なりきり奥様
「奥様、夕食の支度ができました」
「ありがとう」
ユエルタから使用人に対して敬語は良くないと指導を受けた。私よりも年上で、気品もある男性に敬語を外すことは憚られたが、慣れるしかない。
口調もできるだけ貴族のようにしようと、小説の中の貴族の話し方を真似ることにした。
別人になったようで意外と楽しい。
「リカルド様はもうすぐ帰られるの?」
「旦那様は仕事でまだお帰りにはなりません」
「いつも遅くまで仕事をされるのかしら」
「...はい、帰られるのは深夜になるかと」
その言葉に、少しだけ安堵した。
リカルド様は礼儀作法が洗練されており、食事もそれはそれは優雅に食べられる。
会話という会話もなく、少しでも粗相をすれば一発でバレてしまうので、一緒に食べると少し緊張するのだ。
一人で食べれることは嬉しいけれど、私たちは世間で言う新婚。大手を振って喜べば不審に思われるから、出来るだけ何も感情を込めないように相槌を打った。
「そうなの」
「申し訳ありません」
「リカルド様とはそういう約束でしたから、気にしないで」
「...約束?」
おっといけない。条件の話は口外禁止だった。
「それより、この料理は初めて食べるんだけど、何かしら?とても美味しいわ」
「マードレ領地に伝わる郷土料理でシガルタと言います。お気に召されたようで何よりです」
「リカルド様は毎日こんなに美味しい料理を頂けるなんてとても幸せね。私もその幸せを分けてもらえるなんて嬉しいわ」
とりあえずリカルド様の株は上げておこう。
何故かユエルタを含めた使用人たち全員から憐れみの視線を感じた。
ちなみに、寝室はリカルド様とは同じだった。夫婦だから当たり前か。
大人4人は寝られそうな大きなベットの右側には書類の置かれた机が置かれていた。
寝る直前まで仕事をしているようだ。
そんなに働いて大丈夫なのかしら。
本当なら寝室も別にして、リカルド様には変な気苦労をかけたくないが、新婚だとそうもいかないのが難しいところ。
考えた結果、私はできるだけ左側に寄って寝ることにした。