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勇者と妖精と女王蟻

「勇者マサキが魔王幹部の一体、女王蟻ブロモーゼを撃破しました!」


地上からはるか上空にある天上界で、監視担当の妖精パルフィが吉報を告げた。妖精王グレオンは満足そうに頷くと、周囲に居た他の妖精たちも歓声を上げる。勇者システムが始まって十数年、やっと魔王の幹部を倒した勇者が現れたのだ。


一度は死んだマサキを、魔王と妖精王が結託して再び勇者に据えたことは皆が知っている。とはいえこれまで勇者として召喚されてきた男どもの、あまりの情けなさや頼りなさを知る妖精たちは、正直なところ期待していなかった。特に最初にマサキの指導担当となった妖精エミールがその筆頭だったが、魔人となって再び天上界の召喚室に現れたマサキを見て驚嘆した。40歳目前のだらしない体つき、目には隈、猫背でずるずると足を引きずるように歩く、不健康そのものの不潔だった1回目のマサキから、魔人と化して数年間の訓練を終えたマサキが、あまりに違い過ぎたからである。


それでも不安と不信の目でマサキを見ていたものの、妖精アントラセンと組んで勇者としてのスペックを最大限に活用するマサキの姿にエミールは心を奪われた。すごいすごい、なんだ、やればできるじゃん。女王蟻との戦いでは、マサキが手も足も出ずに敗れ去ったのをその近くで一部始終見ていたエミールだが、今回の戦いではあまりに見事な短期決戦を、傍観者なのに息を呑んで見つめていた。


しかも容姿や戦い方だけでなく、性格そのものも激変している。礼儀正しく、思慮深く、そして他人に感謝する。以前のマサキは他人を責め、他人を恨む人生だった。他人に感謝しながら生きる方が豊かになるというのに、マサキはそれを忌避し貧しい人生を背負っていた。魔人に生まれ変わってからどんな訓練を積んだのかは分からないが、ようやくマサキも自らの意思で立ち直ろうとしている。エミールにはそれがよくわかった。


「あの勇者なら結婚してもいいわね!」

「あー!ズルい!私が最初に目をつけてたんだからー!」

「何言ってるのよ。こういうのは早い者勝ちじゃなくて、相手が選ぶの。チャンスはみんな平等なんだから!」


周囲の妖精たちは色めき立つ。見事な手のひら返しだった。


「勇者マサキは魔王を倒すという重大な使命を持っている。それが達成されるまで、どの妖精もマサキに必要以上に接することを禁じる」


妖精王は重々しく告げるが、女妖精たちは聞く耳を持たない。仕方ない、この天上界では部下であるはずの女妖精の方が立場が強い。そういうシステムになっているのだ。しかし妖精王は珍しく強い口調で部下を叱る。


「今回の勇者は魔人ということで魔王の配下でもある。もし私が今言った事を守らない場合、魔王ご自身がその妖精を処罰する事になる。注意されたし!」


妖精王は元罪人のために立場が弱い。しかし魔王は創世神が居ない今、この世界でもっとも権威がある存在である。世界のシステムの代理人でもある魔王にはさすがの妖精たちも逆らえない。


肝を冷やす同僚の妖精たちを冷めた目で見ながら、エミールはどうやってマサキにバレないようにアプローチするかを考え始めていた。



休息のためにホテルに戻ったマサキは、部屋の中で左手に刻まれた文様を見つめる。文様に宿る爆炎『ボルテックス』はこの世界の最強兵器であり、倒したモンスターから奪い取ったマナを使う。蟻たちを倒したことで、左手には爆炎3発分のマナが溜まっていることが、文様で分かるようになっている。


「魔王様がいろいろ便宜を図って、幹部を倒した時に得られるマナをかなり増やしてくれたのか……」


これまでの勇者があまりに不甲斐ないため、魔王はボルテックスの残弾となるマナの供給量を増やしていた。しかし生命源でもあるマナを増やしすぎると幹部自体が強化されすぎるため、その辺りのバランス取りに魔王と妖精王は相当苦労していた。しかもそんな苦労も、勇者が誰一人として幹部を倒せないので、徒労に終わっていたのだが、今回ようやくそれが報われた。


「ボルテックスを出し惜しみせず、しかし無駄遣いしないように。なかなか難しいわね」


マサキの左腕に立って文様を見つめる妖精アントラセンだが、まさにその言う通りである。魔王の用意した幹部は5人おり、残り4人。幹部を倒せば少なくとも今回と同じ量のマナが入手できる。とは言え残る幹部はみな女王蟻よりも強く、場合によってはボルテックスを数回使わざるを得ないとマサキは考えている。その上で幹部を倒した後の魔王との対決に備え、可能な限りボルテックスを溜めておきたい。まさに弾幕シューティングのボム管理だが、これはゲームではなく世界をかけた命がけの戦いだ。ボルテックスを出し惜しみして死んだら元も子もないし、かといって足りなくて魔王を倒せなくてもマズイ。魔人となった自分は敵弾が1発当たっただけでは死なないとは思うが、ゲームのような残機といった救済はない。とはいえ魔王からは、マナを貯めやすいようにしているから、ボルテックスは惜しまず使えとアドバイスを貰っている。


「あとは戦功点を溜めて、例の武器を早めに入手する事が重要だな」


この世界に召喚されたばかりのマサキが女王蟻に殺された時に、遺言として妖精に武器の改良を伝えた。この世界では勇者が死ぬ際に、次の勇者が有利になるように武器が改良されるシステムが組まれている。前回の死亡時にマサキが伝えたのは、右手のレーザーに『溜め攻撃』を追加する事だが、それは無事にシステムが承認してくれた。


溜め攻撃とは、ゲームではレーザーを照射せずに手の中で溜めて威力を高め、それを放出する攻撃である。この世界でもレーザーの連続発振ではなくパルス発振による強度増幅という物理現象により、溜め攻撃が可能となった。レーザーを溜めている間は攻撃出来ないが、溜めた後に放たれるレーザーパルスは最大16倍の威力を持つ。


別の人間が新たに勇者になった場合、自動的にその溜め攻撃も使えるようになるのだが、マサキは考案者である上に勇者として2回目とはいえ同じ人物とシステムに判断されている。そのためモンスターを倒して戦功点を一定数集めないと、溜め攻撃が使えないのだ。


戦功点は妖精が把握しており、アントラセンが言うには目標の戦功点は100点、今は28点。どうやら幹部を倒すと20点、雑魚は100匹で1点もらえるようだ。


「溜め攻撃を使えるようになるのは後半戦でしょうね」


「ああ、必須ではないが、あれば絶対に幹部との戦闘は楽になる。魔王様に勝つには絶対にほしいところだ」


「焦っても仕方ないわ。明日以降も戦いは続く。休める時に休むのも戦士には重要よ。今日はもう寝なさい」


「ああ、そうだな。じゃあおやすみ、盟友アントラセン」


「おやすみ、僚友マサキ」


部屋の照明が消える。マサキは久しぶりに女王蟻の夢を見た。しかし夢に出てきたのは自分が敗死した瞬間ではなく、何度も訓練していた時の情景だった。


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