9 悪役令嬢のエスコート
ローズが描いたデザイン画は仕立屋に持ち込まれ、巻き込まれるままお兄様と私も採寸してもらった。
普段から公爵家と懇意にしている仕立屋でセラの無茶ぶりを快く…かどうかはわからないが、聞いてくれた。
そしてローシェンナ殿下のお誕生日会。
私達は出来たばかりの正装に身を包んで、公爵家の紋章が入った迎えの馬車に乗った。
三人揃いの騎士服はため息が出るほどかっこいいものだった。
まんまアイドルだ。白のみの洋服は男性も女性も着ないため、騎士風の服にさし色を入れている。カーマイン様とセラが赤、お兄様が青。
襟とか裏地とか洋服に入ったラインとか。刺繍やボタンなんかも色にあわせている。さすが神絵師様、似合う服もよくわかっている。
紅一点となる私のドレスも同じデザインを取り入れながらも可愛い仕上がりで淡いさくら色にちょっと濃い目のピンクや赤がポイントで使われていた。
四人で並ぶと揃いだとわかるが、単独でみても問題はない。
セラは長い髪をいつものようにポニーテールにしていた。
髪飾りとして小さなシルクハットをつけている。そして靴は男性ものとも女性ものとも違うショートブーツ。現代日本ならばよく見かけるが、この世界では珍しい。
セラは女性にしては背が高く足も長い。そして真っ赤な髪にきつい感じの顔立ち。頭の中身は筋肉でできているが、黙っていれば賢そうにも見える。
「セラ、かっこよすぎ…」
「ほんと?良かったぁ。中途半端だと道化になっちゃうからさ」
「ううん、すごくかっこいい、たぶん会場内で一番かっこいい」
私の言葉にカーマイン様が『おい…』と不満そうに呟く。
「他に言うことがあるだろ?」
他に…。
「お兄様もとても素敵です。お似合いです」
「ありがとう。ルティアもとても可愛いよ。このまま私のお嫁さんにしたいくらいだね」
やだ、もうっ、お兄様ってば。
真っ赤になった私をセラがぐいっと引き寄せる。
「でも、今日のエスコートは私だ」
いや、マジでかっこいいんだけど。男装の麗人に萌えたことはないけど、これ、ありだわ。
受付で招待状を渡すと驚かれたが、そこは王宮の関係者。招待状を持った客人を追い返しはしなかった。
セラと私が並び、結果、お兄様とカーマイン様が並び歩くことになる。チラッと見たけど、これも『あり』だな。腐女子な前世ではなかったけど、美しいものが並んでいるのを見ていると幸せな気持ちになれる。
馬車を降りてから会場に到着するまで、そして到着してからも注目度がハンパなかった。もちろん視線を集めているのはセラだ。
女性だと知らなければ線の細い男性に見える。性別なんてどうでも良くなるほど美しくかっこいい。
会場に一歩入れば社交が始まる。
が、セラに声をかけようとする人はいなかった。横にいる私にも。
これどーすんの、どーすりゃいいの。しかし令嬢から声をかけて回ることはタブーとされている。女性同士ならばありだが、それでも下の階級が紹介もなしに上の階級に声をかけることはない。
現在、この会場の中で最底辺。
黙ってにこにこ笑っているしかない。セラとは話せるし。
「セラ、めっちゃ注目されているよ?」
「ルティアが可愛いからね」
「いや…、そうじゃないと思うよ?緊張とかしてないの?公爵令嬢が男装で参加とか、前代未聞だよ」
「ドレスは好きじゃないんだ」
考えてもみなよ…と。
「もしここで暴漢に襲われたら、どうする?この姿なら対応できる」
「ローシェンナ殿下の誕生会で暴漢は出てこないでしょ」
「わかんないじゃん」
有事に備えていたいって、その前に令嬢。セラは騎士ではない、公爵令嬢だ。
「カーマイン様が守ってくれるよ。お兄様だって、二人に比べたら弱いけど、平均で考えればお強いし」
セラがわかってないな…と笑う。
「私は守られるより、守りたいんだ」
うん、根本的に間違えている。
二人でひそひそと話しているとワッと歓声があがった。ローシェンナ殿下の登場に視線が一旦、集まる。
しかし…、何やら落ち着かない様子の殿下は挨拶もそこそこにセラの元に飛んできた。
「セラフィナ嬢、よく来てくれたね」
男装の麗人を前にして、殿下は完全に『恋する乙女』の目をしていた。
やられちゃいましたか…。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
セラと二人で招待のお礼を言う。
「ローシェンナ殿下、お誕生日おめでとうございます」
お祝いの品は受付に届けてある。
「セラフィナ嬢…、今日は…いつにも増して美しい……」
「殿下が寛大なお心の持ち主で安心しました」
セラの代わりに一応、謝っておく。令嬢としては非常識極まりない格好だ。
「いや、心配しなくても…、念のため私のほうからセラフィナ嬢の服装について咎めないようにと言っておくよ。似合う服を着れば良いのだ。そういった意味ではこの会場の誰よりも輝いている」
そう言ってはくれたものの、ちょっと残念そうに笑った。
「しかし…、一曲目は是非セラフィナ嬢と踊りたかったが、難しくなったかな」
「一曲目はルティアと踊るけど、二曲目でよければ付き合うよ?体を動かすのは大好きだ」
遠目で見たら男同志で踊っているように見えてしまうが、ルティアはそんなこと、気にしない。
ローシェンナ殿下は衝撃を受けたようにすこし息を飲んだ後、きっぱりと答えた。
「二曲目でも構わない。私は君とダンスを踊りたい」