出会って30分後に結婚していたのはきっと世界初
リカルド様は私の両親に挨拶をするやいなや、結婚の許可を貰うと、結婚承諾書へのサインを求めた。
私の貰い手を心配していた両親は、そこまで熱烈に娘を想ってくれていることに感動して、何の疑いもなくその日の内に書類上での結婚が成立した。
一刻も早くこの街から出たい私と、予定外の結婚で仕事をしに領地に戻りたいリカルド様の意見は一致し、翌日にはリカルド様の領地へと向かった。
もう一時も離れたくない熱愛ぶりと勘違いした両親には笑顔で送り出された。ミレイには領地に遊びにきてねと手紙を残した。
結婚式は生活が落ち着いたらと言うことにしている。
一応、貴族なのでどうしてもしないといけないなら小さな教会でひっそりと挙げたいし、しなくてもいいならしたくない。
領地に着くまでの馬車の中で、そういう打ち合わせもしたいなと思っていたのだけれど、目の前で書類と睨み合っているリカルド様にはどうも話しかけづらい。
アルファシエル様も同乗しているが、あの人当たりの良さはどこへ行ってしまったのか、私が話しかけると冷ややかな対応をされてしまい私は沈黙を選んだ。
私、嫌われてるの?
リカルド様の領地までは4日ほどかかる。それをこの空間で過ごすのかと思うとため息が漏れた。
することもないので本を読むことにした。
久しぶりの静かな空間。
この1週間の騒ぎを思えば、こちらの方がいくらかマシな気がした。
今日泊まる宿に着いたのは夕方だった。
私の住んでいた街から二つ目の街だ。馬車を降りるといかにも貴族様御用達といった豪華な宿に少し気後れする。
受付を済ませたアルファシエル様が、少し焦ったようにリカルド様に報告すると、今まで彫刻のようだったその表情が少し乱れた。
「他の部屋は?」
「もう空きがないらしい」
会話から察するに部屋が足りないのだろう。この街はかなり観光が盛んで、どこの宿屋も常に満員だ。特に貴族御用達の宿なんて空き部屋はすぐに押さえられてしまう。
来たいと思った時に来れるよう、常に予約を取っておくのだ。貴族とはそうやって経済を回すらしい。私には考えられない。
「部屋が取れなかったんですか?」
当事者の私も会話に参加した方が良いと思って声をかけると、やっと私の存在を思い出したのか、リカルド様は口を開いた。
「急遽こちらに来ることになったから、知り合いからここの部屋を貸してもらったんだ。全部で三つ部屋を借りていたのだが、私が結婚すると聞いて、二つをキャンセルしていたらしい。...全く、余計なことを」
「私は一緒の部屋でも構いませんよ?」
一応、結婚したのだから。
夜のお相手も希望があればという程度の気持ちだが、リカルド様の嫌悪に満ちた表情を見れば、手は出されなそう。
「...アルフィ、他の宿はまだ空いてるか?」
「この近辺の宿はどこも予約で埋まってる。一般の宿ならまだ空いているかもしれないけど」
「そこに望みをかけるか。1泊くらいなら俺はかまわない。アルフィもいいか?」
「最悪野宿でも大丈夫」
二人の会話に私はギョッとした。
貴族中の貴族である二人が一般の宿に泊まるなんて前代未聞だ。間違いなく宿で浮く。野宿でも大丈夫なのは私の方だ。
「私、この街に知り合いがいるので、そちらに泊まりましょうか?」
おずおずと切り出すと、リカルド様は意外そうに目を丸めた。社交場に殆ど顔を出さない私に、仲良くしている貴族はいないだろうという気持ちが丸見えだ。
「知り合い?」
「はい。こちらの街にはたまに来るのですが、その時にはいつも泊めていただいております」
泊まっているのは貴族の家ではないのだけれど。
今それを言うと提案は却下され、私一人で豪華な部屋に取り残されそうなので言わないでおこう。
「なら、急ぎ手紙を書いてお願いしよう。どこの家だ?送迎も必要だろう」
「い、いいえ!大丈夫です。あんな豪華な馬車で行けば理由を問いただされて、結婚について話さなくてはいけなくなります。手紙も必要ありません。騒ぎになります。結婚すれば静かに暮らせると約束してくださったのはリカルド様です」
そんな手紙、持て余すに決まってる。本気でやめて欲しい。
「とにかく、リカルド様とアルファシエル様はこちらの宿でゆっくりお過ごし下さい。明日の朝、隣の本屋で待ち合わせして出発致しましょう」
私は慌てて手荷物を纏めると逃げるようにその場を離れた。