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泣き虫 十二






 その日は、ハンス・タルホッファーがパウルスの道場を訪れていた。

 様々な稽古を共にした後、自由稽古を行う。

 パウルスの流儀に合わせてくれたのだろうか。ハンスの初撃は〔右足を大きく踏み出し(パス)ながら右上から左下への袈裟斬り(オーバーハウ)〕だった。

 常であれば、刃と刃の噛み合い(バインド)を模して、刀身を打ち合わせる所だが、剣を外側に倒して、ハンスの刃を()()した。

 同時に左に頭を振りながらすり足(ステップ)して、ハンスの剣の軌道を追いかけるように左上からの袈裟斬り(オーバーハウ)を出し、これが決まった。

 ハンスが、ぽかんとした顔でパウルスを見た。

 それにどう応えたものか判らなかったパウルスは、とりあえずうなずいて見せた。

 そうしたら、ハンスが嬉しそうに口角を吊り上げた。


 その日の自由稽古は、白熱したものになった。

 〔右足を大きく踏み出し(パス)ながら右上から左下への袈裟斬り(オーバーハウ)〕へのこだわりを一度脇に置き、自在にパウルスが剣を振るうと、勝率は五分に近くなった。

 それでもハンス・タルホッファーは終始、上機嫌であった。

 一方パウルスは、前回は見られなかったハンスの引き出しの多さに驚愕した。おそらくは他流から取り入れたであろう、父リヒテナウアーの流儀にはない技法もあり、勉強になった。

 今後も実戦では〔右足を大きく踏み出し(パス)ながら右上から左下への袈裟斬り(オーバーハウ)〕が第一選択肢なのは変わらないが、こうした自由稽古では色んな技を試そうと、パウルスは思った。


 稽古が終わると、道場のそばの小川で二人は汗を流した。

 澄みきったな冷たさが、身体を鎮めてくれる。

 ようやく少し強くなり始めた日差しで身体を乾かしている最中、パウルスは、


「もう少し、早くこうすれば良かった」


 と、言った。

 ハンスは、小川べりを眺めていた。

 水際には、土を割るように葦の新芽が立ち上がり、薄緑の先端に春の力が()()っていた。

 しばし沈黙の後、パウルスが言葉を継いだ。


「剣術は、人を(たお)すための術というだけでなく、それ自体に悦びがあると、私は知っていました。なのに、あなたの前ではそれを忘れてしまっていた。きっとあなたの剣風があまりに父に似ているので、嫉妬していたのだと思う」

 

 それを聞いて、ハンスは口を開いた。


「若先生、私は——」


 そこで、パウルスが


「若先生、はやめてください。あなたは私の兄弟子です」


 そう言えば、ハンスは少し考えたのち、言い直した。


「パウルス、私は自由七学芸(リベラル・アーツ)を修めてきたし、いくつかの不自由学芸(メカニカル・アーツ)も学んだ。そうして思うんだが、剣術は自由学芸に匹敵する芸術に、なり得ると思うんだ。それだけの価値が、剣術にはあると思っている」


 自由学芸(リベラル・アーツ)とは、古代より自由人の教養とされてきた学問で、中世のこの頃では「文法学」「修辞学」「論理学」「算術」「幾何学」「天文学」「音楽学」の七つとされていた。

 一方、不自由学芸(メカニカル・アーツ)は手工業・軍事・航海術・農業・狩猟といった実際的な技術を指していた。

 ハンス・タルホッファーは、様々な学問に長けた人物だと聞いている。

 パウルス自身は、自由学芸を学んだ事はない。だからおそらくハンスの言う事の細かな機微はわかっていないだろう、という自覚があった。

 それでも、ハンスが胸襟を開いて語ってくれた事だけは伝わった。


 ——やはり、もう少し、早くこうすれば良かった。


 あらためて、パウルスはそう思った。







これにて、第二話終了です。

読んで頂き、ありがとうございました。

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