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魔王と妖精王

妖精の働く天上界と、魔王の拠点がある魔界、その中間層で妖精王が魔王に説教を食らっていた。


「ねぇ、ボクがせっかく幹部やザコ敵の配置に気を遣ってるのに、なんで勇者の誰もそれを突破できないの?せめて一人目の幹部くらい倒してよ」


体に黄金の蛇を巻き付かせた、長い銀髪の男が怒りの声を上げる。彼の名前は魔王ナブラヘイム、この世界を管理する最高責任者だ。


「本当に申し訳ありません。地上に下りた勇者が、妖精の言う事も聞かずに勝手に動いてしまうものですから。初心者おすすめコースを薦めてもそれに従わずに、なぜか真っ先に幹部を倒しに向かうんですよね」


ヘコヘコと頭を下げる妖精王グレオンは、中肉中背のオジサンである。33人いる妖精のトップであり天上界の最高責任者である彼が、魔王に叱られているというのは、見るものが見れば相当ショックな光景だろう。


「なんで勇者って過信しすぎるのかねぇ。勇者の力だってしょせんは借り物、自分には何の取り柄も能力もないっていうのに。自信過剰すぎない?」


漆黒の肌に紫紺のローブを纏った魔王は、いかにも仕事ができる不動産屋の社長のような姿をしている。ただし身長は10メートルを越え、見るものを畏怖させる禍々しいその姿は、地上に住む人間からは怖れられる存在だ。


しかしこの魔王も創造神が定めたシステムの一つであり、建前はこのビハルダールを恐怖と暴力で支配しようとしているが、本音は人間たちの結束を強めて文化を育てるための『倒されるべき存在』であった。そして魔王本人も、別に自分が倒される事を忌避している事もなく、黙々とそれを受け入れている。なにせ魔王の中身は生前いろいろと良い思いをしてきた人間で、その恵まれた人生に感謝し世の中に恩返ししたいと考えた好々爺が転生した姿なのだ。この世界ではマナが循環するように、人の魂も循環しており、魔王がやられた暁には、またビハルダールの住民として生まれ変われる。今の魔王ナブラヘイムは、次の転生をする前に、最後のご奉公として魔王役を務めているに過ぎないのだ。


「創造神様に文句を言ってはならないのですが、どうも勇者として連れてこられる人間の選定に問題がありすぎるんですよね」


40代後半のオジサン体形をしている妖精王は、真綿の高級ハンカチで汗を拭う。天上界の妖精はみな見目麗しい女性ばかりだが、上司として妖精を管理する妖精王は男が代々務める。今の妖精王グレオンは、この世界で不法の孤児院を運営していて摘発された男が転生した姿だ。転生前のグレオンは法を犯し無辜の人間を何人も騙した重罪人であったが、逮捕される前に逃走し、途中で不慮の事故死を遂げた。あまりに大きな罪だったため、妖精王として転生し、その罪を償っているのだ。


妖精王は美貌に優れた女の妖精しか居ない職場の管理職である。美女しかいない今の職場は一見すると男の夢のような環境であるが、現実は違った。それどころか部下たちの方が圧倒的に立場が優遇されているため、実際は地獄のような環境である。


部下に手を出すことは当然禁忌であるが、さらにちょっとした言動を部下からセクハラとして訴えられると、これもまた重いペナルティが課せられる。部下には秘密だが、妖精王の勤務評価は下限なしの減点方式なので、部下に嫌われると恐ろしいことになるのだ。


そのため、魔王との交渉と行った誰もが忌避する業務は自分が行わなければならない。他にも同僚の誰々の待遇が良すぎる、不公平だ、自分を贔屓しろとワガママな女妖精のご機嫌を取り、業務を調整し、ときに勇者と妖精のペアを選定して地上に送り込む。さらに一部の部下は本当に仕事をしないし、きちんと仕事をこなす同僚妖精を逆恨みする。中には妖精王である自分に媚を売ってくる部下も居るが、もし甘言に乗った瞬間に訪れるのは破滅である。禁忌を犯した妖精王に訪れるのは、モンスターへの輪廻転生だ。それだけは嫌だ。一時の欲望で一生の不幸はいくら元悪党のグレオンでも御免だった。


そう考えるとグレオンにとって仕事をしない部下はまだ可愛い方で、そうした事情を知らずに自分を誘惑してくる部下はもはや敵にしか見えない。そういう妖精は魔王と相談し、名だけの役職を与えて僻地に飛ばしている。人間も勇者もいない無人の地で、魔王が用意してくれた幹部を見張るだけの仕事を与え、都落ちさせるのだ。



そうした精神的な綱渡りをしながら、魔王と政治的な交渉しなければならない。妖精王という役職を終わらせるには、魔王を倒してこの世界のシステムリセットを掛けるしかない。部下の女妖精は勇者と恋愛し結婚すれば地上で恵まれた第二の生活を送れる逃げ道があるが、元が罪深き罪人である妖精王はそうした温情もない。仕事は辛いし妖精王には結婚も許されていないし、立場的にも割に合わない中間管理職なので、グレオンはさっさと辞めたいのだ。


だから召喚された勇者に期待するのだが、グレオンが妖精王になって10年、だれも魔王を倒せずにいる。それどころか魔王より弱いはずの幹部すら倒せない。こうなるとシステム的にどこか不備というか致命傷があるとしか思えないのだが、世界とシステムを構築した創造神がすでに居ないので、根本的な解決ができない状態だ。


となると創造神の次に世界とシステムに影響が大きい魔王と相談し、対策を講じるしかない。勇者も影響の度合いは大きいが、世界のシステムとして勇者が魔王に会う時はイコール最終決戦なので、魔王と勇者の話し合いが出来ない。結局、妖精王が勇者の代理人となって魔王と相談するしかないのである。



妖精王グレオンは、KPI(※)を用いた勇者の業績評価ツールを魔王に見せる。勇者にはKPIが定められており、雑魚の討伐数や討伐効率、戦功点、ツールである武器や浮遊能力の一回あたりの使用頻度、などの戦闘科目のほかに、パートナーとなった妖精による人間的な診断項目も定められている。パートナーの妖精や地上の国民に勇者はどんな態度を取ったのかなども評価項目だ。


しかしKPIを導入してから数年経つが、その間に召喚された勇者の評価は最低だった。雑魚の討伐はどの勇者もまぁまぁの成績であるが、魔王の討伐ルートとして設定しているルートを誰も彼も無視しているのだ。コンビを組む妖精はある程度のローテーションになっているが、どの妖精からも「勇者と会話が成り立たない」「自分を過信して勝手に幹部に戦いを挑む」など勇者の評判は散々である。


魔王の方でも、異世界からの勇者が無理なく成長し、負担なく戦闘を継続できるように育成プランを建てている。森林都市マドーガのように勇者が最初に訪れる拠点となる都市近辺には、一見強そうだが実は簡単に倒せる見せかけの巨大な敵を1匹だけ意図的に配置している。こうすることで、新人勇者は1対1という敵に集中しやすい環境の中で、自分に与えられたツールである勇者の武器を試す事ができるのだ。そして相手は見かけだけは巨大で強そうなので、そいつを倒すことで勇者にこの世界でやっていけるぞという自信を持ってもらう。


また拠点都市の周辺は、勇者がマナをそこそこ貯めやすくて倒しやすい敵を集めており、敵のサイズも大小いろいろと組み合わせて飽きがこないように魔王側が工夫している。敵自体が弱いので倒して得られる戦功点は低いが、マナが貯まると勇者の強みである左手の爆炎兵器がたくさん使えるようになるのだ。爆炎兵器はこの世界でモンスターの存在そのものを破壊する必殺兵器で、魔王にすら非常に効果がある。しかし使うためにはモンスターを倒すことで得られるマナを事前に蓄えておく必要があるのだ。



最初の街である拠点都市の周辺でマナを溜めて、戦闘に慣れた頃にちょっと強めの敵が現れる所に遠出する。それが魔王と妖精王の二人で作成した勇者の新人教育プランである。


ところがだ、召喚される勇者は会社で正社員としてきちんと働いた事がないせいか、指導員でもある妖精のいう事をきこうとしない。そのくせに自己評価だけは妙に高く、ちょっと雑魚モンスターと戦っただけで自分は無敵と勘違いしてしまう。たしかに勇者に与えられる武器は世界最強である。しかしよく切れる包丁があれば料理がうまくなるわけではないのだ。切れ過ぎる包丁は未熟な使用者を傷付けてしまうように、勇者の武器はどうも使っている本人を酔わせる効果があるようで、平たく言えば勇者がすぐに調子づいて自滅する。根性なしで堪え性なしの人間が勇者として召喚されるため、修行や訓練が大の苦手なのが原因だろう。


最初は親身になって勇者に新人教育をしていた妖精たちも、あまりに同じような人間ばかり召喚されるせいか、最近は勇者の指導も相当おざなりである。ゼロに何を掛けても答えはゼロになるように、勇者の素養がダメすぎて妖精たちのモチベーションは低くなる一方だった。


「勇者の右手武器であるレーザー光に誘導性能が付けられれば、幹部との戦闘ももうちょっとマシになるんですけどね……」


「レーザーは真っ直ぐに進むことしか出来ないって物理で習ったでしょ! 屈折以外で光が曲がるわけないじゃん。そもそもセンサーも推進装置も付けられない光が誘導されるわけないでしょ」


魔王は呆れるが、妖精王の言いたいことも分かる。でも仕方ないのだ。


シューティングゲームに似た世界であっても、ゲームのように自動で敵に狙いをつける誘導レーザーやサーチレーザーは存在しない。日本のシューティングゲームを参考にしてこの世界を創った創造神も、流石に直進する光だけを抽出することで形成されるレーザー光に誘導装置を付けることは出来なかった。


「なんでそんな所で正しく物理してるんですかね?魔王とか妖精とか居るのに」


「それは創造神に文句を言ってよ。レーザーの速度がゆっくりなのも創造神がこの世界の屈折率を調整したからだしね」


光は何もない真空中では秒速30万キロメートルで進む。レーザー光も当然同じ速度だ。もしその速度で勇者の右手からレーザー光が放たれれば避けられるモンスターは存在しない。しかし魔王を含めた幹部や一部のモンスターもレーザーを使うので、勇者も避けられない。だから創造神はレーザーを見て避けられるように、このビハルダールではレーザーの屈折率が異常に大きいのだ。


「人生に近道などないというのに。勝手に近道しようとして道から外れて迷子になる勇者が多すぎるんだよね」


魔王は嘆く。魔王はシステムの一つであり、倒される事に意味がある。10年も君臨しているので、耐用年数や組織の硬直といった点でそろそろ世代交代しなければならない時期に来ているのだ。とはいえシステムによって、魔王は手を抜くことはできない。何か一つに手を抜くと、それはどんどん他のことにも伝搬していく。ちょっとした手抜きが最終的に大きな損害を招くのはどの世界でも一緒だ。だから魔王は仕方なく勇者の敵として全力で相手しなければならない。


「システムやルールを理解した上で、多少のリスクを含めた最適解を導くのが最短かつ最強の攻略なんですけどねぇ」


妖精王も嘆く。10年もこの世界の運営に力を尽くしてきたので、もういい加減に解放されたいのだ。確かに生前はいろいろ無法な事を繰り返したが、世界の運営側に立つことで、自分がどれだけ重い罪を犯したのかを理解している。次に人間に転生できたら、決して悪いことはしない。もう懲り懲りだからだ。だからそろそろ、この役から開放されても良い頃だろう。



しかし運営を担う魔王と妖精王がいくら案を出しても、『現実世界で弾幕シューティング』という世界を設計した事が間違っていたのだ。歴代の勇者が散っていたように、勇者が背負う一発死というリスクはあまりに理不尽すぎた。しかも空中移動は自力でしなければならないし、物理現象を無視できないのもキツすぎる。


もしきちんとこの世界で幹部を倒し魔王討伐を目指すのであれば、勇者は地道に自分の体力を鍛え、空中移動を自由かつ高速にできるように足の筋力を付け、マナを集めておいて緊急回避の手段を多めに用意するといった対策が最低でも必要である。それくらい準備してやっと勇者側はスタートラインにつくのだ。なのに召喚される勇者は努力や鍛錬といった地道な作業を嫌うため、この世界やシステムとの相性は最悪である。



運営側は必死にユーザーの事を考えても元の設計がダメだとどうしようもない。運営を担う魔王や妖精王が、創造神に文句の一つも言いたくなるのも当然である。しかし創造神はすでに居ない。となると勇者にその怒りの矛先が向いてしまう。


「いっその事、勇者を作ってみましょうか?」


「作る?どういう事?」


一計を閃いた妖精王は、自分のアイデアを魔王に伝える。これまでのやり方ではこれまでと同じ結果しか生まれない。ならばやり方を変えるしかない。妖精王はそう考える。


「なるほど、システムの拡大解釈を利用するのか!試して見る価値はありそうだね」


魔王も同意する。妖精王のアイデアはよくあるシチュエーションなので、この世界でも容認されている可能性が高い。どうせこのままでは埒が明かないので、別の手段に挑戦するのも手である。


「じゃあお互いの陣営から、有力なものを1人ずつ選びましょう」


「わかった。ボクもとっておきの人材を見繕っておくよ」


こうしてビハルダールの世界は、新たな転換期を迎えようとしていた。

※KPI:Key Performance Indicatorの略。業績を評価し達成状況を定量的に観察するための指標


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