。


 司法決闘とは、証人たちが互いに矛盾した証言をし、一方が他方に譲らない場合、決闘によってこれを解決するものだった。

 「神が正義の側を助ける」という信仰的・宗教的背景に支えられた制度である。

 タルホッファーは、迷わずこれを選んだ。

 

 法廷にどよめきが走った。十五世紀には、様々な理由で司法決闘が実際に開かれることは少なくなっていたからだ。

 それでも全く絶えた訳でなく、タルホッファーも後年に、司法決闘に挑む貴族の訓練を請け負う事になる。




 翌日は、決闘の準備に費やされた。

 まず、裁判長は司法決闘に必要な決闘裁判官(コンスタブル)審判(マーシャル)宣言・伝令役(ヘラルド)といった係官の手配を行った。

 これは、近隣のヘル層から経験豊富な者が選ばれた。

 そして、騎乗戦、徒歩戦、騎乗→徒歩への移行戦、と三種類の戦いの形態の中から、どれを行うか決めなければならなかった。

 これは被告であるタルホッファーに権利があり、彼は徒歩戦を選んだ。

 武器は、槍・長剣・短剣と決まった。タルホッファーは殺人斧(モルダクスト)を希望したのだが、ヴィレンバッハがこれに不慣れだと主張した為、槍になった。

 もちろんヴィレンバッハは、タルホッファーが殺人斧の達者だと知っていたのである。



 決闘当日。寒々しい風が吹き、空は曇っていた。

 アウクスブルク近郊某所。平坦な土地が柵で囲われ、五間(ごけん)四方程度の決闘場となっている。

 裁判長と判決人、宣誓者、決闘裁判官(コンスタブル)以下係官が、決闘当事者二人を待っていた。

 

 昼過ぎに、タルホッファーが、立会人としてリヒテナウアーを伴って現れた。

 司法決闘になる事は想定しており、事前に依頼しておいたのだ。

 ヴィレンバッハもほぼ同時に、立会人を連れて現れた。

 年の頃は三十台、背は低く、ずんぐりした体型をしている。


 決闘場を挟んで、決闘者たちは()()()()に腰掛け、鎧を身に付け始める。

 タルホッファーは油断なく観察しているが、向こうはこちらを見ようともしない。

 鎧の革帯を締めながら、タルホッファーはヨハネスに尋ねた。

 

「先生。ヴィレンバッハの野郎、どう見やすか?」

甲冑(ハルニッシュ)は、(さま)になってるな」

 

 タルホッファーの肩当てを革紐で締めてやりながら、ヨハネスがささやく。

 板金鎧は革帯や革紐で身体に固定される。その位置や長さの調整によって、動き易さや、急所をどこまで覆うかが変わってくる。

 基本的に動き易さと防御性能は両立しにくい関係で、鎧着用者は自らの得意な動きと相談しながら、自分なりの妥協点を探していく事になる。

 場合によっては、板金を切り詰めたり広げたりといった加工も必要だ。

 だから実戦と調整を繰り返した鎧と着用者には、ある種の調和があって、見る者が見れば判る。

 

籠手(ハントシュー)は外してるな。草摺(トンレット)も短い」


 戦いを生業とする者であれば、どんな闘いにも一張羅で挑むという訳にはいかない。用途に応じて各部を着け替えるのは普通だった。

 この時代の籠手は裾が一体成型で可動域が狭く、一対一の徒歩戦では使われない傾向がある。

 

「俺も籠手ぁ外しますぜ。指なんざ惜しんで命落としちゃ、元も子もねぇですからね」


 草摺は元より、徒歩戦仕様の短めの物に変えてあった。

 

「あいつを見てくだせぇよ。目を合わせようともしやせんぜ。臆病風に吹かれてんじゃねぇすか?」

「油断するなよ。三味線を弾いてるやもしれん」

 

 そんな風にヨハネスから助言をもらっていると、宣言・伝令役(ヘラルド)が声を上げた。





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