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試作1号

 コーヒーに合うイカ飯が作りたい。


 これが私の願いでもあり目標でもある。とある玉を7つ集めて出てくる龍にお願いをすれば、私の目標としているものは簡単に手に入るであろう。ただ私は、私の大好きなイカ飯を、私の手で私の大好きなコーヒーに合うように改良したいのである。

 私は我儘なのかもしれない。



 私はいつものように朝のエスプレッソタイムを満喫していた。

 コーヒーのお供に口にしていたチョコレートが口の中で、熱いエスプレッソの湯船に浸かり、溶ける。トロッと溶けたチョコレートの甘さが、エスプレッソの酸味と苦味と絶妙に調和し、幻想的で神秘的なハーモニーを織りなす。


 ふと、私の脳裏に、とあるネズミが放つ百万ボルト並みの電撃が走り、イグノーベル賞を3回は取れる程に素晴らしいアイディアが浮かんだ。

 弾力があり、噛めば噛むほど潮の香りと独特の旨味が出るイカの味が、すでに酸味と苦味を備えた濃厚な味わいのエスプレッソと、双頭なす龍の如く相反していることが、私の大好きなコーヒーと私の大好きなイカ飯が相容れない最大の理由である可能性がある。だとしたら、解決方法は簡単だ。なぜこんな簡単なことに気がつかなかったのか、私は自分を恥じた。イカとコーヒーの相性が悪いのなら、イカを使わないイカ飯を作れば良いのだ。


 私は、自分の画期的なアイディアに興奮を抑えられない。手に持っていたエスプレッソカップをコーヒーテーブルの上に置き、即座にキッチンに向かった。



 イカ飯のイカの代わりに使う食材と一言で言っても、星の数ほどの候補がある。だが、私の頭の中にはその候補は決まっている。束のようなスーパーの広告から卵が一番安い店を常連の店として決めるように、私の頭の中では候補は決まっている。それは、チョコレートである。チョコレートの甘さは、エスプレッソの酸味と苦味と相性が良い。イカ飯のイカの代わりにチョコレートを使ったイカ飯を作れば、イカの噛みしめる程にうまい潮の味を持たず、チョコレートの甘さを持った、エスプレッソの酸味と苦味と相性の良いイカ飯ができるのだ。




 私は、イカ飯のイカの部分だけを食した。オ○オで例えるなら、ビスケットを剥がし、クリームの付いていない方を食べてしまい、クリームのついたビスケット部分を2枚重ねて、クリームたっぷりのオ○オを作るみたいなものだ。このクリームたっぷりのオ○オが、片方のビスケットを失った過去があるとしても、オ○オであることのアイデンティティを失っていないのと同様に、イカの部分だけを食したイカ飯もまたイカ飯であることのアイデンティティを失っていない。


 私は、今朝のエスプレッソのお供に食べていたチョコレートを湯煎した。固形として確固たる形を保っていたチョコレートは熱力学の法則に従うように、ゆったりと姿を変え、形の定まらない液体状に変化した。とろみを帯びた茶色とも黒とも見える茶黒色の液体を、私の手にすっぽりとはまる大きさをした小さな器に注ぎ込んだ。その茶黒色液体の中に、イカの部分だけを食したイカ飯を、ゆっくりと沈みこませた。

 私はそれを冷蔵庫にしまった。




 私は無事に試作1号を完成させた。この試作1号イカ飯にゼフィランサスという花の名前をつけた。ヒガンバナ科の花で、夏に、白色、黄色、桃色などの多様な色の花を咲かせる。花言葉は、純白の愛。


 私は冷蔵庫から取り出した試作1号ゼフィランサスイカ飯を皿の上にあけた。カランという心地よい音を立てる。私は、グアテマラ産のコーヒー豆を挽きなおし、イタリア直輸入のエスプレッソマシーンに挽いた豆を入れ、火にかけた。本日二杯目のエスプレッソである。私は、私がいつも朝のコーヒータイムに使っているコーヒーテーブルの上に、煎れたてのエスプレッソと試作1号ゼフィランサスイカ飯を運んだ。


 さて、試作1号ゼフィランサスイカ飯の試食タイムである。


 冷えて固まったチョコレートは、もともとのイカ飯よりも暗い茶黒色をしているが、光沢を帯びた表面が、油でてかてかするイカの表面と同様にイカ飯の存在感を明らかにしている。イカ飯は、丸みを帯びた器の形に形成され、もともとのイカ飯を彷彿させる形であり、イカ飯としてなんら遜色ない。

 私は、新しく豆から煎れなおしたエスプレッソを口に含んだ。相変わらず、最高の味である。そして、続けて、試作1号ゼフィランサスイカ飯を口に含んだ。カリッと表面を覆ったチョコレートの歯ごたえは良く、カリッとした塊のまま、口に含んだエスプレッソの熱い湯船の中に溶け込み、形を壊す。溶けたチョコレートはエスプレッソと二人三脚で舌の上を歩き、味覚を刺激しながら喉へと歩を進める。しかしである、

イカ飯の中の米粒は、チョコレートとエスプレッソの二人三脚を妨害するように、床の上に放たれるパチンコ玉のごとく舌の上を転がる。そのパチンコ玉に混じる一際大きな野球ボールのように、ぶつ切りイカ足も舌の上を転がる。味覚を刺激しながら進んでいたチョコレートとエスプレッソは、滑って転んで失神ものである。


 結論から言うと、失敗だ。


 しかし、まだまだ改良の余地はある。これは失敗ではあるが、改良の余地は同時に、将来への伸び代が大きいことも意味している。

 私の挑戦はまだ続く。

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― 新着の感想 ―
[一言] 試作1号ゼフィランサスイカ飯…ネーミングが秀逸すぎです。 2号は核兵器つかうやつで3号は小林幸子ですねわかります。
[良い点] チョコレートで作るあたりから、クスクス笑いっぱなしでした。 それ既にイカ飯じゃないんじゃ!? 失敗とは残念でしたが、面白いです。 [一言] ふと思ったんですが…… イカ飯に合うコーヒーを…
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