戦闘妖精の新たなる戦い
私には2つの名前がある。生まれた時に両親に貰った名前はミハナ。軍人と、そして戦闘妖精となった時の名前はアントラセン。私は戦いの中で生まれ、戦いに生きてきた。
マサキは銃を見て泣いていた。いえ、涙は出ていなかったけど、私には分かる。銃を見て彼はひどく悲しんでいた。
マサキは日本の出身だという。東洋の神秘と言われる日本。世界で一番平和な国。私は平和というものを知らない。平和って何?それは戦争のない事らしい。戦争がないってどんなことなのだろう。隣り合う国と国との殺し合いもあるし、同じ国の中でも祖国のように民族同士で殺し合う事がある。なぜ日本には戦争がないのだろう。
私は7歳の誕生日に銃をプレゼントされた。嬉しくもなんともなかった。ただ、自分がこれを持って戦う日が来たのだと思っただけだった。そして9歳の頃、私ははじめて銃で人を殺した。特に感慨もなかった。私が殺した相手も銃を持っていて、殺さなければ自分が殺されていたからだ。その後、いったい私は何人の敵を殺めてきたのだろう。同じ国に住んでいても、民族が違ったり思想が違ったり、そうした理由で銃を向け合い殺し合う。平和を願った人も居る。平和を叫んで集会を開いた人もいる。平和を実現させるために政治家になった人もいる。でも戦争は終わらなかった。
束の間の平和はやってくる。けれど数ヶ月するとまた戦争が始まる。なぜ?と父に尋ねると、大人たちが約束を守らないかららしい。平和のために嘘を付き、約束を守らせるために戦争をするという。私達は神に祈らない。私達は神を見たことがないからだ。私達は民族の使命のために戦う。ただその使命が何かを私は知らないまま、戦争のなかで命を喪った。
私は生まれ変わった。祖国ではない空に浮かぶ国、地球ではない世界、そこで人間ではない妖精という存在に生まれ変わった。でも民族の言い伝え通り、私は戦争からは逃れられなかった。違う世界に来ても戦争。ただ違ったのは戦う相手は人間ではなかった。それだけが救いだった。そしてその戦争では、私が直接戦う事はなかった。世界で一番平和な国である日本から来た男の人だけが戦っていた。
私のパートナーになったその人はとても優しくて、それでいて勇敢だった。地球での私は女で、私の国での女はただの道具でしかなかった。軍で人間扱いしてくれたのは父親だけだった。私のような女や子供たちはみな、武器や道具と同じように扱われていた。それが普通だった。
でも新たなパートナーとなったマサキは、私をはじめて人間扱いしてくれた。私の意見を聞いてくれて、私の存在を認めてくれて、私を頼ってくれた。そしてたった一人で、巨大な怪物たちと戦い続けていた。何のために戦っているのか尋ねても、ただ自分のため、自分に課した使命のためだという。神のためでもなく、平和のためでもなく、ただ自分のため。地球で一番平和な国から来た人が、銃を持ったことも人を殺したこともない人が、恐ろしい怪物たちと戦い続けていた。
私は喜んでスポッターとなり、彼をサポートした。自分にできる限りの事をして、少しでも彼の戦いが早く終わるように努力した。始めは達成不可能だと思ったミッションだったけれども、とうとう最後に彼はやり遂げた。その戦いを通して私は彼を心の底から信頼し、私も彼から信頼されていた。彼は私をいつも盟友と呼んでくれた。彼のために私は命を懸けて戦うことが出来た。私は彼に必要とされ、そして二人で勝利と自由と平和を勝ち取ることが出来た。どれもこれも、私が地球でどれだけ欲しても得られなかったものだ。
でも私は戦争が終わってようやく気付いた。弱虫で臆病なのに勇敢で前を向いて進み続けた彼の隣にずっと居たい自分の気持に。私にとって誰よりも優しい彼にずっと必要とされたい自分の気持に。……そしてそれが不可能だということにも。
私は何人もの人の命を奪ってきた。そうしなければ生きてこれなかったし、それが当然だったからだ。でも私と一緒にこの世界の戦争を終わらせた彼は、地球で銃を持った事もなかった。これまで戦争しか知らず戦争しか出来ない私が、戦争が終わったこの世界で何が出来るのか? 戦争以外に私は何も出来ない。何をして良いかも分からない。戦争がなくなった今、私が彼に何をしてあげられるのかが全然分からない。
そんな私が、平和の国の出身で、この世界の戦争を終わらせた英雄のそばにいられるはずがない。ただ私は戦争の技術を持っていたから、彼のパートナーに選ばれただけだ。平和になった世界で、私は必要とされない。彼はこの先、この世界で英雄として生きていく。彼のそばに居る理由がなくなってしまった私は、平和な世界でどうやって生きていけば良いのか分からない。
銃を持つ前からやり直したい。戦争が終わった今、戦争以外に私が出来ることを作りたい。戦争が終わっても彼のそばにずっといたい。でももう間に合わない。すでに英雄となった彼には天上界に住む妖精たちが結婚を申し出ていた。私なんかより数段美しい先輩方が彼に近付くたび、私の心は張り裂けそうになった。でも私には何も出来なかった。きっとその中から彼が選んだ女性が、聖地という特別な場所で、英雄となった彼とずっと寄り添っていくのだろう。私はそれを見たくなかった。聖地とは縁がない場所に逃げたかった。
ところが、彼はゼロから生まれ変わる事を希望した。理由は分からない。ただ彼は、彼が生きてきた人生そのものを後悔していた。過去に何があったのかは分からない。けれど彼はいつも悩んでいた。彼が救われるには、記憶からすべて消してやり直す事だけ、それを彼は選んだ。彼は世界の英雄であることを捨てるのだ。
私は心が踊った。彼が生まれ変わるとき、私も6歳だ。彼は私に関する記憶もすべてなくして転生するというけれど、それが何?かえって好都合。今の戦争しか知らない私ではなく、この世界でいろいろ学んで、いろんな事ができるようになれば、今度こそきっと彼のそばにずっといられる。生まれ変わっても、彼は彼なのだから。
彼は私にとって宝物だ。宝物は大事にしなければならないし、他の人に奪われてもいけない。だから私は6歳に戻って戦争以外のことを学びながら、そして彼のそばで彼に尽くし、彼を守るのだ。これまでの私は目標を与えられ、それを実行するだけだった。弟を守る、世界を救う、どれもこれも私が自ら選んだものではない。でも今の私は違う。自由だ。自分で目標を選べるのだ。マサキのそばにずっといる事、それが私の目標、そしてこの世界に生まれ変わった私の人生を賭けた戦いだ。
妖精王様に訊いたところ、世界を救った英雄としてマサキや私は生まれ変わっても人より優れた加護があるという。それも好都合だ。彼が生まれ変わったら、私はすぐにそのそばに行く。そして私以外の女を近付けさせない。
決めた。彼は私のものだ。英雄だった彼は私の手が届かない存在だったけれど、英雄でなくなった彼ならば何も問題はない。彼は私だけの英雄。彼を守り、彼のそばにいるのは、私なのだ─────
◇
妖精アントラセンは、記憶を保持しながら、地上に住む人間として新たに生まれ変わった。肉体年齢は6歳ちょうど、そして地球での本当の名前であるミハナを名乗った。学術都市ミーグレーに住居と戸籍を得たミハナは、この世界の高等教育を受けられる学校に入学した。何もかも特例であるが、すべて天上界で得た最上位の勲章が物を言った。
ミハナの身体は6歳の幼い子どもではあるが、妖精時代の記憶をすべて受け継いだ上に特別な加護を秘めている。さらに大気に含まれるマナを人の何倍も効率よく活用する事が可能であり、今の時点で普通の若者と大差ないほどの体力や筋力を発揮できた。
本当はもう少し体が成長してから世界を旅する予定であったが、思った以上に自分の身体能力が優れている事を知ったミハナは、7歳になると大陸を旅する調査団に特別に参画した。すでにこの世界にはマサキがどこかに転生しており、加護によって妖精並の高い感知能力を持つミハナは、数ヶ月前からその存在を感じ取っていたのだ。想い人と離れて一年経つが、マサキに対する気持ちは冷めるどころかはち切れんばかりに膨れている。
新しい人間となったマサキはまだ1歳になったばかりで、会話どころか会っても何も出来ないのはわかっている。だからミハナはこの世界で勉強を見聞を広めつつ、マサキがある程度成長して話をしたり遊んだり出来るくらいになってから会いに行こうと考えていた。とりあえずあと4年は我慢するつもりであったが、しかしミハナはすでに限界を迎えていた。愛しき英雄に会いたいという願望を我慢できなくなってしまったのだ。マサキの転生体が居ると思わしき方面に向かう調査団があると知るやいなや、半ば強引に参加を申し込み、そして大陸を移動する長旅に出た。
調査団の一行は、死の十字回廊と呼ばれた内海が平和になった事を喜びながら、目的地であるメイレナ洞窟のある地方に到着した。学術都市ミーグレーを出立してから3週間後、洞窟から少し離れた宿場町にあるホテルに一行はチェックインする。このホテルを拠点にして、メイレナ洞窟の調査を進めていく。そしてそのホテルの支配人一家に生まれた一歳の男の子こそ、ミハナが求めていた英雄の生まれ変わりだった。
奇しくも転生前と同じ名前を付けられたマサキは、約一年ぶりにアントラセンの生まれ変わりであるミハナと再会した。ミハナがマサキの手に触れた時、マサキは泣き出してしまった。
それは、盟友アントラセンと再会できた喜びだったのか、それとも愛しい人にようやく再会できたミハナの重すぎる情への緊張だったのか、果たしてどちらだろうか。
◇
学術都市ミーグレーからの研究団が洞窟内での調査を行い、ミハナも大気とマナの活性関係について実験を進めていた。妖精の頃から培ってきた感知能力と、戦争の中で様々な臭いを嗅ぎ分けてきた彼女にとって、大気中のマナを調べることは非常に興味深いことであった。さらに特別な機材がなくても大気とマナの状態を読み取れるミハナは、すでに研究室の中で貴重な存在となっている。かつて戦場で生き延びるために磨いてきた嗅覚や感知能力が役立つ上に、研究そのものが楽しくて仕方ないミハナは毎日が充実していた。もちろんそこには、宿泊先のホテルに愛しい人が居る事も大きく影響していた。
「ただいま、マサキ!」
洞窟から戻ってくると、ミハナは真っ先に風呂に入る。体を清潔にして衣服を整えてから、いそいそとホテルの裏に向かう。そこには支配人一家が生活している離れがあり、一歳になったマサキも住んでいるのだ。
赤子でありながら加護を受けたマサキは、すでに一人で歩くことすら余裕である。ほんの少し前は母親にべったりと抱っこばかりされていたが、歩き始めるようになるとあっという間にいろんな所に出歩くようになった。
ミハナが離れの玄関を開けると、すでにマサキがそこで待っていた。「たー」と舌っ足らずな声を出して、マサキが両手を上げて来客を喜ぶ。ミハナはその手に自分の手を重ねて、マサキにただいまを言うのが日課となっていた。
「あらあら、お姉ちゃんが来て嬉しいのね」
母親である女将がニコニコと二人の姿を見ながら玄関に姿を現す。お客であるミハナだが、マサキに会うために特別に離れに来ることを認めてもらっている。傍から見れば、仲のいい姉弟のようであり、周囲の大人たちもにこやかに幼い二人の様子を見守っている。
しかしミハナも表面上はにこやかにしているものの、内心は完全に恋する乙女の状態である。まだ一歳ちょっとのマサキに対して、声なき声で愛を語り続けているのだ。




