4 悪役令嬢のお兄様
今年の夏はセラとローズも一緒に領地へ行くことになった。
これに関してはさすがに口約束…とはいかず、グロッシュラー公爵家から手紙が届き、何度かやり取りをした後にそうなった。
うちから断ることはできないが、どうしても嫌なわけでもない。
実際、セラはただの脳筋令嬢で意地悪なんて思いつきもしないし、ローズはのんびりほっこりさんでいつもにこにこ笑っている。
三人で喋るのも楽しい。
8歳らしい演技も、令嬢らしい振る舞いも必要がないため非常にラクだ。
ちなみに記憶にある享年を尋ねてみたところ、セラは女子高生だった。スポーツ一色だったようで、なるほど8歳児とあまり変わりない。
色恋よりも筋肉だ!で鍛えていたため、病気になった時はそれなりにショックだった。
入院中はやることがなく、過度な筋トレは禁止されている。
暇を持て余したセラに、親友がゲームをすすめてくれた。
初心者でも簡単に進められるよ。
暇つぶしで始めたゲームは途中までしかできなかった。
ローズはそれなりにキャリアを重ねた絵師だったから……、あれ?待てよ、年齢。
えーっと確か私が高校生の時には既に仕事をしていて。
と、数えようとしたらそれはもう恐ろしく低い声で『ルティアちゃん、世の中には知らなくていいことがあるんだよぉ』と。
あ、聞いちゃいけない年齢ってことっすね、ごめん、聞かない。
最近は週に一度は会っていて、うちのお兄様も『ルティアが楽しそうだから』と見守ってくれている。
お兄様は私の中身以上に大人なのだ。
逆にセラの兄、カーマイン様は非常に無愛想だった。
セラのお家に遊びに行っても、ほぼ無視されている。擦れ違えば挨拶はしてくれるが、それだけだ。
どんなにイケメンで体格が立派でも中身は10歳の男の子だもんねぇ。妹の友達にチャラチャラできないか。
「その点、うちのお兄様は違うから。優しくて賢くて、ちゃんと私のことを見守ってくれているの」
場所はグロッシュラー公爵家の庭に面したテラス。
三人でお茶を飲みながら、カーマイン様は無愛想だね…という話をしていた。
「ゲームではカーマイン様推しだったけど、現物見たらあれはナイな」
「う~ん、私より強いのは間違いないけどさ」
「強いだけ、だもんねぇ。グロッシュラー家のビジュアルに一番、力を入れていたからほんと、三人の外見には満足だけどぉ」
ローズの言葉に笑う。
「わかる、脳筋兄妹」
「そうなのぉ。まさか、ここまで情緒がないとは」
10歳でも貴族令息。格下とはいえ貴族令嬢相手にあの態度はないわぁ。少なくともお兄様はもっとずっと洗練されている。
「カーマイン様を見ると、うちのお兄様がいかに素晴らしいか、よくわかる……」
ふっと不穏な空気を感じた。
あれ?何、この背後から迫りくるようなプレッシャー。
おそるおそる振りかえると、カーマイン様がいた。
えーっと。
ザーッと血の気が引く私をヨソに、セラがケラケラと笑う。
「確かに。ウィスタリア様は上品で賢くて優しくて、うちの兄貴とは正反対だ」
トドメを刺さないでーっ、ちょっ、相手はいずれ竜をも仕留める人間兵器、そんなのと敵対したくない。
「い、いや、そのっ、カーマイン様にも良いところがいっぱい……」
低い声で聞かれた。
「どこだ?」
「へ?」
「オレの良いところは、どこだ?」
「え、えっと…、強くて…、強くて、強いところ?」
ピキッと表情が固まった。
「ルティアちゃん、それ、強さを取ったら何も残らないよぉ?」
「え?あ、顔!顔が良い!すごく、顔が整っている!」
カーマイン様はますます顔を強張らせ、セラは爆笑した。
「そ、それ、顔って…、顔だけって……、外見だけじゃん。中身も褒めないと」
中身?
どーやって?最低限の挨拶しか交わさない無愛想な男に褒めるところなんてあるか?
黙り込んだ私にカーマイン様がついに涙目になってしまった。
「あ…、ご、ごめんなさい、つい自分の兄を基準にしてしまって」
決して10歳のやんちゃ盛りの少年を傷つけるつもりはなかったのだが、カーマイン様は無言で立ち去ってしまった。
前世では社会人まで経験しているとはいえ、こちらの世界ではまだ8歳。
カーマイン様に対しては8歳の子供らしい態度が出てしまったってことで、うん。
次に会った時はきちんと謝ろうと思ったが、カーマイン様はそれきり姿を見せなくなってしまった。
本人が現れないものを無理に呼びだすわけにもいかないし、ぶっちゃけ会わなくても問題ない。
ビジュアルは好きだった。
男らしい言動も好きだったけど、あくまでもゲームの中での話だ。身近にいるのならお兄様のような男性が良い。
「ごめんね、ルティア。今年は一緒に夏休みを過ごせなくて」
謝られて、首を横に振る。
「寂しいですけど、今年はセラフィナ様達が御一緒ですから」
「うん。そこは安心している。すこし変わったご令嬢達だけど」
いえ、だいぶ変わったご令嬢達ですよ、困ったことに。
「でも本当に大丈夫かな。公爵家のご令嬢をうちの農地にご案内するなんて」
そのことはお父様とも何度か話しあったが、セラの性格からいって何が起ころうともクレームをつけることはない。という結論に至った。
もちろん何も起きないように、公爵家からメイドや護衛がついてくるし、うちも田舎なりに頑張って準備する。
さらに公爵家の使用人が下見に行き、足りないものは準備してくれるとか。
セラのために屋敷ひとつ、どーんっと建っていてもおかしくないね!
と、思っていたら、屋敷は建たなかったが、使っていない大きめの家が公爵家に買い取られていた。
お爺様からの手紙によると建物は公爵家の使用人達用で、セラ達はお爺様の家で私と一緒に寝泊まりする。
どんだけ使用人、ついて来るんだろうか?