銀行襲撃イベント【その1】
書籍1巻発売記念閑話
第2章帰還編を読み終えた方、読んでよし!!
少し前までニートだったはずの俺がマイホームを手に入れた。
だがしかし、まだ彼女は手にしていない。
順番を間違えているような気もしなくもないが、とりあえずこのマイホームを自分なりに改造したいと思っている。
と、その前にだ。
マイホームや改造以前にやらなくてはいけないことが沢山ある。マイホームってのは色々と面倒くさいのだ。
つい数日前の話だ。
工藤上官の秘書っぽい自衛官の上木さんにこんなことを言われた。
――とりあえず、口座を作ってください。じゃないと、お金を振り込めませんよ?
そこで俺はこう返した。
――口座ってどうやって作るんですか? てか、口座ってなんですか?
そう聞いたら、変な子を見るような目でジトっと見られた。
いや、だって俺田舎の元ニートだよ?
口座なんて作る必要なかったし、そもそも調べたことすらなかった。
というか、それ以前に口座というのがどういう仕組みなのかすら知らなかったのだ。
その後、詳しく話を聞くと印鑑とかを持って銀行に行けば最短で口座を作れるということが判明した。
インターネットでも開設できるらしいが、俺は早急に必要だったので自分の足で銀行に赴く必要があるらしいのだ。
だから、俺はすぐに近くにある銀行へと向かうことになった。
……しかし、あの有名なイベントがこの身に舞い降りてくると、誰が予想できるだろうか。
俺の東京生活は前途多難の様子だ。
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まだ家具一つないマンション最上階にある、マイホーム。
ここに来て一日が経過したが、ここが俺の家だという事実に慣れておらず、昨日からずっとふわふわとした感覚を抱いていた。
とりあえず外出するにしても、家にクウとぽんを置いて行くわけにもいかないので、精霊を身に纏った上から普通の私服を着ていくことにした。
ちょっと不格好ではあるが、まあ仕方ないだろう。これから色々と隠し方を模索していく必要がありそうだ。
家を出て扉が閉まると、自動で鍵が掛かる最新技術が反応した。
正直、毎度ビビってる。
これ、本当に他人には開けられないのか? と疑わずにはいられないのだ。
指紋認証と顔認証の二重認証で開けられる仕組みらしいが、ハッカーとかの前だと無意味な気がしてならないのだ。
特にあの先輩とか。
先輩に関しては、侵入とかマジでやりかねない。
マンションの通路を進んで行き、一番奥にある五台のエレベーターのうち一番端のエレベーターに乗る。そして、一階のボタンを点灯させた。
『ドアが閉まります』
機械的なアナウンスと共に扉が閉まり、体にフワッと変な重力が圧し掛かってくる。
この感覚すら、俺にとっては未だに慣れない未知の領域だ。
田舎に住んでいたニートだからとは言い訳したくないが、エレベーター自体そこまで回数乗ったことがない。特にこんな高さのあるマンションの最上階なんて、田舎にあるわけがないのだ。
ちょっと車酔いに近い感覚が襲ってくるから苦手だ。
そんな時だった。
エレベーターが一階ではなく、十二階で止まったのだ。
どうやらここの住人が乗り合わせてきそうだな。
自分で言うのは何かあれけど……。
このマンションに住める人はそれなりの人たちらしい。
それなりというのはお金持ちであったり、政府や自衛隊に大きなコネがあったり、社会的に影響力がある有名な芸能人などだ。
なぜそれなりの人たちしか住めないのか。
それはこのマンションの立地が密接に関係しているらしい。
日本、強いては東京の中でも旧自衛隊駐屯地や新設の自衛隊基地、新設された本部が近くに建設されており、緊急時には優先的に避難できる立地なのだとか。
さらに周囲にはダンジョンが少なく、突然魔獣に襲われることも限りなくゼロに近いのだ。
ダンジョンが発生する前の土地で表すと、青山や六本木、銀座のような高級土地が、今のこの土地らしいのだ。
こんなにも長々と立地について語った理由は、一つしかないだろう。
お金持ちが多い、イコール、美人な大人の女性が多い。なのだ。
さて、そろそろ現実逃避を止めよう。
そうだ、ちゃんと現実を見るんだ、俺。
エレベーターの扉が開く
すると、そこには超絶綺麗なお姉さんがいた。
あれだ。
アナウンサーとかに居そうなレベルの美人と呼べる女性だった。
正直言うと、結構タイプかもしれない。これで世話好きだったら文句なしに、ラノベやアニメだとヒロインになれるレベルの逸材である。
「おはようございます」
「あっ…………ございます」
突然、話しかけられた。
もう一度言おう、美女に話しかけられた。
まさかの出来事に驚いた俺は、碌に返事をすることすらできなかった。
いや、だってさ。
だってだよ?
急に同じマンションの美人に話しかけられたら、誰だってこんなしどろもどろな返事になるはずだ。
すると、俺の顔をチラチラと見て、何か言いたげな様子だった。
ただ残念なことに、一目惚れやそういった類ではなさそうだ。
だって、これだけの美人だ。俺なんかよりも遥か上を行くイケメンに何度も詰め寄られた経験がありそうだ。この人がイケメン嫌いという特殊な感性をお持ちならば、一目惚れの線もなくはないが……むしろそっちであれ!
「何か?」
俺は勇気を振り絞って、できるだけ素っ気なく聞き返した。
正直、超頑張った。
喋ろうと思っては喉に言葉が詰まり、もう一度話そうと思っては喉に言葉が詰まり……を繰り返した後にようやく絞り出た言葉がこれなのだ。
俺の精一杯の優しさだと思って貰って構わぬぞ、美女殿よ。
「あの……昨日、最上階に引っ越してこられた方ですよね?」
「あっ……はい、そうです」
「こんな時期にこの高級マンションの最上階を買えるなんて…………珍しいですね」
「えっと、はぁ……そうなんですかね? 世間知らずなもので」
「まだお若いですもんね。何か分からないことがあったら、何でも聞いてください。私に答えられることなら、ご協力しますので」
「はぁ……分かりました」
正直、気まずかったなんてレベルではなかった。
が、ちょうどそこでエレベーターが一階へと到着し、扉が開く。
「では、また」
「あっ、はい」
美女は振り向きざまに、笑顔で手を振って足早に去っていった。
急な現実離れした出会いに、俺の思考は少しの間停止していた。
可愛かったなぁ……。
でも、なんで俺が最上階に引っ越してきたなんて知ってるんだろうか。
ミステリアス美女……悪くはないな!!
そんなどうでもいい考えにふけっていると、扉が俺を取り残して閉まろうとしやがったので、慌てて手を扉に掛けて降りた。
オートロック付近にいた管理人さんに軽く頭を下げ、マンションの外へと出る。
そこにはもう彼女の姿は無くなっていた。
どうやら本当に急いでいた様子である。
「何だったんだろう、一体……。けど、美人だったなぁ」
俺はボソッとそんなことを道で呟いていた。
そんな俺を、道行く人が冷ややかな目で見てきた。終いにはお母さんと手を繋いでいる幼稚園児が「あのお兄ちゃん変なの」なんて言ってきている。
えっと……。
東京の人間、恐ッ!!
ただ呟いただけだよ!?
思わず恥ずかしくなった俺は、足早に銀行へと向かい始めたのだった。
スマホでマップを確認しつつ、進むこと十分ほどで近場の銀行へと到着した。
「さすが高級街、ただの銀行すらでっかい」
ついその大きな外観を見て、ボソッと呟いていた。
それに出入りする人たちも、全員がそれなりの服やスーツを着た人たちばかりだ。
……あれ、この格好大分浮いてるな。
今の俺の服装はマニクロコーデである。
口座がない俺は、上木さんにお金を立て替えてもらう形でマニクロの服を数着だけ買い揃えていた。
そこに何か異様にモフモフしているマフラーを首に巻いてると、さすがに場違い感が半端ない。
「あら? さっきぶりですね、最上階の人」
すると、突然後ろから肩をトントンと叩かれ、可憐な声で話しかけられたのだった。
こんな可憐な声を知り合いいたかな? と考えつつ、振り返ってみると。
「あっ……」
「「あっ」って、ふふっ」
やばい超美人だった。
綺麗の中に、儚い可愛さを兼ね備えたような完璧な美女だった。
そう、つい十分前にエレベーターで鉢合わせていたあの美女だったのだ。
甘い花の香りが、俺のリビドーを攻撃してくる。
「ど、どうも」
「はい、どうもです。最上階の人も銀行に用ですか?」
この美女、変な呼び方するなぁ。
「その最上階の人って何ですか?」
「だって、お名前知りませんし」
「そっか。じゃあ、それでいいです」
「……」
「…………」
「あれ?」
「ん?」
「えっと、ここは名前を教えてくれる流れでは?」
「そんなの知りませんよ。それよりもあなたも銀行に用事があったのでは?」
「はッ!」
もの凄い分かりやすい反応だった。
驚き、慌て、焦るように時計を見る仕草を見せてきた美女。
「そ、それじゃあ、お先に!」
明らかに焦り始めた美女が小走りで銀行の中へと入って行った。
俺も少し時間を置き、続くように銀行の中へと入って行く。
銀行内はかなり混んでいた。
窓口はほぼ全て埋まっており、席に座って待つお客さんがいるほどである。
「うーん、こういう時はどうすればいいんだ?」
俺は困っていた。
こんな時の対処法は上木さんに聞いていない。
聞いていたのは「窓口のお姉さんに話しかけてください」としか言われてないのだ。
というか、俺がそんなにも積極的な人間に見えるのだろうか?
そんな時だった。
「はい、最上階の人。整理券貰っておきましたよ!」
さっきの美女が紙切れを渡しながら、話しかけてきたのだ。
「あっはい、最上階の人です。ありがとうございます」
「どういたしまして……ふふっ」
そう言うと、美女はなぜかクスクスと笑い始めたのだ。
何が面白かったのだろうか。
やっぱり東京の人のツボはわからない。
「で、これはどうすればいいんですか?」
俺はその紙きれを見つめながら、美女に聞いてみた。
「番号が呼ばれるまで待機ですよ。本当に何も知らないんですね」
「初心なんですよ」
「??」
「疑問符を浮かべないでください。それはそれでヒヨります」
「ふふっ。あっ、あそこの席空きましたね、座りましょうか」
美女が可憐な笑みでそう言い、俺の手を握ってきたのだ。そして、強引に引っ張り始める。
なるほどな。
東京の美女は強引なのか。
これはこれで悪くはない……が、ペースを崩されるのはあんまり好きじゃないのもまた事実。だが、美女というオプションがそれを少し緩和しているのもまた事実。
恐るべし、東京美女。
席に座ると、美女が再び話しかけてきた。
「で、名前は教えてくれないんですか?」
ちょっと待ってくれ。
さっきの手繋ぎで未だに心臓がバクバク言っているんだ、畳みかけるな。
「そっちが教えてくれるなら」
てか、なんでこんなにも俺に話しかけてくるんだ、この美女は。
俺の素性を知っているならまだしも、端から見れば俺はただの高校生くらいにしか見えないはずだ。
そう考えると、だんだんとこの美女が怪しく見えてきた俺であった。
「私ですか? 本当に何も知らないんですね」
「というと?」
「日向綾香です。本当に聞いたことない?」
日向綾香……。
これぽっちも知らないや。
「そんなに聞くということは、やっぱり芸能人なんですか?」
「それはちょっと違います。でも、本当に知らないんですね……。ちょっと残念」
あからさまにショボンとした表情を浮かべる美女。
そうか、美女がこれをやると何故か儚く見えてしまうトリックだな。
自分をよく分かっていらっしゃるようで。
「もしかしてアナウンサーか何かですか?」
「正解! やっぱり知ってるんじゃないですか!」
「いや、知りません」
「ショボン……」
ははははっ……可愛いな、おい。
てか、本当にアナウンサーだったのか。それっぽい顔しているとは思っていたけど、本当にそうだったとは。
そして、その時は唐突にやってきた。
俺と同様、場違いな黒服を身に纏い、黒い布製のマスクを被った五人ほどの集団がここに入ってきたのだ。
「おう、マジかよ……」
俺はつい言葉を漏らしていた。
その集団の手の中には、銃が握られていたのだ。
こんな光景を見れば誰だって状況を把握できるだろう。
「おらぁ、全員頭を下げろぉ!!」
集団の先頭にいた黒服強盗が、いきなりそう叫び出したのだ。
「キャーッ!」
「はっ!? えっ!?」
「強盗!?」
「け、警察をっ!」
銀行内は阿鼻叫喚だった。
だが、すぐにその声も収まることになる。
「うるせえぞっ!! 全員、一言も喋るなっ!! 喋ったら撃つぞっ!!」
バン。
そう警告した強盗団の一人が、天井に向かって銃を撃ったのだ。
そして、当たった天井が砕けパラパラと白い粉が落ちてくる。
……。
…………。
さて、俺は住人Gとして振る舞おうかな。
「ほ、本物の銃!?」
俺は椅子から転げ落ちるように、そう言った。
こういった方がモブっぽさが出るよね。
と、思っていた俺が間違いだった。
「てめぇ、喋ったな? こっちこい、お前は人質だ」
「うそーん」
隣の日向アナウンサーが、俺のことをバカの子でも見るような目で見ていた。
続きますよ