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勇者、残機2

そんなシューティング命の俺は、裕福な親の援助でエスカレータ式の私立中学に入り、内部推薦で高校、大学に進んだ。中学に友人に誘われてゲームセンターの魅力を知り、そこから大学まで俺はゲーセンびたりとなり、卒業後も定職に就かずに適当にバイトをしながらゲーセンとアパートを往復する日々を過ごしていた。


俺が大学生の頃、世間は就職氷河期と言われていた。ところが俺の場合、幸いなことに祖父が会社を立ち上げて今も会長を務めており、伯父さんが社長を、実の父親が専務をしている。大学を卒業して今は無職でも、30歳手前くらいに俺もその会社に入ればいいやと考えていたし、母親からもそう言われていた。俺は修行という形で不定期なバイトと母親から仕送りを収入にして、都内のアパートで自堕落な毎日を自由気ままに過ごしていた。ゲームのイベントやアーケードゲームの新作が出れば、最優先でそれ目当てにゲーセンに向かった。



ところがだ。29歳の誕生日に父親から「お前を我が社に入れることはできん」と宣言されたのだ。はぁ?何で?ふざけんなよ!俺は父親と口論になり、母親も俺に味方してくれたものの、結局親父の考えは変わらなかった。


俺は当て込んでいた就職先を失ったが、まぁ実の所は悲しいとかは感じなかった。ぶっちゃけ、働くのは好きじゃないし、祖父の生前贈与とか何とかで、俺は20代の頃から地元のアパートのオーナーになっている。アパート収入は管理委託費や税金なんかで結構抜かれるので、俺の懐に入ってくる金額はそれほどではないが、それでも毎年働かなくても一定の金が手に入るのだ。アパートの経営自体は管理会社に完全に委託しているので俺は一度もそのアパートを見たこともないし、アパートのために仕事した事もない。でもそのアパートのお蔭で、俺は贅沢さえしなければ生きていくのに最低限の収入を持っていた。


考えてみれば親父や伯父、そして祖父と一緒に働かなくて良かったかもしれない。親父も伯父も仕事人間だし、定職につくと平日は仕事があるのでゲーセン通いが難しくなる。なんだ、今のままで良いじゃん。そう考えた俺は実家から都内のアパートに戻った。母親は俺に甘いので、ちょくちょく小遣いをくれる。こうして俺は30歳を過ぎてもゲーセン中心の人生を継続した。


そうして気付いたときには、40歳が目前となっていた。俺は相変わらずバイトとゲーセンとコンビニ、そしてアパートを行き来する毎日だった。さすがに毎日同じゲーセンに行くのは躊躇われたので、曜日ごとに行くゲーセンを変えながら、バイトが無くて暇な日はさらに知らないゲーセンの探索もしていた。しかし10年も同じ生活を続けていると、都内の駅近郊で俺の知らないゲーセンは無くなっていた。


無意識に目を逸していたが、俺の友人や同級生だけでなくゲーセンで知り合った人たちも、その多くが結婚して家庭を持っていた。もちろん独身者も居たが、そいつらも会社である程度の地位を持っていて、SNSを見ると仕事中心の毎日を送っているようだった。俺だけ気ままな生活を送っていて、さすがにちょっと考えるところが出てきてしまった。


ゲーセンでもいろんな人と知り合った。全一と言われる全国一位の記録保持者も居たが、そういう人は例外なくゲーム会社やゲームに関係する仕事に就いていた。ゲーセンに通っていた俺より年下の大学生も、就職するとその姿を見なくなる事が多い。何年か前に久しぶりにゲーセンに来た顔馴染みの大学生は、俺でも知っているような大手企業に就職していて心底驚いた。


「出張で久しぶりに東京に来たので、懐かしくてこのゲームセンターに来ちゃいました。マサキさんが居てびっくりしました。まだ常連なんですね。いいなー、俺も本社に異動なれば前みたいにこのゲーセンに通えるのになー」と、高そうなスーツを着たそいつに純粋に羨ましがられた。


違う、俺はお前の方が羨ましい。そう思ったとき、俺は気付いてしまった。俺は人生の周回遅れをしているんだ、と。


俺のアパートには、寝具と食器と洗濯機以外に、家庭用ゲーム機と大型モニターしかない。家に帰っても寝るかゲームをするだけだからだ。貯金もない。入った金はほとんどゲームに費やしているからだ。大学時代や卒業してから親しい女の子もできたことはあるが、ゲームを優先してすぐに別れてしまった。女のために金や時間を使うのは勿体無いと思っていたからだ。


もしかして、本当に勿体無かったのは、俺のこの17年じゃなかったのか?20代の時に、通っていたゲーセンのオーナーから「マサキ、そんなにゲームが好きなら、ゲーム会社に勤めればいいじゃん」としつこく言われた事がある。その時は余計なお世話だと一蹴したけど、あれはオーナーが親身になって俺にちゃんと働けと言ってくれてたのだろう。そのオーナーも、今の俺にはもう何も言ってくれない。


……あれ?俺の味方は母親だけ?


ある日、俺はゲームの情報雑誌に付いてきた投資広告が目に入った。普段なら見向きもしない広告だったが、民泊やアパートに関する内容だったため、つい読んでしまったのだ。俺はアパート経営者だ。実際は管理会社に丸投げしているので、経営の仕事はまったく分からないのに、なぜかその時だけ「俺はアパート経営の実績を持っている」と思い込んでしまった。


世の中は数年後に迫った東京オリンピックやカジノの話題が昼のニュースでも取り上げられ、民泊やホテルへの投資が盛り上がっていた。そうだ、俺の努力と才能を活かす絶好のチャンスだ!そう考えた俺は、広告に記載されていた宛先に連絡し、都内のビルで担当者に面会する事になった。


そして、俺はすべてを失った。


もうその後のことは思い出したくもない。経営と投資のプロという人に、俺が持っていたアパートの所有権まで奪われた。二進も三進も行かなくなってしまい、それでも必死に足掻いたがウン百万円の借金まで背負ってしまった。仕方なく実家に戻って親に相談したが、そのときにはすでに手遅れだった。父親は真っ赤な顔で激怒し、母親はずっとテーブルに顔を臥せて泣いていた。父親に殴られた俺は、何もかもが嫌になって実家を飛び出して、特急電車に飛び込んだ。電車に乗ったのではない。特急が停まらない駅のホームから、駅を通過する特急電車に向かって飛び込んだのだ。


俺が何をした?俺を騙した方が悪いんだろ?俺は悪くない。何で俺だけこんな目に……そう思いながら。


「正しい努力をしないで周回遅れになった人間が、有りもしない一発逆転を狙ってサギ投資にすがるからです」


グサリと刺さるセリフが耳に入り、ぼやけていた意識がはっきりする。目覚めた部屋は薄暗いが、俺の住んでいたアパートの何倍も広い。天井が淡く光っているが、よく見ると電灯や照明ではなく、模様のような物が光っている。電車に飛び込んだはずの俺は、目覚めたら訳のわからないここにいた。


「親や管理会社から、実印だけは人に預けてはダメだと何度も忠告されていたのに……」


白く透き通るような肌、そしてその上に纏う絹のようなローブ。手入れが行き届いた長い金髪に見た人間すべてが魅入ってしまう美貌。完成された女神とはこういうものだろうか。


あまりの美しさについつい見惚れてしまうが、着ているローブにも驚愕する。俺の母親が持っている16匁絹製のスカーフすら霞んでしまうほどの滑らかさな素材だったからだ。


「そういう鑑定眼があるなら、それを活かした職業に就けば良かったのに。才能を活かせず、サギにケツの毛まで毟られて、親より早く自殺するなんて親不孝の人間失格ですよね」


見た目の美しさや言葉遣いから想像もできないほどの辛辣さ。俺は怒るべきだが、言われたことは至極当然であるし、何より目の前の女があまりに美しすぎて、逆らおうとする感情がまったく湧いてこない。なんだ、何なんだココは?そして俺に説教するこの女は何者なんだ?


「ええ、もちろん説明します。アナタを召喚したのは、この世界を管理する妖精エミールなのですから」


見た目は楚々可憐なのに、中身は毒々しい妖精が説明を始めた。



説明はこうだった。


創造神が作ったこの世界でも人間が住んでいるが、その人間を害するモンスターとその親玉である魔王がどこからともなく舞い降りて、いま世界は滅亡の危機にある。それを勇者である俺に倒して欲しい。


創造神とか魔王とか、ゲームでしか知らない存在だが、とりあえず説明を聞いて俺が連れてこられた状況は理解できてきた。妖精は創造神がこの世界を管理するために作った存在で、俺が今立っているここはその妖精の本拠地ということだ。妖精は魔王を倒す素質のある人間を『勇者』として異世界から召喚している。その召喚に応じたのが俺、というわけだ。


なお俺の前にも何人かの人間が、やはり勇者として過去に召喚されている。古い時代の勇者がかつて魔王を倒した事もあるが、今この世界を襲っている魔王はそれとは別のものらしい。またこの世界に住む人間には、妖精の存在は広く認知されているらしい。モンスターの被害にあっている人間たちは妖精に魔王討伐を願っているそうだ。


妖精エミール。この世界を管理し、魔王やモンスターを滅ぼす力を勇者に与える神の遣い。


「つまりその魔王とやらを俺が倒せばいいって事か?」


どうやら俺は選ばれたものらしい。そうか、俺の眠っていた才覚は、地球では不運にも開花しなかったが、この世界では正しく発揮されるというのか。


「そうなります」


やはりか。この世界なら、俺は選ばれし勇者であり、勝者になれるんだ。


なんだよ、それならさっさと俺を召喚すれば良かったのに。なんで俺が詐欺られて苦渋の日々を送った後に召喚されてんだよ。もっと早く俺を召喚してくれれば、あの絶望の日々や屈辱を感じなくてよかったのに。頭にきた。少し意地悪してやるか。


「ふーん。じゃあ俺が協力しなかったらどうなんの?」


「どうもしません」


ん?あれ?聞き違いか?


「俺は選ばれし勇者なんだよね?俺しかこの世界を救えないんだよね?」


「まあそうですね。ですが、別にアタナだけというわけではありません」


「なぜ?」


妖精が細く真っ白な指をパチンと鳴らすと、壁に映像が浮かび上がる。どこかで見た風景、それは俺が都内のゲームセンターで弾幕シューをプレイしている様子だった。


「この世界は、アナタの住む日本でいう『弾幕シューティングゲーム』に酷似した世界です。アナタはその弾幕シューティングが得意で、何種類ものゲームをクリアした実績をお持ちのようです。なので勇者に選ばれました」


妖精がもう一度指を鳴らす。すると俺がゲームに没頭している映像のそばに、もう一つ新たな動画が浮かび上がった。それは何かのゲーム画面のようだった。人間キャラが空を飛びながら、手から太いレーザーを放っている。敵はその人間キャラと同じくらいの大きさの昆虫らしいが、今までプレイしたゲームより更に大量の数だ。なにせ敵の昆虫が重なり合っていて、文字通り雲霞の如くになっているのだから。そしてそれが分かるほど、この映像は微細まで映し出されている。4Kとか8Kのテレビ画面なんか目じゃないくらいに鮮明で高画質だ。


「何このゲーム動画。すっげぇ細かい。まるで実写だ」


「現実の映像ですから。前の勇者が戦っていたときの実際の記録です」


妖精の説明に驚いて、顔をその映像に近づける。……ホントだ。ゲームじゃなく、本当に人間が空に浮いて敵をレーザーで撃ち落としている。人間が着ている服は風に揺れてるし、腕や頭も敵の動きを見ているのかいろいろ細かく動いている。勇者と敵との戦闘を天から撮影しているのでゲーム画面のように見えるが、見れば見るほどあまりにリアル過ぎて、もはやゲームには思えない。まぁ本当にゲームではなく実際映像なんだから当然だろうけど。

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