一悶着
孤児院に居ながらも中等教育過程を終えた俺の元に一通の手紙が届いた。
差出人はエクスルターテ勇者学院とある。
『貴殿は中等教育過程を終了したことにより、本学の入試試験への参加の義務を持つ者であるとみなす。花の月上旬に行われる本学への入試試験には必ず参加されたし。貴殿が人族を救う勇者となることを切に願う』
手紙の封を開けると同時に飛び出した梟はそう言い終えると力尽きたように床に落下、一枚の紙切れになった。
面白い魔法だな……。
十五年待ってようやく転生した勇者と接触する機会を得たわけだ。
あの創造神も随分と遠回りさせてくれたものだな。
「クレアさん、聞いてください」
この孤児院を運営する修道女クレアに話しておこう。
「どうしたのイオくん」
俺が魔王であることを悟らせぬため、つとめて子供らしく振る舞い名前はイオニスからイオへと変えた。
「さっきエクスルターテ勇者学院からの招集の手紙が届きました。試験は来月上旬だそうです!」
そう言うとクレアは何とも言えない顔をした。
「あなたももうそんな歳なのね」
「そうですけど……それがどうかしたんですか?」
「ううん、なんでもないの。でも成長って早いなぁって」
クレアの表情はどこか悲しげだ。
「学費のことは心配しないでくださいね!」
「それは勿論!イオくんはうちの優秀な稼ぎ手だから心配してないよ!」
そう、孤児院に預けられてからというもの俺は身分と名前を偽り子供向けの魔導指南書を書いていた。
その分のお金でこの孤児院を回してきたし、来たるべき勇者学院への入学のためのお金も貯めてきた。
「でもね……」
「でも?」
「身分による差別が厳しいところなの」
俺の頭を撫でながらクレアは言った。
「だから入学したらイオくんはは、辛い思いをしそうだなって」
なるほど……クレアが心配するのはそんなことか。
「そんなことは全然心配に及びません」
実力で黙らせばいいのだからな。
昔からそのやり方でやってきたのだ。
こちとら地上最強、悪逆無道と恐れられた魔王だ、そう簡単に負けることもあるまい。
◆❖◇◇❖◆
コールモーデンの森の中に勇者の学び舎、エクスルターテ勇者学院はあった。
森の入口には、多くの馬車が止まっており受験生の身分の高さが窺える。
校門までは石畳の小径を歩いて行くらしいのだが―――――
「ひったくりよ!」
右斜め後ろからそんな女子生徒の声が突如として聞こえてきた。
「何を攫われた?」
「魔導具……あれがなかったら私……試験受けれない……」
少女は涙をこぼした。
俺のいた時代にはなかった魔導具とやらが何かは知らんがこれは取り返すべきなのだろう。
少女と話している間にも俺の視線はひったくりの犯人を捉えている。
「待っていろ、すぐに取り返す。【滅殺鏖雷】」
禍々しいほどに赤黒い光線が盗んでいった男を穿つ。
ふむ、威力の調整はバッチリか。
周りの生徒達には何も被害が及んでいない。
俺は倒れた男の元まで行くと少女の魔導具を拾った。
「そこの男、動くな!」
そこへ警備の兵士達が駆けつけてくる。
「これはお前が?」
剣呑な視線を浴びせて来た。
「あの少女の魔導具を盗んだのでな」
「だとしても殺すなどやり過ぎだ!」
「そうか?だが安心しろ根源は傷付いていない。【蘇生】」
倒れ伏した男に蘇生の魔術を使ってやると、男は蠢いた。
「んぐ……俺は……ひぃぃっ!」
「残念だがお前は臭い飯でも食っておけ」
もはや用無しだろう、そう思って立ち上がるとその肩に手をかけられた。
「お前、さっきの魔法はなんだ?」
そう問い掛けられた。
そして今更ながらに気付く。
さっき行使した魔術は、闇属性のものだったと。
咄嗟とは言えど、ぬかったか。
もう少し《《人》》らしく在らねばな………。
「溢れ出る殺意が滲んでしまったらしい。もう一度、同じものを放ってみせようか?」
子供らしい笑顔を浮かべて警備兵に言うと、彼らは顔を引き攣らせながら後退りした。
「知ってることとは思うが、あの色はこの国じゃ嫌われる。以後は気をつけろ」
そう言うと警備兵は、去っていった。
聖属性の波長に魔力を合わせるようにしておこう。
俺の中で一つ縛りが出来たのだった。