6 悪役令嬢と王子様
夏休みは大体、一ヶ月くらいでさすがに王子様は一ヶ月間も滞在しない。他にも予定があるそうで、五日間くらいと聞いている。
それならまだセーフかな。
じゃ、カーマイン様も五日間でいいじゃん。と思ったが、こっちはきっちり一ヶ月間いるようだ。
どうなることやら…と思っていたが、意外と順応していた。朝はお爺様と一緒に野菜を収穫し、ランチの後も近所の農家や畜産家を手伝いに行ってる。あと、馬の世話は毎日、欠かさずに。
農作業等の手伝いをすると普段は使わない筋肉を鍛えられるとのことで、理由を聞くとガッカリ感がハ
ンパない。
「ルティア、夏ミカン、貰ってきたぞ」
籠いっぱいのミカンを見せられた。
「わ、たくさん。台所に運んでください」
「このまま食えるって聞いた」
「ちょっと酸っぱいですよ?」
「………」
むぅっと眉をひそめる。酸っぱいのは苦手らしい。
「お砂糖で煮て…、皮はジャムにしましょうか」
「そうだな」
一人で料理することは許されていないが、メイドと一緒ならばできる。そこは一応、8歳でも貴族令嬢。一人で台所に立つことはない。
「何か手伝うか?」
「メイドに手伝ってもらうから大丈夫ですよ。でも、重たいので運ぶところまではお願いします」
大人が背負うサイズの籠に山盛りのミカンだ。どう考えても子供が持てる重さではないが、カーマイン様はひょいっと運んだ。
細身でまだ少年体型なのに怪力とも言えるレベルなのは不思議だ。ゲーム設定のせいだろうか。
まじまじと腕を見ていると。
「なんだよ」
「え?細い腕だなぁと思って」
ムッとしたような顔で腕を突き出す。
「どこがっ。おまえよりずっと太いだろ。背だって高い」
腕を横に並べてみた。
「あ、ほんとだ」
「見ればわかるだろ…」
呆れたように言われたが、こちらは時々、脳内が20代OLなので。
「すみません、あんまり力があるように見えなくて」
背が高いと言っても『少年』だ。骨格はまだ子供だし。でも、それを言ったら私も…。
ひょいっと抱きあげられた。
え、なに、これ、どういった状況?立ったままの姿勢で、そのまま抱きあげられている。
見下ろすと。
「おまえくらい、楽に持ち上げられる。その程度には力がある」
「みたいですね…、重くないですか?」
「このまま走ってやろうか?」
慌てて断る。
「ごめんなさい、カーマイン様は力持ちです」
ストンと降ろされた。
「おまえ、軽すぎじゃないか?」
「え~、そこは一応、貴族令嬢なので。社交界デビューの時にドレスを着るために太れません」
「健康的に肉がついているのなら、オレは気にしない」
「………そうですか」
何を言いたいのかわからないが。
「野菜はいっぱい食べてもそんなに太らないんですよ?」
「じゃ、肉も食え。そんなに細いと…、折れそうでちょっと怖い」
そう言うと、さっと顔をそむけて歩きだした。
いや~、少年の考えていることはわかんないわ。
四人でそれなりに楽しく夏を満喫していた。
川で釣りをして、森の探索に行き、山は…お爺様に止められた。もう少し大きくなってからにしなさいと。
山には獰猛な魔物がいるそうで、人里まで降りてこないように柵や堀が作られている。
ローズは運動が苦手で、私も平均程度だが、脳筋兄妹がいるおかげでアウトドアをめいっぱい楽しめた。
運動神経抜群の二人なので、ローズと私が疲れたというと荷物を持ち手も引いてくれた。
兄と二人だと近隣でしか遊ばないが、今年は馬に乗って遠出もした。領地内でも知らない場所がたくさんあって新鮮だ。
そしてついに王子様御一行がやってきた。
ローシェンナ王子はふわふわの金髪で薄い茶色の瞳だった。カーマイン様は鮮やかな赤髪に紺色の瞳で目に痛い感じだが、王子様は目にも環境にも優しそうな感じ。
「ひ、久しぶりだね、セラフィナ嬢。カーマインも…、今回は無理を言って悪かった」
王子様、ダメです、おどおどしちゃ、その態度は脳筋兄妹をイラつかせるだけです。と、思ったら案の定。
「謝るくらいなら押しかけてこないで遠慮してくださ……」
「ようこそ、ローシェンナ殿下。ルティア・サードニクスでございます。このような何もない領地に足をお運び頂き祖父も父も感激しておりますわ。王都の喧騒を忘れごゆるりとお過ごしくださいませ」
喋りながらカーマイン様を押しのける。
「おい、ルティ…」
キッと睨みあげると黙った。ついでにセラもひと睨みしておく。
余計なことを言うなよ、ここは男爵家の領地なのだ。脳筋兄妹の暴言が我が家の責になりかねない。
「本日は移動でお疲れでしょう。ご用意いたしました屋敷でお過ごしください」
公爵家で買い取った屋敷では王子のための準備が整っている。
ちなみにカーマイン様はいつの間にかお爺様と仲良くなって、私達と同じ屋敷で寝泊まりしていた。
王子様御一行を笑顔で見送った後、脳筋兄妹に改めて言う。
「王子に暴言、吐かないで。事実をそのまま言うのもダメ。優しく言ってあげて」
セラがめんどう、よくわからない…と言い、カーマイン様があからさまに不満そうな顔になる。
「オレに対する態度と随分、違うじゃないか」
「は?優しく言ってもらえるような態度だったこと、ありますか?いつも上から目線で偉そうに」
ぐっと息を飲んだが、言い返してはこなかった。
「優しく接してほしいなら、他人に優しい態度をとってください。キツイ事を言われたくないなら、キツイ事を言わないでください。私には何を言ってもやってもいいけど、この領地のお客様には許しません」
セラ達は友達だが、王子は違う。
「なんかよくわかんないけど…、王子に本当のこと、言っちゃ駄目なんだね」
「セラは何も言わなくていいから。そういったことはカーマイン様に任せて」
「は?なんでオレ一人が…」
「できますよね?妹を守り、この領地に迷惑をかけない、ただそれだけのことです。カーマイン様にはそれだけの才覚があるはずです」
ゲームの設定から考えると。
文武両道で『冷徹な武人』だ。つまり冷静な面もあるってこと。
「………わかった。努力する」
「よろしくお願いします。王子を怒らせたら…、男爵家なんて簡単に潰されてしまいます」
階級社会はそれがあるから怖いのだ。私だけが平民になるならまだ良いが、家族を巻き込みたくない。不安が顔に出ているだろう私にカーマイン様がきっぱりと言った。
「そんなことはさせない。セラフィナもこの家もオレが守る」
信じていますよ、カーマイン様。