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好きと言ってもわからない~精神年齢10歳の次期当主に求婚された件~  作者: ことのはじめ


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第12話 アイリの過去

 十年より前のことは、思い出せない。記憶を辿っていっても、十年前のあの日でぷつりと糸は切れてしまって空っぽになってしまう。まるで十年前に突然八歳のまま放り出されたような感覚だった。

 気付いたら、何もなかった。綺麗に抉れた地面の底で、雲一つない空の下で、座り込んでいたのを覚えている。むしろそこからが自分の始まりだった。

 自分が誰で、ここはどこで、どうしてここにいるのかを思い出そうとした。

 でも、ちっとも思い出せなかった。そもそも思い出すあてすらないことに気づいて、ひどくうろたえたことを覚えている。

 そんな暴れ出したくなるような状態で、一つだけ続いていたものがあった。それを口に出した。忘れないように、覚えているために。それが何かの子守歌ということは、孤児院に連れてこられたときに知った。

 フィルップラ孤児院に引き取られて、アイリという名前を与えられた。名前を与えられても、それまでの自分は取り戻せなかった。孤児院に引き取られたとき、一緒に引き取られた女の子がずっと泣いていたのを覚えている。

「お父さん、お母さん……」

「なんで泣いてるの?」

 グレーの髪の女の子はアイリに抱きついて泣きじゃくった。

「いなくなっちゃった……! みんなどこかに行っちゃったの……!」

 アイリはその子を抱きとめて背を撫でてやった。どうしてかはわからないけれど、こうしてあげたいと、ぽつり思ったからだった。それ以上は何も聞かなかった。聞けなかった。お父さんとお母さんがいなくなったことがどういうことか、わからなかったから。

「やーいのっぺらぼう!」

「無愛想! 笑わないなんておかしいよ!」

 孤児院で過ごすうち、同い年の子供たちに何度もからかわれていた。表情に何も出さないから、どう思って接すればいいかわからなかったから。

「こらー! アイリになにしてるの!」

 男の子たちに囲まれてからかわれる中、グレーの髪の女の子が間に入って助けてくれた。

「わっ、マリアだ!」

「逃げろー!」

 からかっていた男の子たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。お転婆なマリアは男の子たちに混ざって木登りをしたり、駆け回ったりするのが好きだった。けんかだってしてしまっていつも相手を負かしていたから、みんなマリアには敵わなかったのだ。

 みんなが逃げ出したところでマリアはアイリに振り返って心配そうにアイリがいたずらされていないか確かめた。。

「大丈夫? 嫌だったらいやだ、っていうのよ」

「ええ、大丈夫。それに笑えないのは本当だもの」

 何も覚えていないせいか、アイリは笑ったり泣いたりすることがどんなことかわからなかった。自分と感情がうまく結びつけられないのだ。

 そんなアイリにマリアは訴える。

「嬉しいときには笑って、悲しいときに泣くのよ。レイノ先生も言ってたもの。アイリはコウイショウ、っていうのでうまくできないだけで、ちゃんと喜んだり悲しんだりする気持ちはあるって。だからさっきみたいなことをされて嫌、って思ったらいやだって言っていいのよ」

「ありがとう、マリア。なんだかすごく遠いことみたいだけど、……できるようになれたら、いいな」

 こういうときにはお礼を言う、とレイノに教わっていたから、ありがとうと言える。そのとき、決まってたった一つ覚えていた歌を歌っているときのような気持ちになる。

「それはきっと大切な気持ちだから、大事にしなさい」

 まだ医者の見習いだったレイノから、そう教えられたことを覚えている。

 みんなの笑う姿を見ているから笑うが何かはわかる。でも、自分でどういうときに笑うのかなんて、ちっともわからなかった。

 それを聞くといつも大人たちは憐憫の目でアイリを見た。マリアは慣れない様子で必死にそれが何かを伝えようとしてくれる。

 だから、聞くのが怖かった。みんなを困らせてしまうから、傷つけてしまうから。知りたくても聞けなくて、笑うなんて一生無理なんじゃないかとぼんやり思うこともあった。

 でも、ユリウスと会って、変わった。

 あんな風に気持ちを教えてくれた人は、初めてだった。その時初めてもっと知りたいと思えた。もっと知りたい。教えてほしい。そして、自分で笑ってみたい。

 そう思うようになった。もし、自分の力で笑えるようになれたら。

 それきっととても素敵なことだろう。

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