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15 秘密の部屋


 鉄の扉は重厚感のある見た目に反してさして問題なく開いた。部屋に足を踏み入れた瞬間、扉は鈍い音を立てて閉まった。


「わ、真っ暗で何も見えない」


 マルガレットの視界にはただ暗闇が広がっているだけだった。しかしよく目を凝らしてみるとかすかに上の方で明かりが灯っているのが分かる。


「……カーテン(ひら)いてもらってもいい?」

「あの、ジスデリアさま……どちらに」

「真っ直ぐ行ったところにあるから」


 マルガレットの質問に答えることなく、どこからともなくジスデリアの活気のない声が空中を漂う。しばらく目を(しばたた)かせていると少しずつ目が暗闇に慣れてきたのか、ぼんやりと辺りのシルエットを捉えることができた。それでもまだジスデリアの姿を見つからない。

 前方に一箇所だけ光が漏れている部分がある。恐らくあそこに窓がある。マルガレットはおずおずと言われるがまま光が漏れている箇所まで近づき、カーテンと思わしき布を掴むと思い切り横に引いた。ようやく暗がりに慣れ始めていたマルガレットは差し込む日差しの眩しさに目を細める。

 振り返ったとき、部屋の全体像を目の当たりにしたマルガレットはぐっと息を呑んだ。


「す、すごい……まるで邸を一部屋に詰め込んだみたい」


 立地や扉の外形から部屋の中はきっと殺風景な物置に違いないと思っていたがそれは大きな間違いだった。

 部屋は吹き抜けになっていて天井は高く、開放感がある。一階にはソファやテーブルはもちろんミニキッチンの設備まで備わっており簡単な調理や茶を淹れるくらいならばできそうな広さだった。階段を上がった二階は寝室になっているらしくベッドとその脇には間接照明のランプが灯っている。暗闇の中見えた照明はあのランプだったようだ。

 言われた通りにカーテンを開いたにも関わらず相変わらずジスデリアから反応はなかった。ベッドの上のシーツが盛り上がっていることからジスデリアがまだ横になっていることが分かる。マルガレットは階段を上り、ベッド脇までやってくるとシーツに包まるジスデリアをそっと覗き込んだ。


 もうお昼も過ぎてるのにジスデリアさまは随分お寝坊さんなのね。こうして口を閉じていれば可愛らしい方なのに。


「あの……」


 マルガレットの声に反応したジスデリアは忌々しそうに眉間にしわを寄せて瞼をゆっくりと開く。


「何の用?」

「本日より王宮でお世話になりますのでそのご挨拶に伺いに参ったのですが……」

「ああ、今日からだっけ」


 いつもに増して抑揚のないジスデリアの声音にマルガレットは困った様子ではいと返事する。


「それにしても何その恰好? 今日はいつもと随分雰囲気が違うようだけど」

「変でしょうか。わたくしの普段着……」


 なんてことはない、いつも邸内で着ているオーガニックコットンのドレスだ。白いレースとフリルがふんだんに使われたドレスで、特に胸元の大きなリボンがお気に入りだった。腕にはキースからの預かりものの指輪を隠すべくガーゼの手袋を纏っている。

 鮮やかで大人っぽいドレスでもなければジュエリーも指輪を一つだけ。メイクも夜会のときと違って、ほんのり粉をはたき唇には薄いピンクのリップを乗せただけのナチュラルなものだ。髪型も普段はまとめたりはせずゆるりと下ろしている。確かにこれではいつもと雰囲気が違うと言われても納得だ。

 まだ寝起きでぼんやりしているのか、しばらく黙っていたかと思えばジスデリアは小さく伸びをして再び口を開いた。


「とにかく今準備するから下で待ってて」

「は、はい」


 階段を下りて一階に戻ったもののどうも落ち着かず、もう一度部屋の中を見渡してみた。すると一つ興味を惹かれるものを発見する。ミニキッチンの隣に置かれているダークブラウンのキャビネット。その中には赤、黒、紺と色とりどりの茶葉缶やマルガレットも日ごろ利用するような老舗メーカーのティーカップ、それに今まで見たこともないような道具まで収納されていた。

 

 様々な国の茶葉がとり揃えられているわ。ジスデリアさまも普段からお茶をよく召し上がるのかしら。


「何か面白いものでも見つけた?」


 突然の背後からの声に小さく飛び跳ねる。ジスデリアはシャツの上にベージュのローゲージカーディガンを羽織り、下は黒いパンツだけのカジュアルなスタイルだった。マルガレットは棚に並ぶガラスの茶器を指す。


「ガラスのティーポットやティーカップなんて初めて見ました。それにこの金の縁取りが繊細で素敵ですね」

「ああこれね、いいよね。東の国のものなんだ」

「東の国……」


 ジスデリアはキャビネットを開くと中から一つ箱を取り出して蓋を開けてみせる。中には乾燥した植物の塊のようなものがいくつか入っていた。


「……お花の蕾? なんだかとてもいい香りがします」

「正解。工芸茶っていうんだけどお湯を入れたポットの中に入れると、花が開くんだ」

「お湯の中に入れるとお花が咲くだなんてとっても素敵ですね! どんな味なんでしょうか」

「ジャスミンっていう花の香りづけがされていて、ほんのり甘くて優しい香りがするんだ。それでいて後味はさっぱりしてる」


 ――工芸茶、ジャスミン、そして湯の中で花が開く。今まで紅茶やハーブティーしか飲んだことのなかったマルガレットにとって目の前の茶葉の存在は好奇心を十分に刺激した。ぜひ一度、そのお茶を飲んでみたい。マルガレットはじっと茶葉の入った缶を見つめたが、その視線に気づいたジスデリアはわざとらしく鼻を鳴らして缶をキャビネットに仕舞う。


「言っておくけどこれ、かなり貴重なものだから」

「べ、別に、わたくしジスデリアさまのものを狙ったりだなんてしていませんわ」


 言葉とは裏腹にマルガレットの頬は熟れたイチジクのように真っ赤だ。


「ぼくも何か飲みたかったし他の紅茶だったらまあ、振舞ってあげてもいいけど」

「え、ジスデリアさま、お茶を淹れることができるのですか?」

「まあそれくらいならね。あーきみは……」


 そういうの苦手そうだよね、と笑うジスデリアにまたこれかと憤慨した。が、これは逆にチャンスかもしれない。実はマルガレットはお茶を淹れるのが大の得意だった。ジスデリアに一泡吹かせてやろうとほくそ笑む。


「わ、わたくしがお茶をお淹れします。もし飲んで頂いて本当に美味しいって思っていただけたら……できたら、今後わたくしに意地悪なことばかり言うのをやめてほしいです」

「じゃあもしそれが満足のいくものじゃなかったら?」


 いつから自分はこんな強気な女になってしまったのだろう。これではまるで子供みたいではないか。マルガレットは自身のドレスの端を握りしめ、唇をわずかに噛んだ。


「……そのときは、ジスデリアさまの言うことを何でも一つ聞きます!」


 その言葉にジスデリアのサファイアの瞳が怪しく光る。


「ふうん、その言葉忘れないでよね」

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