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06 王子の裏の顔

 ぱちぱちと何度か瞬きをすると見覚えのないシャンデリアが視界いっぱいに映った。

 少しずつ脳が覚醒していくにつれ、ようやくマルガレットは自身が王宮内の客間で一休みしていたことを思い出す。体感的に眠っていたのは十分やそこらではない。一時間、いやそれ以上だろうか。マルガレットはシャンデリアを見つめたままうっとりため息を吐いた。


「わたしキースさまと踊って、それからジスデリアさまとも踊って……」


 本当に夢のようなひとときだったわ。……夢といえば、なんだか不思議な夢を見た気がするけど、うーん思い出せないわね。あんまりここに長居しすぎるのも良くないし、そろそろホールに戻らないと。


 上体を起こそうとしたマルガレットだったが突如部屋の扉がどんっと強い音を立てて開いたことにびくっと身体を震わせ、起き上がるのを止めると仰向けのまま祈るように指と指をぎゅっと絡ませた。


「あーもう、やっと撒けたよあの令嬢たち。うざったいったらないんだから」


 だ、誰か入ってきたみたい。それにしてもこの声って。


 聞き覚えのある声にどぎまぎしてマルガレットは依然として態勢を変えられずにいた。盗み聞きはよくないと思いつつもそっと耳を澄ませる。


「どいつもこいつも女を武器に擦り寄ってきては自分や家柄のアピールばかり! ぼくがそんなおバカな女を嫁に迎え入れたいと思うわけがないだろ、まったく」


 一際大きな声であーと(うめ)いた声の主は、そのまま部屋の中央にあるベッドに転がったようだ。愚痴をこぼしていたことからマルガレットの存在に気付いていないらしい。

 決して低くはないその声はマルガレットが聞き慣れたものよりも幾分か低く、そして抑揚がないように感じた。

 ところが電源が落ちたかのように突然愚痴は止んだ。マルガレットは音を立てないよう細心の注意を払いながらゆっくりと上体を起こすと、ソファの背もたれから少しだけ顔を出してベッドで寝転ぶ人物を捉えた。


 ……やっぱり! ジスデリアさまだわ


 幸いソファが部屋の端にあったことと背もたれの高さが十分にあったため、ジスデリアが寝転んでいるベッドからマルガレット自身は僅かながら死角になっていた。

 彼女は混乱した。まだ夢の中なのではとすら思った。先ほど自分が話していたジスデリアとはまるで違う。彼の表情に色はなく、可愛らしげのあった間延びした話し方もどこか遠くへ置いてきてしまったようだ。

 履き物も脱がず気だるげにベッドに寝転び、令嬢たちに悪態を吐き続けるジスデリアを一体だれが想像できようか。少年のような屈託のない笑顔やマルガレットと踊っているときに見せた熱い眼差し、それに真剣な言葉の数々はなんだったのか。考えれば考えるほど訳が分からなかった。ベッドの上で大の字になっているジスデリアはぼやくように再び口を開いた。


「そうそう、あの子も嫌だった。キースと一緒に踊ってた令嬢、名前はなんだったっけな。マルチーズみたいな、そんな名前の子」


 ジスデリアさまったら普段はキースさまのことを呼び捨てに? それに今、マルチーズみたいな名前って言った? それってもしかしてわたしのことを言っているのよね。


「随分気の強そうな見た目してたなあ、装飾品はギラギラで胸元の露出もすごくて」


 気の強そうな見た目と言われたってドレスもジュエリーもメイクだってわたしが自分で選んだものではないもの


「キース狙いなのもバレバレで」


 彼、今なんて? キースさま狙いなのもバレバレとおっしゃった? 決してキースさまを狙ったつもりなんてなかった。わたしはただ、少しでも昔のようにお話しできたら、って思っていただけなのに……


「そのくせ自分に自信がないのかずっと俯きっぱなしだったのにダンスを踊っているときだけは……はあ、バカみたい」


 わたし、ジスデリアさまにそんな風に思われていたのね。


 いくら見た目を着飾っても洞察力のある人間には自信がないことなどすぐに見破られてしまう、その事実にマルガレットは(こた)えた。

 言い返してやりたくともマルガレットにはそれができるだけの勇気や図太さもなかった。ジスデリアさまに嫌われていたのかしら、とマルガレットは伏し目がちに思う。


 はじめは確かにジスデリアさまに対して苦手意識もあったけれど、お話ししてみたり一緒に踊ってみて印象が変わったわ。

 なによりジスデリアさまとワルツを踊ったとき、なぜだかあたたかい気持ちになって、おこがましいかもしれないけれど少しだけ気持ちが通じ合えたような気もして。

 今となっては勝手に自惚れていた自分がなんだか恥ずかしいわね。


 何事も諦めることに慣れていたマルガレットは気持ちを切り替えることにした。

 とにかく今はこの場を穏便に抜けることが何よりも優先順位として高い。きっとジスデリアも今の姿は誰にも見られたくないだろうし、よりにもよって悪態の内容の張本人が同室にいたと知れば彼のプライドを傷つけてしまうに違いない。こっそりとこの部屋を脱出する方法はないだろうかと、マルガレットは健気にもジスデリアを案じた。


 しかし彼女の気遣いも虚しく悲劇は突然起こった。マルガレットが先ほどまで飲んでいた紅茶に添えてあったティースプーンが僅かながら彼女の大きく広がるドレスの裾に触れた。その弾みにチィンと音を立てて床に落ちる。ジスデリアはベッドから飛び降りると似つかわしくない低い声を上げた。


「そこにいるの誰」


 戦闘経験のないマルガレットでも分かるほどの殺気と気迫に慌ててソファから立ち上がり、両腕を上げ敵意はないことを示した。ジスデリアの凄みにマルガレットの背中に悪寒が走る。まるで部屋の温度ががくっと下がったかのように感じられるほどに寒さを感じた。


「ちょっとお昼寝していたらジスデリアさまがいらっしゃって、それであのジスデリアさまが入室されるなり、その、独り言をおっしゃっていたので出るタイミングを逃してしまったんです」


 盗み聞きするようなことをしてしまい申し訳ございませんと付け足すと、ジスデリアは目に涙を浮かべるほど大笑いした。


「きみ面白いね、ぼくの独り言を聞いていたんでしょ? あんなにボロクソ言われてもそんな風にへらへらしていられるなんて」


 本当に馬鹿なんじゃないの? と言い放つジスデリアの表情はマルガレットを見下すかのような悪意に満ちたものだった。


 マルガレットは息を吐いた。ここで冷静さを失っても仕方ない。自分のクラナビリティである白い燕を思い浮かべて、ただ静かに、ざわつく心をなだめる。

 彼女は自身が契約している白い燕が自由に飛び回るイメージを脳内に思い浮かべることで自然と心を落ち着かせることができた。マルガレットは真っ直ぐにジスデリアを見据える。

 

「ジスデリアさまがおっしゃる通り、わたし馬鹿だし弱虫なんです。だけど馬鹿で弱虫なりに自分の役割を全うしようと頑張ってるんですよ。だから、わたしの生き方まで否定しようとしないで」


 言葉を失ったジスデリアはばつが悪そうに舌打ちをするが何か閃くと嬉しそうな表情をして顔を上げた。


「思い出した、ジルスチュアードって言ってたっけ。そうか、きみローズベリーの妹かい」

「そうですけど」


 不敵に笑ったかと思えば、ジスデリアはぐんとマルガレットとの距離を詰めてくる。偉そうに口を利いた仕返しをされると思ったマルガレットはぎゅっと目を瞑るが、しばらく経っても何も起きない。ジスデリアのねえ、という呼びかけにそっと目を開くと、


「ここで見たものは二人だけの秘密、分かった?」


 唇に人差し指を当て、いつもの天真爛漫な表情で微笑むジスデリアの姿がすぐそこにあった。

 どきっとはしたもののオフモードを知っているだけにもう気は抜けそうにない。


 とはいえマルガレットは思う。


「わたし、今のジスデリアさまの方がよっぽど人間らしくて好きですわ」

「なにそれ、きみはマゾヒストか何か?」

 

 ジスデリアは何か見つけたようにマルガレットの横を通り抜けると、ローテーブルの上にある軽食のサンドイッチを一つ摘み上げて口元へ運んだ。


「ぼくサンドイッチが大好物なんだよね」

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