表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/25

勇者と妖精と暗黒王

場所は大洞窟、この奥に幹部が待ち構えている。洞窟の中は薄暗く、魔人の体を持つマサキの目でも遠い先までは見通せない。外からの光がなく、壁面に青く光る苔が視野を確保してくれている。ところどころに床と天井を結ぶ自然石の柱がそびえ立つ巨大なこの洞窟の光景に、マサキはかつて大学で教わった首都圏外郭放水路を思い出していた。洞窟の中は思ったほど寒くないものの、マサキとアントラセンは他の事で悩まされていた。音である。


この洞窟ではコウモリとセミのモンスターが襲いかかってくる。両方とも軽快に空中を舞い、洞窟の死角に隠れている事も多い。マサキには最高のスポッターであるアントラセンが居るため隠れていても発見できるが、コウモリの羽ばたく超高音と、セミの鳴らす甲高い音が重なると、肝心のアントラセンの声が聞こえにくくなるのだ。人間よりも大きいコウモリが口から弾を吐き、巨体のセミは体当たりをしてくる。それぞれ個体としての強さは大した事ないが、洞窟という環境とあまりに相性が良いため、こちらが一方的に不利である。


また洞窟の地面には水が溜まっている所もあり、ここにも巨大蛙のモンスターが潜んでいる。蛙も口から大量の泡弾を吐き、近付くと舌で攻撃してくる。見えないところにいる蛙もまたゲロゲロと音を立てるため、洞窟内は雑音と騒音のるつぼである。天井にはコウモリ、壁にはセミ、床には蛙という隙のない布陣。そして先が見えにくい薄暗闇にあちらこちらで反響するモンスターたちの雑音。過去にこの洞窟に入った勇者は誰もがその音に苦しめられ、奥に到達したものはいないという事だった。



戦場を洞窟に移してから数日が経とうとする頃、マサキとアントラセンの2人はようやく対策を確立しようとしていた。マサキはアントラセンに少しだけ前を先行してもらい、発見した敵を指さしてもらう形を取るようになった。敵を発見した後はマサキの集中力が頼りである。


マサキと妖精はゆっくりと洞窟の中を進む。地面ではなく洞窟の真ん中あたりの空中を歩いていく。アントラセンが天井を指差すと、すかさずマサキはその方角を見据える。大きなコウモリが何十羽を広げながら超音波を奏で、それぞれが弾幕シューティングという名に恥じないほどの大量の弾を口から吐き出す。コウモリの音は共振によってマサキの体を震えさせるほどの振動を生むが、当のマサキはまったく気にすることもなく、敵弾を躱しながら右手のギガフレイムでコウモリの大軍を一掃する。そして止めを刺した事を確認するやすぐに周囲に警戒を張りながら同時にアントラセンを見る。妖精はちょうどコウモリと反対側を指しており、マサキが目を向けるとまるで地球の熊くらいの体型のセミが群れをなして壁からこちらに向かって飛び立とうとしている所だった。マサキは慌てること無く、セミたちも一網打尽にする。セミは体当たりしかしてこないが、死ぬ際に周囲に体液をばら撒く。シューティングゲームでいう撃ち返し弾という攻撃を模したもので、至近距離では躱すのが困難となる。しかし遠距離であればどれだけ体液をばら撒かれても躱すのは容易となり、それを知るマサキはセミが遠ければギガフレイムを、近ければ攻撃せずに回避することだけを徹底した。


見通しの悪い洞窟内で、到るところで音が反響するため、視覚と聴覚がほとんど頼りにならない。しかし何日もの探索で騒音にも慣れ、アントラセンを全面的に信頼するマサキは何も不安が無かった。アントラセンもまた、転生前にジャングルや山岳部でさんざんゲリラや革命軍の待ち伏せや夜襲を経験しているため、分霊状態で物理攻撃を受けない今の身であれば怖いものはまったくない。


マサキは経験していないが、映画や漫画と違って人間は現代の銃弾1発を喰らうだけで戦闘不能になる。弾のもつ運動エネルギーが人体の破壊に転換されるからだ。散弾の小さな弾であっても、硬い表皮を持たない人間がそれを受ければ金槌で殴られたような激痛となる。先端形状や速度によって条件は異なるが、弾は人間の表面を破壊し、弾の運動エネルギーによる衝撃波が着弾点から周囲に拡散される。鉄板すら貫通する銃弾が、もし人間に当たれば身体の内部組織を瞬く間に破壊し、傷口を大きく広げる。さらに弾には威力や殺傷力を高めるために様々な工夫が組み込まれているため、人体のどこに当たっても重傷となる。


そんな環境で過ごしてきたアントラセンにとって、物理攻撃を受けない分霊状態というのは天国のような状況だった。妖精自身に与えられた周囲環境の感知能力に加え、アントラセン自身が戦場で培ってきた直感が噛み合うことで、洞窟内にいるすべてのモンスターは丸裸の状態である。そのアントラセンが先導する時点で奇襲は意味を成さず、マサキにとって戦いにくい洞窟内での戦闘訓練をしているに過ぎなった。


(シューティングゲームと違って、自分のペースで前に進めるのは良いな)


コウモリの弾幕を躱し、遠くのセミを焼き尽くしながら、マサキは状況を冷静に考えていた。妖精の的確な索敵があるとはいえ、暗い上に音が鳴り響く状況はマサキにとって相当不利である。何度も超音波や共振音を食らった耳はジンジンと痛み、洞窟に入ったときからまともに機能していない。それでもマサキはまったく慌てず、何百もの敵の襲撃とその何倍もの敵弾を捌いた。状況が良くなければ前に進まずに迎撃に徹し、有利な環境を確保した上で前進する。残弾や時間に制限がないため、無理する必要がない。弾幕シューティングに酷似した世界ではあるものの、違いも当然あって、有利な点も不利な点もある。自分に有利な点を可能な限り利用するという当然の事すら、以前のマサキは忘れていたのだ。


マサキは思う。自分は沢山失敗をしてきて、それを恥と考えてきたと。しかし今は違う。自分の前に進むアントラセンを見ながら、マサキはやっと20年近く後悔してきた事を捨て去ることができたのだ。


苦労はするものの苦戦する事無く、マサキとアントラセンは洞窟の奥に到達した。そこにはこれまで倒してきたコウモリの何倍も大きな親玉が天井からぶら下がっていた。魔王の幹部にして洞窟の主、暗黒王ガンボーゲである。青黒い胴体に4つの赤い目が付いた小さな頭部は、マサキがガンボーゲを見つけるよりも前からマサキの挙動を睨み続けていた。このガンボーゲにも、魔人として生まれ変わったマサキは実践訓練を受けた経験がある。ただし場所は洞窟ではなく、魔界に用意された訓練場である。その訓練でガンボーゲの攻撃方法は把握しているものの、幹部たちは自分の拠点を利用した攻撃方法を有しており、それがどんなものかはマサキは体験していないのだ。幸い妖精アントラセンは魔王が講師役となった座学でガンボーゲの事を学んでおり、洞窟に挑戦する前にマサキにそれを伝えている。しかし知っているのと体験するのでは大きな違いがある。


最初からマサキ側のペースで一気に瞬殺を狙うか、それとも相手に攻撃させながらカウンターを狙うか、アントラセンとマサキは前者を選んだ。この奥に来るまで、マサキ達はすべてのモンスターを倒してきたので、ガンボーゲと1対1で戦うことができる。しかも洞窟内というある程度制限された空間であれば、左手のボルテックスを発動すれば確実にガンボーゲを巻き込むことができる。ならば先手を取って最初に一気にダメージを稼ぎたい。


そう考えたのだが、考えを読まれたのか、マサキが縮地を使って接近する前にガンボーゲは天井から飛び立ち、羽を大きく広げて攻撃態勢に入っていた。巨大なコウモリのガンボーゲが羽を広げるとテニスコートに匹敵するほどに大きい。しかし大きいということはこちらの攻撃を当てやすい事になる。先手が取れなかったものの、マサキは右手から赤いレーザーを放つ。それと同時にガンボーゲも、羽を羽ばたかせると音が丸い弾丸となって実体化し、周囲に大量にばら撒かれた。


ガンボーゲの放った音の弾は、洞窟の壁や柱にぶつかっても消えずに反射する。四方八方にばら撒かれたその音の弾は、跳弾となって予期せぬ方向からもマサキに襲いかかってきた。大量にばら撒かれた弾を躱そうと柱の陰に隠れても、その柱に弾が跳ね返って逆に追い詰められる。そしてガンボーゲの目が一瞬だけ輝くと、女王蟻と同様に4つの眼球から4本のレーザーが放たれる。ゆっくりながら莫大な量の音弾が洞窟内を暴れまわり、対照的に早く真っ直ぐに飛ぶ眼球レーザーが襲いかかる。音弾は時間が経つと消えるが、そうするとガンボーゲが再び羽を大きく動かし、次の音弾をばら撒く。壁に囲まれた空間において、ガンボーゲの攻撃はまさに最適化されており、実際に体験すると相当に厄介だった。


「先制攻撃は失敗した。ならばプランBの持久戦に入る」


まだ聴覚は回復しないため、マサキは自分のセリフが聞こえない。しかしアントラセンにはきちんと伝わったようで、妖精は右手の親指を立てて了承の合図を返した。そしてマサキを振り返ると、少しだけニコリと笑う。それだけでマサキは奮い立った。


跳弾や眼球からのレーザーを躱しやすくするため、マサキは最初とは逆にガンボーゲから距離を放すように動く。ガンボーゲの体は大きい上に戦闘空間も限られているため、距離が離れていてもレーザーを当てるのに問題はない。そもそもガンボーゲは女王蟻よりも機動力は低いため、レーザーを当て続けるのも容易だった。巨大なコウモリの羽は何度も紙吹雪のように大量の弾を放ってくるが、距離が離れていれば跳弾の角度も小さくなるため、躱しやすくなる。柱や壁から離れていればイレギュラーな跳ね返りも見極められる。マサキは自分に有利な空間で細かく回避しながら、ギガフレイムをガンボーゲに当て続けた。


集中力を切らさず、確実に敵弾や敵レーザーを避けながら自分の攻撃を当て続ける。背中からの見えない跳弾はマサキの頭に座っているアントラセンが教えてくれる。アントラセンを信頼する限り、マサキは何の不安もなく危険な作業を継続した。一方のガンボーゲはギガフレイムの光を浴び続け、青かった体が赤く焼け焦げ始めていた。この状態を繰り返せば確実に勝てるだろう。しかしどの幹部も、奥の手を有している。シューティングゲームで言うと、ボスの発狂モードである。


ガンボーゲの奥の手は、眷属召喚であった。蒼色の体毛が胴体から離れると、それが小さなコウモリに変化する。そのコウモリは洞窟内で倒してきたものと同一で、一匹一匹が口から大量に弾を吐き出す。眷属のコウモリを何十匹も生みながら、ガンボーゲ自身は攻撃の手を緩めない。跳弾やレーザーを躱すのも精一杯なのに、そこに配下のコウモリの弾も交じるのだ。とても躱せるものではなかった。となればマサキはすぐに攻撃を切り替える。


「ボルテックス」


マサキは狙いすまして左手の爆炎攻撃を発動する。吹雪のような敵弾はボルテックスの炎でかき消される。さらに爆炎は右手のギガフレイムの光にまざって螺旋を描きながら前方に放出され、ガンボーゲとその眷属をまとめて焼き尽くし始めた。眷属のコウモリはあっという間に焼失するが、しかしガンボーゲは炎に撒かれながらも抵抗を止めない。爆炎の継続時間が経過し、マサキの右手は通常の赤いレーザーに戻るが、ガンボーゲはまだ健在だった。再び甲高い奇音を叫ぶと、ガンボーゲは跳弾をばら撒き、同時に眷属を召喚する。ガンボーゲもまた全力だった。


「ボルテックス!」


再び、マサキも必殺兵器を稼働する。この不利な環境において、奥の手を晒したガンボーゲの攻撃を躱せないとマサキは悟ったのだ。出来ないことは出来ない、素直に自分の実力を見極められるようになったマサキは、切り札を出し惜しみしない。まさに全力同士のぶつかり合いとなったマサキとガンボーゲの最後の攻撃は、とうとうガンボーゲが燃え尽きたことで終わりを迎えた。


羽が力なく閉じ、煙を上げながら巨大なコウモリが地面に落下する。一旦、右手のギガフレイムを止めたマサキは、ガンボーゲから集中を切らさず、いざとなったらボルテックスをもう一度出せるように構える。


「Gyuaaaaa!」


最後の一声をあげると、ガンボーゲの口から再び音の弾が大量にばら撒かれる。それまでで一番大量の弾だったが、それを放ったガンボーゲは黒い炭となって力を完全に失った。ボルテックスを使うこと無くその最期の攻撃を回避したマサキは、じっとガンボーゲの遺体を見つめる。構えていた左手には、ガンボーゲからマナが流れ込み、ようやく長かった戦いが終わったことを実感させた。


「ありがとう、暗黒王ガンボーゲ。勇者の力が無ければ、俺はアナタに勝てなかった」


マサキは感謝を述べながら、無意識に頭を下げる。この洞窟で、マサキは自分に足りなかった事を自覚し、それを補うものの大切さを学んでいた。スポッターである妖精アントラセンと、勇者の力である。この2つとも、自分を助けてくれる大切なものだ。かつてのマサキは、勇者の力を自分自身の実力と勘違いし、妖精の存在も下に見ていた。なぜ自分はそんなに愚かだったのだろうかと、マサキは何度も自省する。


「お疲れ様、マサキ。戦功点はちょうど60点よ」


淡々とアントラセンは結果を告げる。ガンボーゲのマナを吸収した副作用として、マサキの聴覚は回復していた。静寂さを取り戻した洞窟内で、妖精の声がよく聞こえる。ありがとう、とアントラセンにも礼を言うが、言われた妖精は何も返事をしない。


アントラセンが力を振るうと、瞬間転移でマサキは再び森林都市マドーガに戻っていた。早朝に洞窟へと入ったが、マドーガの空はすでに夜である。それまで薄暗い洞窟にいたため、夜でも明るく感じるが、10時間以上も集中力を切らさず戦い続けていた事になる。ただマサキは、少しだけ楽しかった。自分の全力を尽くして戦った事が、妖精アントラセンを信頼して勝利したことが、そして偉大な暗黒王ガンボーゲに勝てたことが、堪らなく嬉しくなったのだ。


「何をそんなに喜んでるの?」


無意識に笑みがこぼれていたらしい事に気付いたアントラセンが不思議そうにマサキを見る。


「任務を達成できたから、かな」


そしてキミがそばにいるから、そう付け加えたいがまだ口には出せない。


「それは良いけど、アナタ服がボロボロよ?今日は激戦だったから、明日は一日休みをとって、新しい服を買いに行きましょう」


見れば着ていた紺色のスーツは表面がボロボロに毛羽立っている。どうやら超音波や振動を受け続けたせいで、生地が相当傷んだようだった。確かにこれはもう着れないな、そう考えたマサキだが、以前であれば服装には無頓着だった自分に気付く。金は十分にあったのに、一人暮らししていた時は服に拘わるどころか、洗濯すら適当だった。洗っても干しっぱなしだし、服を買いに行った記憶もほとんどない。昔の自分がどれだけ情けなかったかを何度も思い知らされるマサキは、トボトボとホテルに向かって歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ