向かい風もいつかは
107話目です。
「ちょ、た、体感でってそんな簡単にできるものなんですか?!」
「大丈夫だ。覚えられなくてもそんなに問題はない。」
「覚えるためにやるんじゃ……」
「それに、さっきも言ったが難しい事をする訳じゃないんだ。心配するな。」
「本当に……?」
「まぁ万が一何かあっても俺が見ていれば助けられる。ほらいくぞ。」
いきなり椅子から立ち上がり、私の手を掴んで部屋の扉の方に走っていった。
「そ、外に出るんですか? なんで?」
「なに、もしかしたらこの家が無くなっているとかあり得ん話ではないだろ? そうしたときに慌てないようにこの回りの景色を覚えてもらおうと思ってな。ほら、見てみろ。」
そういって押し開けられた扉の先は、さっきも見たような、特に何か特徴的な建物もない、一面の野原だった。
「この景色を覚えろって……こんなに何にもないところで目印になるようなものもないし。」
「いやいや、こんな景色だからこそ覚えやすい。この草は雑草だが葉が三つに割れているものが多い。向こうの方では一本すらっと伸びているものが多いが、ここは違う。」
「く、草なんて見分けつきませんよ……」
「じゃああっちだ。あそこに一本の木が見えるだろう? あの木の方に歩いて行って右斜め前を見れば林檎の生っている木がある。分かりやすいだろ?」
「いや……全然……」
「そうか……じゃあこうしよう。実はこの家の後ろは大きな下り坂になっている。というか、ここは山の上だ。だからこの山を目印に……」
「あ、あの、ここに来る時ってそんなにあちこちに飛ばされたりする可能性があるんですか?」
「いや? 多少のずれはあっても、殆どないが。」
「じゃあそこまで覚えなくてもいいんじゃ……」
「……………………確かにそうだな。」
おもわずがっくりと首を下げてしまった。
山の話なんてし出すものだから、山一つ分も離れたところに出てしまう何てことがあったら……と思ったが、全くの杞憂だったようだ。
「すまないな。せっかくの客人だから、この景色を知ってほしくて……」
「ここって、何か大事な場所なんですか?」
「あぁ、大昔にな。アストラルと住んでたんだ、ここに。」
「今もじゃ……」
「いや、アストラルから話は聞いているだろう? 俺達は羊を追いかける仕事をしてたんだ。でも、ここには羊なんていない。」
「確かに……」
「まぁつまるところ、ここは幻想の世界なんだ。お前が夢を通じてここに来たように、この景色は本物じゃない。」
「そうなんですか……だから生き物もいないんですね。」
「あぁ、まぁ詳しいことはまた今度話すよ。一先ず今はここに来れるようにしないとな。準備はいいか?」
「え? は、はい。」
「行くぞ。今から感じる事を覚えておくんだ。『夢想臨天』」
思いっきり強い風を正面から浴びて、目を瞑る。そうしたら、身体中に風を帯びているような感覚になった。この感覚は、ザックさんに教えてもらった風魔法を、全身でやっているようなものだ。これを忘れないように、ということなのだろう。
風魔法の感覚を思い出しながら、この魔法を覚えていく。いつか誰かが言っていた、風は体に受けるものであって、文字で見るより感じる方がいいと言うことも思い出した。
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