仕事中毒な旦那様と空気な私
そこから2日かけてリカルド様の領地に着いた。
その2日間は、ずっと書類を睨みつけるリカルド様と、相変わらず私への態度だけ冷たいアルファシエル様に挟まれ、普通の令嬢ならば逃げ出しているだろう状況だった。
私は早々に気を揉むことを諦め、読書に没頭する事にした。とても静かな旅だった。
私の住んでいた街よりもずっと都会で煌びやかな街を抜け、1時間程馬車を走らせたところに大きな屋敷が建っていた。
「ここが家だ」
我が家の3倍くらいの大きさの屋敷に唖然とする。
庭も広く、よく手入れがされているようで、咲いている花はどれも瑞々しい。
貴族というのは本来はこうであるべきなんだろうけど、私の実家との違いに気が引けた。
馬車から降りると、四人の男女が迎えてくれた。
一番年長の男性は、リカルド様の手に握られた書類を一瞥するとほんの少し咎めるような視線をリカルド様に送っていた。
リカルド様は気にした様子もなく、その男性を私に紹介してくれた。
「執事のユエルタだ。家の事で分からないことはユエルタに聞いてくれ」
「分かりました」
よろしくお願いしますと頭を下げた私に、ユエルタさんは私以上に丁寧に頭を下げ、笑顔を見せてくれた。
良かった。貧乏貴族の私でも快く迎えてくれるみたい。
「では、私は仕事に行ってくる」
「はい。いってらっしゃいませ」
リカルド様はくるりと向きを変えて馬車に乗り込んだ。
「は?ちょ、リカルド?」
驚いたように慌ててリカルド様をアルファシエル様が追った後、馬車はすぐに出発した。
一応、結婚したしお見送りはした方がいいかなと、リカルド様の乗った馬車が見えなくなるまでは見送った。
あぁ、さっき読んだ本の主人公もこうやって婚約者に見送られて戦場に向かっていたわね。もう二度と会えないかもしれない辛さを隠して、明るく笑顔で送り出したシーンは感動したわ。
「...奥様」
どこか気まずそうなユエルタさんに声をかけられた。
いけない。私は婚約者じゃなくて、リカルド様の奥さんだった。ぼんやり考え事なんて良くなかったわね。
良い印象を持ってもらえるよう、出来るだけ明るく声をかけた。
「ユエルタさんには屋敷の案内をお願いしても宜しいですか?」
「かしこまりました」
まさか、リカルド様に置いていかれた私が、寂しいのを悟られないよう、健気に明るく振る舞っていると勘違いされ、リカルド様の家の使用人に一気に同情をかったなんてその時の私は知らなかった。