8 悪役令嬢が意欲的になる
そりゃあ、カーマイン様は相手を選び放題だろうけどさ。
「いないなら仕方ないけど、いるだろ、適任が」
「ルティアに私以上の適任はいないと思うけどな」
「うちのセラフィナもデビュー前だ。一緒に行くんだろ?」
ローズはまだ平民のためデビューイベントはないが、セラと私にはある。
予定ではこの春に開催されるローシェンナ殿下の誕生会。男爵家で呼ばれるのはそれなりに地位を築いている家だけだが、うちは夏に何度か殿下のお世話をしているからね。
その縁で呼んでもらった。
殿下の誕生会は今まで昼間のお茶会…立食パーティだった。しかしお年頃となったため今年は夜に変更された。
昼間のパーティはそこまで気合が入ってなくても悪目立ちしないが、夜のパーティは大人も多数参加する。
夜会用のドレスや宝石などが必要だ。
ちなみにデビューパーティはそれなりに高名な人の主催を選ぶことが多い。豪華な夜会は思い出になるし、他人に聞かれても答えやすく、聞いた相手も『は?誰それ』とならない。
「セラフィナもエスコート役が決まってないし…、な?」
カーマイン様に聞かれて、セラが『閃いた!』って顔をした。
「そうだよね。なんか、他人事の気がしていたけど私も行くんだよね」
「おまえ…、ローシェンナ殿下から招待状を貰っただろ?」
招待状を見たものの日付等の詳細は覚えておらず、近くなったらメイド達に言われるだろうとのん気に構えていた。
「断っちゃダメってお父様にも言われているから行くよ」
にこっと笑って、私を見た。
「一緒に行こう」
「うん、もちろん、そのつもり…」
「エスコートは私がするから」
………はい?今、なんと?
皆が固まっている中、ローズがふふふ…と笑った。
「それは楽しそうだねぇ」
「だよね!かっこいい服、用意してもらわなくちゃ」
「騎士っぽい服とか似合うよねぇ。私がデザインしようかぁ?」
「大至急、お願い。ローズのデザインなら間違いないね。そうだ。ルティアのドレスもお揃いにしよう」
え、ちょっと、この子、何言ってんの?
「いや、セラはエスコートされる側じゃ……」
ローシェンナ殿下がエスコートしたいはずだ。正式なパートナーでなくとも、ダンスがある。
きっとドレス姿のセラを楽しみにしている。
「いいじゃん、エスコートする側になったって。大丈夫、殿下は面白がってくれるよ!」
殿下は笑って許してくれるだろうが、他はどうなの、通用するの?
お兄様を見ると、私の視線に気がついて。
「予定通り私も一緒に行くから」
「うん」
「セラフィナ嬢のことはカーマイン様に任せよう。いざとなったら…、他人のふりをすればいい」
頷く。
「前代未聞ですものね、そんなことになったら」
公爵令嬢が男性の服でデビューなんて聞いたこともない。
「何、言ってんの。お揃いの服にしようよ」
「カンベンして、絶対、目立つじゃん」
「ルティアは可愛いから、普通にしてても目立つよ?」
いや、絶世の美女のセラに言われても嬉しくない。
「ローズ、止めてよ。煽ってどうすんの」
「え~、でも見たくない?セラちゃんの騎士服。そうだ、カーマイン様とウィスタリア様もお揃いにして、三人並んだら……」
そ、それは見たい…かも、ゴクリ。
「大至急、服を作ってもらわなくちゃ。採寸を呼ぶから都合をつけてね」
セラの言葉にお兄様が苦笑する。
「断ることは……」
「ローズのデザインなら、ルティアのドレスもすごく可愛いものになると思うんだ。王都で一着だけのオリジナルデザイン。もちろん費用は言いだした私がもつ」
お兄様はしばらく考えた後、よろしくお願いしますと答えた。
うん…、費用とか考えちゃったんだね、わかる。男の場合は素材が良ければ地味なスーツでも通るが、女の子はそうはいかない。素材プラスで価値が決まる。
外見が良ければ王子様に見染められることだってある。
ローシェンナ殿下はセラに夢中だけど、たとえば公爵家とか。男爵家はだいぶ格下となるが、女のほうが格下なのはよくあること。
男のほうが格下の場合は二男、三男で婿入りが多い。
でも私、そこまで高望みしてないんだよね。
子爵か男爵家でお兄様のように優しい人と結婚したい。
貴族令嬢が独り立ちして働くことは難しく、平民の女性だって職がかなり限られている。販売か針子…その辺りが一般的だ。
特別な能力を持った女性もいるが、仕事となると…、男尊女卑というか、女性は家で夫の帰りを待つもの。という根強い風潮がある。
ローズが挿絵家や画家になるのだって、高いハードルだ。
女性というだけで断られる。
そういったモロモロの壁をぶち破りそうなのは、やっぱりセラだよな。
セラには壁が見えていない。