表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長剣と銀貨 十五世紀ドイツ剣客譚  作者: ビルボ
第二話 泣き虫
21/69

泣き虫 十二






 その日は、ハンス・タルホッファーがパウルスの道場を訪れていた。

 様々な稽古を共にした後、自由稽古を行う。

 

 パウルスの流儀に合わせてくれたのだろうか。ハンスの初撃は〔右足を大きく踏み出し(パス)ながら右上から左下への袈裟斬り(オーバーハウ)〕だった。

 常であれば、刃と刃の噛み合い(バインド)を模して、刀身を打ち合わせる所だが、剣を外側に倒して、ハンスの刃を()()した。

 同時に左前にすり足(ステップ)して、身体の右側面で剣を小さく垂直回転させ、ハンスの小手を打った。

 前腕を交差させる動きで剣を振るもので、匠の斬り(マイスターハウ)の一つ、流し目斬り(シールハウ)という。

 

 ハンスが、ぽかんとした顔でパウルスを見た。

 それにどう応えたものか判らなかったパウルスは、とりあえずうなずいて見せた。

 そうしたら、ハンスが嬉しそうに口角を吊り上げた。


 その日の自由稽古は、白熱したものになった。

 

 パウルスは、袈裟斬り(オーバーハウ)へのこだわりを一度脇に置いた。

 裏刃(ショートエッジ)(日本刀だと峰になる方の刃)の流し目斬り(シールハウ)横薙ぎの斬撃(ツヴェルクハウ)(腕を交差する動きで水平に剣を回転させる技)といった匠の斬り(マイスターハウ)を織り交ぜ、自在にパウルスが剣を振るうと、勝率は五分に近くなった。

 

 それでもハンス・タルホッファーは終始、上機嫌であった。

 

 一方パウルスは、前回は見られなかったハンスの引き出しの多さに驚愕した。おそらくは他流から取り入れたであろう、父リヒテナウアーの流儀にはない技法もあり、勉強になった。

 今後も実戦では〔右足を大きく踏み出し(パス)ながら右上から左下への袈裟斬り(オーバーハウ)〕が第一選択肢なのは変わらないが、こうした自由稽古では色んな技を試そうと、パウルスは思った。


 稽古が終わると、道場のそばの小川で二人は汗を流した。

 澄みきったな冷たさが、身体を鎮めてくれる。

 ようやく少し強くなり始めた日差しで身体を乾かしている最中、パウルスは、


「もう少し、早くこうすれば良かった」


 と、言った。

 ハンスは、小川べりを眺めていた。

 水際には、土を割るように葦の新芽が立ち上がり、薄緑の先端に春の力が()()っていた。

 しばし沈黙の後、パウルスが言葉を継いだ。


「剣術は、人を(たお)すための術というだけでなく、それ自体に悦びがあると、私は知っていました。なのに、あなたの前ではそれを忘れてしまっていた。きっとあなたの剣風があまりに父に似ているので、嫉妬していたのだと思う」

 

 それを聞いて、ハンスは口を開いた。


「若先生、あっしは——」


 そこで、パウルスが


「若先生、はやめてください。あなたは私の兄弟子です」


 そう言えば、ハンスは少し考えたのち、言い直した。


「パウルス、俺は自由七学芸(リベラル・アーツ)を修めてきたし、いくつかの不自由学芸(メカニカル・アーツ)も学んだ。けどよ、剣術も、そういうのに負けないド偉い代物なんじゃねぇかって、思ってんだ。今日、お前と遣って、こいつも立派な芸術(アート)なんだって、あらためて思えたよ」


 自由学芸(リベラル・アーツ)とは、古代より自由人の教養とされてきた学問で、中世のこの頃では「文法学」「修辞学」「論理学」「算術」「幾何学」「天文学」「音楽学」の七つとされていた。

 一方、不自由学芸(メカニカル・アーツ)は手工業・軍事・航海術・農業・狩猟といった実際的な技術を指していた。


 パウルスには、学が無い。

 だからおそらく、ハンスの言う事の細かな機微はわかっていないだろう、という自覚があった。

 それでも、ハンスが胸襟を開いて語ってくれた事だけは伝わった。


 ——やはり、もう少し、早くこうすれば良かった。


 あらためて、パウルスはそう思った。








「すかしてシールハウ」の動き

https://youtu.be/58sAOIThZCA?si=STUfSRnfDReCvuyQ&t=13


ショートエッジのシールハウ

https://youtu.be/QnEd_BH0rBw


ツヴェルクハウ

https://youtu.be/48GdEBkbojA



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ