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第1話 色のない少女

 豊富な魔素があることで知られるエリアンナ大陸。魔力生命体エミネントが支配する連合公国アルボルは六人の統治者によって治められていた。

 エミネント六大公の一人であるルネ大公が擁する北方領トリオナリスは、十年前の厄災から徐々に復興しつつある。

 トリオナリスの三分の一が一瞬にして壊滅したその厄災は、文字通りそこにあったものを消し尽くした。建物、自然、人々、記憶。外にいた人々には壊滅した、という事実しかわからない災害だった。

 十年経った今でも調査団が調査を続けている時点で、ただの災害ではないことは明白だ。魔素による自然災害とも、人為的な魔法災害とも噂されるが、被害も未だ全容を把握し切れていない。残されたのは厄災の記憶がない被災者のみ。

 アイリ・フィルップラもその厄災に巻き込まれた被災者の一人だ。親を厄災で亡くし、それ以外何も覚えていない彼女は今年十八になる。そして、公都にある厄災孤児を引き取って育てるフィルップラ孤児院に暮らしている。

 フィルップラ孤児院は厄災で孤児となった子供達を引き取っている孤児院だ。こぢんまりとはしているがそれだけ子供達に目が届きやすく、あぶれものも少ない。

 町外れの教会の隣に建てられた孤児院の庭の手入れをするのが、アイリの習慣だった。今の時期はアイリスの蕾が綻ぶ頃だ。アイリスと同じ青紫色のアイリの瞳がわずかに細められる。暖かな日差しがアイリの白髪をテグスのように透けさせ、目の冴えるような白い肌にうっすらと影を落とした。

 そんな色のない彼女とは正反対に、色とりどりの花々は鮮やかに花弁を開いている。チューリップも、ラナンキュラスも、パンジーも、目に焼き付くような明るい色で花を咲かせていた。

 だが、花々の色など気にせずにアイリは水やりをし、小草を抜いて落ちた葉や花びらを拾い花壇の手入れをしていく。綺麗な花壇を保つために。これは綺麗な花だと、皆が言ったから。

 そもそもアイリには綺麗がどういうことかわからなかった。

 孤児院に寄付されたぬいぐるみを子供達がかわいいと言って抱きしめるのも、わからない。建国記念日においしいごちそうが出ても、ただ味しか感じない。みんなのように楽しんだり、喜んだり、悲しんだり、怒ったり。そういった感情を表すことが、アイリはとても苦手だった。

 だから、知りたかった。喜ぶことがどんなことか、悲しむことがどんなことか。

「アイリ、花壇の手入れ終わった?」

 黙々と作業を続けるアイリに、グレーの髪の少女がバスケットを持って近づいてくる。同じ孤児院で育った同い年のマリア・フィルップラだ。

 眼鏡越しにオレンジ色の瞳をくるりと向けて、マリアはアイリを覗き込む。

「……マリア。ええ、大体は済ませたのだけど」

「アイリが綺麗にしてくれるからここの花壇はいっつも綺麗だよね。すごいすごい」

「ん、ええ」

 マリアは心から褒めているのだろうが、アイリにはそう褒められるようなことをしている自覚がなかった。マリアはアイリと違って表情がくるくると変わり、人懐っこい。彼女のようになれたら、といつもアイリは思う。

 同じ厄災孤児であることもあるのだろう。マリアはいつもアイリを気にかけてくれる。だから、アイリは自然とマリアを大切に思っていた。

 そんなマリアが少しそわそわしていることにアイリは気付き、声をかける。

「マリア、その様子だとお使い帰りのようだけど」

「まあね。またレイノ先生のとこまでマーマレード届けに。孤児院の院長と街のお医者さんも兼ねてるって大変よね。そしたら見て、これ!」

 マリアは二通の招待状をバスケットから取り出した。流麗な文字で「婚約の儀参列者へ」と書かれたそれは、封書でもなくチケットのような細長いビラの形をしていた。

「婚約の儀、ってエミネントの貴族が婚約者を選ぶ儀式だった、かしら」

 アイリが思い出しながら言えばマリアは招待状を読みながら答える。

「そうそう。えーっと、ルナサングィネア……っていうエミネントの貴族の次期当主様が選ぶんだって」

 渡された参列者の招待状はいわゆる一般開放で広場に入るためのものらしい。正式な参列者、というよりは賑やかしのギャラリーのようなものだろう。

「レイノ先生、こんな催しにもお呼ばれしてるのね」

「なんだかたくさんあるから分けてやる、って。町医者にまでこんな招待状配るなんてエミネント様もまあ派手好きだよね」

 感心するアイリにマリアがぱたぱたと手を振って呆れたように言った。

「開催日は……あら、明日ね」

「そうそう、だから一緒に行こう! 貴族様が開催する催しなら屋台とか露店も出てるだろうし、おいしいもや珍しいものとかも売ってるかもしれないし」

「でも、迷惑じゃないかしら」

「そんな消極的にならなくてもいいんだってば。それにアイリだってもっと色々自分からやってみればいいのよ。その方が絶対楽しいんだから!」

 アイリは不安がったが、マリアの楽しそうにしている姿を見てほんの少し胸が温かくなる。それでも不安はわずかに残って消えない。

 自分から何かすること。そんなことが果たしてできるのだろうか。

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