そそのかす
彼女は服を買うかどうかで迷っていた。
「買っちゃえよ。気に入ったんだろう?」
「でも、今月、お金があんまりないし、突発的にお金が必要になったら困る」
「買っちゃえよ。たまには欲しいもの手に入れろよ」
「うーん」
彼女は手にしていた服を会計へ持って行った。
俺は無意識の人に囁くのを生業にしている存在。
「オーケーオーケー、よくやった」
彼女の運勢を転がす存在が大喜びで俺の肩を叩いた。
「あの服買わせてその後どうするんだ?」
「家族と大喧嘩させる」
プッ。俺は吹き出した。「お前らもよくやるな」「お前こそ」
今度は誰をそそのかそうか。
自意識が薄いやつがやりやすいんだ。
俺は彷徨う。真昼の雑踏。
いろんな人間と、それを取り巻く存在。
俺たちが、情勢を決める。
それは波のようにうねり、進んでいく。
たまには生真面目な奴を、とことん困らせたい。
あんたも気をつけな。