7 悪役令嬢は王妃の器
翌日から王子も交えた鍛錬が始まった。基礎体力作りと体術、剣術、それから乗馬。王子のペースに合わせているから緩めだ。
いつもはこの5倍くらいの負荷がかかっている。
「ルティアちゃん、すごいねぇ」
ローズに言われて『何が?』と聞き返す。
「カーマイン様の基本設定はぁ、感情に左右されない冷静な人なんだよ」
「ゲームの時はそうだったね。クールな感じ」
だからかっこいいって思っていたのに…、子供時代は中身も子供だ、仕方ない。
「だから…、正直、ちょっとびっくりしてたんだぁ。カーマイン様は転生者じゃなさそうなのに、随分と感情豊かだなって」
だけど…、今日はとても冷静だ。落ち着いて周囲を見ながら稽古を進めている。
「冷徹になるきっかけが、これだったのかもねぇ」
「………そう、かな」
「カーマイン様はルティアちゃんのことを好きになるかもしれないね」
「………え、それはないでしょ」
ちょっと仲良くなれた気はするけど、脳筋に恋愛感情が備わっているとは思えない。あいつらが好きなのは、身体を鍛えることだけだ。
「どんな未来になるのかなぁ…」
「わかんないけど…、少なくともセラは悪役令嬢にはならないよね」
ふふふ…と笑う。
「そうだね。むしろ正義の味方になりそう」
「悪役令嬢の中身があの子で良かったよね。そこは神様に感謝だ」
「私もぉ。セラちゃんなら、バッドエンドもハッピーエンドにしてくれそう」
「そう、筋肉で」
「身体を鍛えれば大抵のことは解決できるって…、あれ、本気だからねぇ。困った子だよ」
解決できないこともあるのにね…と笑う。
「王子様の婚約者になっちゃっても、筋肉で解決する気かなぁ」
「わかんないけど…、わかんないけどさ」
実はちょっとだけ思っている。
セラは誰よりも王妃の器じゃないかって。
王子様の滞在は大きな問題もなく終わった。
まるで授業のようにきちんと区切られた時間の中、課題を順番にクリアしていく感じ。基礎はできているのだ。
ただ…、カーマイン様達とは持って生まれた素質が異なるだけで。
カーマイン様とセラは腕力も脚力も大人…いや、人間の枠外にある。
これを基準にしても王子様は伸びない。
自分に合った方法でないとね。
今回、カーマイン様は王子様の基礎体力をあげ、全体的に能力の底上げをするような教え方をしていた。
出来なかったことができるようになれば楽しい。
苦しそうな顔をしている時のほうが多いが、できるようになるとパァッと花のように笑う。
お兄様とはまた違った癒し系だ。
「ルティア嬢、今回は無理を言って申し訳なかった。とても楽しい時間を過ごせたことに感謝している」
「田舎ゆえ満足な歓待も出来ず申し訳なく思っております」
「とんでもない。とても良い場所ですね」
にこにこ笑って。
「来年も来たいな……」
そ、それはどうかな~、ちょっと難しいかも。
「私の一存ではどうにもならないことだが……」
近くに誰もいないかを確認して、こそっと聞く。
「ところでセラフィナ嬢にはどなたか気になる方がいるのかな?」
苦笑しながら首を横に振る。
「セラフィナ様ですから…」
「………それもそうか。セラフィナ嬢だものな」
好きとか嫌いとか、そんなことより体を鍛えよう!って、本気で思っている。
「あの…、でも、何年かすれば社交界デビューもありますし、さすがに高等学園に進めば少しは女の子らしくなるのでは…と」
「そ、そうだよね!」
「そうですよ!」
王子様、頑張れ!と、この時は本気で思っていた。しかし…、そう予想通りに成長しないのがセラだった。
この世界での社交界デビューは大体、中等学園から高等学園の間だ。
まず親が国王宛に息子、娘がいます、皆様にお披露目したいです。なんて手紙を出す。返事は国王が書くわけではない。社交界に関する専門部署の人達が身元確認をした後、『OK』の返事が届けば次に進める。
問題のある子息、令嬢は滅多にいないが、例えば病気療養中で誰も姿を見たことがない…とか、使用人に暴行を加えたという信憑性の高い噂がある…とか。そういったケースだと現地まで確認に行く。
場合によっては指導が入り、改善が見られないと社交界への参加を見送られる。
公爵令嬢なのに体を鍛えるのが好きすぎて、大人の男も倒してしまうのはセーフ。しかし、相手を故意に傷つけるとアウト。重傷、死亡だと貴族階級から追放される。
私の場合は平均の中の平均、ど真ん中。目立った活躍はないが、悪評もない…はず。すんなり社交界デビューできると思うが問題がひとつ。
エスコート役をどうするか。通常、一人では参加しない。
中等学園に通う年齢で彼氏がいる貴族令嬢は少ない。箱入りであるはずのお嬢様に恋人がいるのは外聞が悪いが、家が決めた婚約者がいることはたまにある。早ければ5歳ですでに結婚相手が決まっている。現にセラは7歳で殿下の婚約者候補になった。セラの中では破談だが、殿下の中では保留中だ。なかなかもどかしい。
ま、下位貴族にはそんな相手がいないので兄弟や親戚にエスコートを頼む。
社交界デビューするためには準備が必要で、パーティに参加するドレスが何着か必要となる。一着を着回し着倒す貧乏くさい令嬢は…たぶんいない。そんな恥ずかしい思いをしながら参加するくらいなら『体が弱くて参加できません』で押し通したほうがまし。
我が家の場合はそこまで困窮はしていないが、贅沢できるほどの余裕もない。
あくまでも学業優先で、相談の結果、お兄様と一緒にデビューすることになった。お兄様は16歳で高等学園の一年生、私は14歳で中等学園。デビューするのに最も多い年齢だ。
これでお兄様にエスコートしてもらえる。
身内相手ならば見栄を張る必要はないし、参加するパーティを揃えれば馬車の手配なんかも一度で済ませられる。
「喜んでエスコートするよ。可愛いルティアのためだからね」
ほんわか笑うお兄様に『待った』がかかった。
夏の帰省以来、なんとなく兄妹ぐるみで付き合うようになったグロッシュラー公爵家と我が家。
セラ、ローズに何故かくっついてきたカーマイン様が『そんなデビューはつまらない』と難癖をつけてきた。