結婚申し込んできた割には条件が多...くない!
リカルド様は伯爵家の次男であり、マードレ領の領主として日々お仕事をされている。
その仕事ぶりは国でも大きく評価され、社交界に出たときなんて女性陣は大騒ぎだった。
普段、人付き合いを最低限にとどめるリカルド様とお近づきになれるのは社交界くらいだからだ。
それでも、彼の纏う氷点下のオーラに怖気付き、まともに話を出来た女性はいなかったそうだ。
彼の人気の理由は容姿端麗なことはもちろん、その地位や流れるような品のある仕草、どんなに魅力的な女性にも靡かない鉄壁のガードが女心に火をつけていた。
そんなリカルド様の側には、彼に見劣りする事ない見目麗しい部下がいた。
その名もアルファシエル様。部下とは言えど、彼も立派な名家の生まれだ。三男のアルファシエル様は家を継ぐ必要もないから、リカルド様の元へ来たのだとか。
アルファシエル様はリカルド様とは違い、誰にでも優しく、話す人に親しみやすい印象を与えた。
社交界では多くの女性と話をするが、特定の誰か一人のものになる事はない人だと、唯一の女友達であるミレイが教えてくれた。
あの人にはきっと裏の顔がある。
確かミレイはそうも言っていた。
社交性のあるアルファシエル様と違って、リカルド様の情報は少ない。趣味はもちろんのこと、好きな食べ物や色、休日の過ごし方さえ、噂好きのミレイにすら情報が回ってくることはなかった。
その美しさだけが広まり、中身は謎だらけ。
そんな人から突然結婚を申し込まれたのがこの私。
いや、申し込まれたというよりは、私の知らぬ間に話がまとまり、騒ぎ出した周りの人から聞いたというほうが正しい気がする。
「リカルド様に見初められるなんてさすが私の娘だ。このまま誰にも貰われないのかと心配していたが、いやぁめでたい。式はどこであげようか?引越しはいつだ?いや、その前に両家顔合わせか...」
「...お父様?式ってどういうことなの?」
「アン!結婚するって!?それもあの鉄仮面と?ウソよね?あんなのはだめよ。まともな結婚生活が送れるわけがないわ!私がもっといい人を紹介してあげるから、あの人だけはやめておきなさい!ねぇ、アン、聞いてるの?」
「...鉄仮面って誰?ミレイ、何の話をしているの?」
その答えを聞く前に、私の周りには人だかりができた。
「リカルド様と結婚するんですって!?一体どうやってお近づきになったの?」
「今後、うちとの取引をどうぞご贔屓に...」
「嫌だわ!なんの取り柄もないアンジェと結婚!?どういうことなの。説明してちょうだい」
そうして私の世界が一瞬で騒がしくなった。
結婚?私が?なぜ?
聞きたいのはこちらの方なのに!
騒ぎの中心にいるべきリカルド様には、みんな直接聞くことはできないらしく、私の方へと疑問の全てが舞ってきた。
お陰でゆっくり本を読むことすら許されなくなった。
そのあと届いた手紙に入っていたのがあの条件の束。私との結婚は家族以外には秘密にするとの約束では!?これを機に婚約破棄されるかと思ったのに、あちらの手違いで情報が漏れたらしく、謝罪の文書が3日後に届いた。
『結婚のことが周りにバレたけど、結婚の予定を早めたから問題ない。1週間後に迎えに行く』と言った内容だった。問題大有りだ。
どこへ隠れても『鋼鉄のリカルドと結婚する変わり者のアンジェ』は注目された。人生で人に興味を持たれれることが殆どなかったアンジェは1週間でこの状況に辟易としていた。
こっそりと家を抜け出し、街の裏路地の木箱に腰掛け、頭をうな垂れた。ここは静かに本が読めるお気に入りの場所だ。
「あぁ、もう。なんでこんなことになったのかしら。私は鋼鉄のなんたらにはまだお会いしたこともないのに。そもそもこの結婚は家族以外には秘密なはずでしょ!?誰よ!言いふらしているのは!...はっ!もしかして、私でないもう一人のアンジェが結婚相手なのでは...私は本物のアンジェのおとり...?」
「アンジェ・フラトリークはこの世にあなただけだろう」
上から降ってきた声に顔を上げる。
「あ...」
あまりの衝撃にきちんと挨拶することも忘れてぽかんとしてしまった。
「リカルド・ウィンタールだ。私の妻はこんな薄暗い道が好きなのか。慣れた街とはいえ、危険が多いと自覚しているのか」
「え...」
「それも一人で。危険な輩もいないとは言い切れない。向こうに行けば一人での行動は控えてくれ」
そうして初対面のリカルド様は不機嫌さを隠すことなく私を見下ろしていた。
どう答えるべきか迷っていると、私とリカルド様の間に1人の男が割って入った。
「ちょっとちょっと、リカルド。彼女、固まってるよ。連絡もなしに突然申し訳ありません。フラトリーク家に伺ったのですが、アンジェ様が不在ということで探しに来たのです。リカルドが待ちきれなくて」
「アルフィ!」
リカルド様の鋭い声に私の頭も覚醒した。
これは紛れも無い現実。目が覚めたらいつもの日常が戻ってくることはもうないのだ。
「勘違いではないのですか?」
「な、にが」
路地に夕日が差し込んできた逆光で、リカルド様の顔はよく見えなかった。ぎこちない声に、私は勢いよく立ち上がり、リカルド様に一歩近づいた。
「それじゃあ何故、私ばかりが騒動に巻き込まれ、質問攻めにされ、晒し者になるのですか!?あなたと結婚すればずっとこんなことが続くのですか?それだけは願い下げです。どうか考え直してください。お願いします」
いまならまだ間に合う。
煌びやかなリカルド様はもっと相応しい女性と結婚すべきだ。
私は人に注目されたり、妬まれたり、媚を売られたり、そういうことは苦手だ。今の状況が続くのは耐えられない。
だけど、この由々しき事態を収めようと手を差し伸べてくれたのは、騒ぎの元凶であるリカルド様本人だった。
「今すぐ全てを黙らせれば結婚するのか?」
「そういうことでは...」
「結婚して私の領土に住むなら、静かに暮らせると保証しよう」
「ついでにリカルドの屋敷には読み切れないほどの本がありますよ。もちろん、奥方になれば読み放題です」
「......そ、それは」
読みたい。
表情に出てしまったのか、リカルド様は勝ち誇ったように意地悪く笑った。
「ここで断れば、なにも手助けはしない。今度は結婚解消について説明攻めに」
「お願いします!」
親は大喜び、ミレイは大反対、周りは驚愕の嵐。
窮地脱却のために、私は結婚を受け入れた。