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5 悪役令嬢の夏休み

 夏休みに突入した。車も電車もないため、移動は馬車だ。

 ローズと私は馬車に乗っていたが、セラは馬に乗っていた。しかし、いくら体力に自信があるといってもまだ8歳。

 一日、馬で走り続けることは難しいため、半日ほどで馬車に乗り込んできた。


「余裕でいけるかと思ったけど、結構、遠いね」

「百キロ以上、あるからさすがに無理でしょ?天気が悪かったら、どこかで野宿して二日がかりで行く距離だもの」

 乗馬に慣れた騎士でもなければ、休憩が必要だ。人間だけでなく馬にも。


 あと、リアルな問題でトイレ休憩も欲しい。緊急用にバケツはあるけど、外でする以上に馬車の中でするのは抵抗がある。匂いとか音とか、イロイロと。

 休憩や野宿はメイド達が環境を整えてくれるから、まだましなんだよね。きちんと整備された屋敷のトイレは水洗だし。でも、やっぱりちょっと不便だ。

 いつか、誰か、トイレ事情を改善してほしい、ウォシュレットまでは望まないから。


「私、こんなに長く馬車に乗っているの、初めてぇ。意外と酔わないものなんだねぇ」

「これは長距離用の馬車だから風と土の魔法石を使っているんだよ」

 地面からの衝撃を吸収し、滑らかに動くようにと自動修正がかかっている。

「こういった機能がないと長距離移動は辛いよね」

 ローズは何でも知っているのかと思ったが、こういった細かいことはわからないという。


「ゲームとは関係ないことだからねぇ。すでにキャラクターの台詞もゲーム通りではないし。今後のシナリオがどうなるかぜ~んぜんわかんないよねぇ」

 悪役令嬢は王子様と婚約せず、ヒロインが狙っているのは悪役令嬢の父親。セラは父親がローズを好きになったら、反対しないとのこと。

 確かにまだ若いイケメンで、既に公爵としての地位も築いている。このまま独身はちょっと気の毒というか勿体ない。


 喋っているうちに景色はのどかなものへと変わり、男爵家の領地へと到着した。




 馬車が到着したのは夕方で簡単な挨拶だけで夕食、お風呂…となった。広い屋敷でもないため三人一緒の部屋だ。

 ここは夜通し喋り倒したいところだが、疲れていてすぐに眠ってしまった。

 明けて翌朝。

 気持ちの良い目覚めで疲れもだいぶ取れていた。二人を起こし、それぞれ自分で着替える。

 ここにはメイドがいなければ服も着られない令嬢はいない。

 手早く身支度を整えて、伸ばした髪をリボンで結ぶ。私の髪色は青みがかかった黒…濃藍色で同系色のリボンを選ぶことが多い。

 セラフィナの髪は真っ赤でローズはピンク。

 当初、コスプレのようで違和感があったが慣れてくるとそう気にはならない。

 黒髪、茶髪、金髪もいて、瞳の色も非常にカラフルだが、私の目は黒だった。お兄様は澄んだ青色…天色の髪に紺碧色の瞳。

 こういった処はゲーム設定がきっちりと引き継がれている。


 身支度を終えて三人揃って食堂に降りると。

「げっ……」

 令嬢らしからぬ声が出てしまった。

 私の後ろからセラがひょこっと顔を覗かせる。


「お兄様、もう来てたんだ」

「馬で走ったからな。久しぶりに思う存分、走れた」

 いや、馬が可哀想じゃないの、それ。

 うへぇ~…と思ったが、顔と態度に出すのはまずい。

「おはようございます、カーマイン様」

 引きつった笑顔で挨拶をすると『おはよう』と返された。


 ってか、なんでいるの、先に言ってよ。

 セラに言っても無駄だと思い、ローズにこそっと聞くと。

「来るの、知ってた?」

「私も知らなかったよぉ。びっくりしちゃった」

 え、じゃあ、セラの言い忘れ?これは後で説教だな。


 席につく前にお爺様を探すと、両手いっぱいに野菜を抱えて食堂に現れた。

「おはよう、ルティア。お嬢さん達もおはよう」

 皆で挨拶をしてから、籠の中を覗きこむ。

「今朝の収穫?」

「新鮮なものを食べさせたくてね。すこし待っていてくれるかい?」

「もちろん。お婆様は台所よね?私も手伝うわ」


 田舎での朝食は収穫したばかりの野菜中心となるが、牧畜もしているのでチーズや肉もある。野菜や動物は日本の名称を引き継いでいるからわかりやすい。

 魔法がある世界だから魔物もいるようだけど、今のところ見たことがない。


 カーマイン様がいたのは計算外だが、勝手に来たようなものなら気を使う必要もないだろう。公爵家からも使用人が来ている。気に入らなければ、そちらに行けばいいのだ。

 三人できゃっきゃ言いながらお婆様や使用人達を手伝い、朝食を済ませひと休みした後は…、セラが体を動かしたいと言った。

 はいはい、ですよね~。


 ローズと私は日陰で絵画と刺繍。ローズは神絵師だけあって普通の風景画もめちゃくちゃうまかった。さらさらと器用に描いていく。

「いつか小説の挿絵くらい描けるようになるといいんだけどねぇ」

「そうだね。さすがに漫画はこの世界じゃ厳しいか」

「う~ん…、それはねぇ、ちょっと怖いかなぁ」

 この世界を作った側の人間が、この世界で、この世界の元となる絵を公表する…ってのは、世界の秩序とルールを壊しかねない。気がする。


「公表できないだけで漫画を描けないわけじゃないし、写生するのも楽しいよぉ」

 のんびりしているとセラが休憩しにやってきた。

 カーマイン様も一緒だ。

 なんで来るの、話、合わないのに…。とは、やはり言葉に出来ない。


「そういえばお兄様が来るって言ってなかったっけ?」

「………聞いてない」

「ごめん、ごめん。でも急に決まったことでさ。この後、ローシェンナ殿下も来るんだって」

 ………おい、待て。


「それって、まさか……、第一王子の?」

「そ。なんか、私が夏休み中、こっちで鍛錬するって言ったら、一緒に体を鍛えたいって言いだしたらしいよ。迷惑な話だよねぇ」

 カラカラと笑っているが、いや、セラが一番、迷惑の元なのでは?


「オレは王子の付き添いで呼ばれた」

 ご学友ってヤツですね、わかりますけど、わかりません。


「なんで男爵家の領地に来るんですか、そこは反対して頂かないと」

「反対したよ」

 セラは王子に直接言われたそうで、その場で『迷惑、来ないで。一緒に鍛錬とか言っても、ついて来られないでしょ』と。

 王子は涙目で『意地でもついていきます、努力します、やり遂げます!』となってしまった。


 チラッとカーマイン様を見る。

「反対は……」

「もちろん、した。このガサツで令嬢らしさのカケラもない妹に王妃は無理だし、王子のレベルはオレ達よりかなり低い。王子の鍛錬に付き合ったらオレ達は力の半分…いや、1/10も出せない。」

 この兄妹は…、オブラートにちょっとは包めよ、やんわりもっともらしい言葉で断ってくれたら丸くおさまるのに。


「男爵家のど田舎領地で王子が満足するような体験は難しいですって言ってくれたら良かったのに」

 二人揃ってきょとんとなる。

「だって、何もなくてただ広い土地があるんだよ?体を動かすのに最適じゃん」

「馬も思い切り走らせることができたし、森も山もある。夏の間に探索したい!」

「だよね?キャンプしに行こうよ。野宿、楽しいよ!」

「王子様に野宿させられるわけないじゃん…」

 それには二人とも頷く。

「だからそう言ったんだ。軟弱なローシェンナ殿下には無理だって」

「私もちゃんと言ったんだよ。ローシェンナ殿下は後で寝込むのがオチだって」


 だからオブラートに包めって。10歳の男の子は繊細なんだよ、カーマイン様だってわかりそうなものなのに。

 いや、同じ年だからわからないのか。そんな気を使えるのなら、この兄妹は別の生き方をしている。そもそも、ここにいない。


「この領地の管理者であるサードニクス卿の許可はとってあるぞ。面倒ではあるが、王子の鍛錬にはオレが付き合う」

「男爵令嬢の私には無理ですからね」

 ボソボソと言う。

「公爵家の御子息、御令嬢だって荷が重いのに…、王子様なんて絶対に無理」

 私の言葉にカーマイン様は平然と『長い付き合いになるから慣れろ』と言い放った。

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