麦藁帽子
虫取り網を持って、
田んぼのあぜ道に行こうとする私に、
祖母はちょっと待ちんさ、と言った。
いつになく大きな声だった。
私はお菓子でもくれるのかなと
腰の曲がった祖母に振り返った。
祖母はしゃがみこみ、
土間にあったタオルで、私の顔を拭いた。
それから、どこからか、
おじいさんの麦藁帽子を取り出して、
日負けするぞと、その麦藁帽子を
私の頭に、ぐぐっと押し下げた。
日負けという言葉の意味もわからず、
ぶかぶかでも、ちょっとカビ臭くても、
私は、されるがままにその
大きな麦藁帽子を被った。
土間から庭に出ると、
トンボが群がっていた。
私の頭の中は、ギラギラした
羽の動きでいっぱいだった。
だけど、帽子の鍔が広すぎて、
すぐにトンボは見えなくなった。
私は、初めてこの帽子は
嫌だと思った。
小学校の裏まで行ったら、
戻って来んさいよ。
祖母は私が嫌がる麦藁帽子の紐を
顎の下にくくりつけて言った。
遠くまで行って、川の方へ
落ちて行かないかと心配していた。
私は、小学校より向こうには
行かないと言った。
行ったことは無かったし、
行ってみたいとも思わなかった。
何故なら、向こうに行くまでに、
見たい風景は数え切れずあったから。
幼なかったけれど、そのことは
わかっていた。
ただ、麦藁帽子が邪魔だった。
邪魔で嫌だった。
私は、あぜ道の途中で帽子を脱ぎ、
背中に背負うようにして、
トンボを追いかけて行った。
戻る時には被ろうと思いながら。