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妖精の苦難

「今度の勇者はどうだった?」


「てんでダメ。今までで一番ダメだった。撃墜されるまで過去最短。大口叩いたわりに呆気なかったわ」


妖精同士が洒落たカフェテラスの席に座って、コーヒーカップを持ちながら会話している。


ビハルダールの世界は、管理者である妖精は30人ほど働いている。勇者マサキのように、ほとんどの妖精もまた地球からの転生者である。妖精たちの生い立ちは勇者と違って、人一倍の苦労を背負い不幸な目に遭いながらそれが報われず強い悔恨をもった独身女性が選ばれていた。コーヒーを飲む2人はお互い日本出身で似たような環境だったため、妖精になってからも仲が良い。ちなみにブラック企業で疲れ果てて無念の死を迎えた独身女性が2人の出自である。


マサキや妖精たちが転生したビハルダールという世界では、マナのやり取りで世界が成り立っている。自然や植物がマナを生み、それを人間とモンスターが奪い合っている。


その世界を作った創造神はすでに居ない。創造神が管理者として設定した妖精が、ビハルダールの人間側を支援している。妖精はイベントやキャンペーンを企画し、それを運用する。イベントは弱いモンスターの大量発生や、倒すと必ず秘宝を落とすレアモンスターとのバトルなどが多い。他にもモンスターを倒すための新しい武器や道具を新たに人間たちに配布したり、KPI分析や勇者の流入活動を監視している。


妖精には様々な任務があるが、エミールは勇者の先導役を担っており、勇者が一人召喚されるとそうした妖精が一人付き添う形になる。現在、ビハルダールで活動している勇者はマサキを含めて3人いるため、エミールを含めて先導役の妖精も3人いる事になる。


先ほどエミールが担当していた勇者マサキが死んでしまったため、それを先輩である妖精オリーナに報告していた。場所は地球のコーヒーチェーン店である。創造神は地球の特に日本を気に入ったため、自分の世界を作る際に大いに参考にした。特に日本のゲームが大好きで、世界のマナを増幅させ人間を進化させる刺激として、弾幕シューティングゲームの仕組みを取り入れたのだ。


「まったく、バカな仕組みよね。うちらの世界って」


先輩妖精のオリーナがコーヒーを(すす)りながらぼやく。今の姿はかつて人間だった頃と同じである。少し色褪せたスーツ、艶のないひっつめられた黒髪、化粧でも隠しきれない目元の(くま)とシワ。大手ソフトウェア会社の孫受け会社に勤めていた女性プログラマが、オリーナの妖精に転生する前の姿である。彼女は約7年ほど前に、栄養ドリンクの過剰摂取で内臓を壊し、30代半ばで病死した。オリーナは人間だった頃の名前を捨て、妖精となった際にはグラマラスで艶のある長い黒髪、グラビア雑誌の表紙を飾れるほどの美貌を得た。しかし今は再び人間だった頃の姿に戻っており、そのくたびれた女性会社員である姿は社内報の社員インタビューに載るのがせいぜいだろう。


「妖精に転生した直後は、地球よりマシな世界だと思ってたんですけどね。あまり変わらないというか、連れてくる勇者がダメ人間すぎてうんざりっすわ」


妖精エミールもぬるくなったコーヒーをかき混ぜながら、テーブルに肘をついただらしのない姿勢でそれをゴクリと飲む。スティックシュガーが3本入ったコーヒーは糖分過剰であるが、今は仮の姿なので気にしない。


荒れた手の肌を恨めしそうに見つめるエミールは、今は可憐で美しい妖精ではなく、夜遅くまで働いていたために不健康が体中に滲み出るおばさんのような見た目である。30歳になる前だったのに、かつての人間だった姿はやつれきっている。それだけ以前の自分は不規則な生活を送っていたのだ。


人間だった頃のエミールは大手生命保険の営業スタッフであった。そこそこ有名な女子大を卒業したものの、卒業する年は就職氷河期と言われる大変な時代だった。50社以上にエントリーしても面接まで行ったのはたった1社で、その会社もブラック企業として有名だった。夢も希望もない現実に、社会の荒波に飛び出したばかりのエミールは打ちのめされた。それでも就職先がない同級生よりマシだと入社したものの、保険の勧誘ノルマはあまりに非常識で厳しいものだった。歯を食いしばりプライドを捨てて頑張ったものの、心労と睡眠不足が積み重なった所で自ら起こした自動車事故で死んでしまった。そんな過去を持つため、エミールは自分と同世代なのに舐めきった人生を送ってきた勇者マサキを心底侮辱していた。


「まあ魔王を倒せなくても良いんだけどさ。でもせめて幹部くらい倒してくれないと、マナが偏っちゃうのよね。魔王に怒られちゃう」


魔王も創造神が作った世界ビハルダールの運営システムに含まれている。魔王は定期的にモンスターを生み出し、ときに強力な幹部を作る。モンスターはマナを喰らって体内で増幅させ、それを人間や勇者が倒すと良質なマナが世界に循環される。マナは人間を育て、文明を育て、世界が育っていく。


しかし今のビハルダールの世界はモンスター側にマナが集まりすぎて、人間側のマナが枯渇している。人間社会が全然成長しないのだ。そのため積極的に勇者が投入されているのだが、魔王の作る幹部が強すぎるのか、勇者がだらしないのか、その両方なのか、勇者が魔王どころかその幹部すら倒せない状況が続いているのだ。


「アタシも一回試したんだけど、弾が雨あられの中を避けながら敵を狙うってどんだけ無茶だよって思いましたもん。お前は車に乗るのにコップに水を入れてこぼさないように運転してるのか!って怒鳴りたい気分でしたわ」




オリーナもエミールも、ビハルダールの世界に転生したときに、妖精になる特典として自分の理想の姿に生まれ変わった。エミールはアニメを参考に、オリーナもハリウッド映画の女優を参考に、理想の顔と身体を持った新たな自分の姿を作り上げた。妖精は基本的に年を取らない。美しい姿でずっといられる。


「やった!前世での苦労がようやく報われた!」と感激したのもつかの間、仕事はブラックのままだった。強すぎる魔王とその配下を倒すために、ビハルダールの人間を助け、勇者を導き、世界の運営を司る。24時間年中無休。なんで世界なんて面倒なものを世話しなきゃならんのだと憤慨したものの、後の祭りだった。


またせっかくの美貌と永遠の若さを手に入れたものの、働く場所は妖精しかいない天上界という職場に限られていて、男との出会いがない。まったくない。本当にないのだ。地上に降りるときは十分の一のサイズで実体のない分霊という形にされるため、これまたありがたみが薄い。ビハルダールの人間は妖精を崇めてくれるが、報酬はそれだけである。分霊は物理的存在ではないのでモンスターの攻撃は効かないが、その状態では地上の人間と恋愛する事もモンスターに攻撃する事も出来ない。


エミールも勇者に文句ばかり言うのもどうかと考え、上司に頼んで勇者と同じ武器を持たせてもらい、モンスターと戦わせて貰った経験がある。結果は惨敗。勇者と違って管理側であるエミールは死ぬことは無かったが、どれだけ慎重に戦っても幹部には勝てなかった。勇者マサキが死ぬ直前に感じた通りのことをエミールも思い知った。雑魚モンスターはいくらでも倒せるが、魔王の幹部は武装や戦い方があまりに完成しすぎていて、冗談抜きに一矢報いることすら出来ない有様だったのだ。



ちなみに自慢する相手がいないために若さと美貌と時間を持て余す妖精が、例外的にそれを見せつけられる相手が、同じ地球から転生してくる勇者である。しかし選ばれてくる勇者はビハルダールのシステムで自動的に『弾幕シューティングゲームが得意で、独身で、特に定職がなくて、社会的な寄与が皆無で、拉致しても影響が全然ない人間』に限定されている。実際に連れてこられるのも、不潔でだらしなくて変に自意識過剰でそのくせ自分に激甘で他責的で落伍した男ばかりだ。それでもオリーナが以前付き合っていたパチンコ狂いの自称ギャンブラーよりマシかもしれない。しかしどちらにせよそんな相手にはときめかないし、下手に好かれても困る。


妖精はビハルダールの人間と恋愛関係になることはシステムの上で不可能だが、相手が勇者であれば恋愛も結婚も可能と決められている。しかも結婚すれば晴れてビハルダールの聖地で特別市民として暮らせる特典付きだ。妖精に見初められた勇者は魔王を倒す仕事をやめる事ができるため、聖地から一軒家をプレゼントされた上で妖精と一緒に地上の特別市民に転職できる。しかし、連れてこられる結婚相手の候補があまりに尖りすぎているので、オリーナもエミールも参ってしまっている。恋愛感情のない勇者との結婚はシステムに見破られるし、また結婚しても離婚した場合は恐ろしいペナルティが待っているのだ。


さらに妖精になった女性はみな転生前には報われなかった苦労人や努力人ばかりであり、それはビハルダールに来て報われた。だからこそ召喚されてくる勇者のあまりのだらしなさや不甲斐なさに、どうしても結婚相手として見ることが出来ない。今も30人を越える妖精が天上界に居るのに、現役の勇者に誰一人アタックを掛けない。心を惹かれるどころか軽蔑する方が多いくらいだ。


オリーナとエミールの2人は勇者の素質を持つ人間を調査するため日本の都内に来ている。生まれ変わった妖精の姿ではなく、かつての自分の姿を今は取っている。2人とも、出会いもないままブラックな環境で疲れ果てた女性会社員の姿だ。


「誰かいい人いないかなー」

「早く結婚して仕事やめたいー」


結局、転生前の姿で転生前と同じセリフを、二人は口にするのだった。

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