34 腐男子令息(誤解)からの情報
「違うからっ、ほんとっ、違うからっ」
疑惑の目を向ける私達にグラスは『誤解だから』と涙目になっていた。
「いや、女の子でもあるデショ。男装の女性にキャーキャー言ったりすんの。僕は前世、病弱でほとんど運動ができなかったから…、ああいった運動神経抜群って人は男でも女でもスキなのっ。かっこいいなって思っちゃうの、そこによこしまな気持ちはない」
あまりからかっても可哀そうだし、好きだと思う理由が涙を誘う。
病弱すぎて体育はドクターストップ、友達と公園で遊ぶのさえ禁止されていた。さらに若くして病没。学校にはほとんど行けず、高校は入学試験さえ受けられなかった。受験だけでも…と思っていたが、試験日当日は寝込んでしまいそのまま入院した。
「転生してからは病気なんかしたことがなかったけど…」
十歳の時に風邪で寝込んで重症化してしまった。高熱でうなされている時に『過去にもこんなことがあったような…』と前世を思い出した。
「他にも前世の記憶持ちがいるとは思っていたけど……」
本当にいると驚くよね、わかる。特にセラの公爵家令嬢とは思えない行動力に。
「ルティア嬢に会った当日にカーマイン様から茶会への招待状が届いてビビッた」
「あんな物騒な話を聞いたらのんびりしていられないだろう。兄様もとても心配していた」
セラの言葉にぎょっとした顔をする。
「なに、まさか前世うんぬんとか言ったのっ?いくらなんでもそんな非常識なこと、言ってないよね、頭がおかしいと思われるよ?」
「それは………、い、言ってないが、グラス様が神託を受けたと話した。カルセドニ公爵家は神官も多く輩出しているからな」
「まぁ…、確かに。親戚に教会関係者、多いな」
グロッシュラー公爵家関係者は騎士になる者が多く軍部との繋がりが強い。サーペンティン伯爵家は文官が多いと聞く。
グラスが転生者だという話を聞く前でも、カルセドニ侯爵家の者が神託を受けたと聞いてもさらっと受け入れていただろう。その程度には有名な話だ。
「グラス様からの話を聞く限り、被害者はルティアちゃんの可能性が高いよねぇ」
「問題は加害者が誰か…だな」
ローズは紅茶を飲みながら、セラはサンドイッチを食べながら話す。いや、もちろん口の中にある状態で喋ってはいない。が、尋常でない量のサンドイッチ、スコーン、ドーナツなんかを食べている。今はもう顔も名前も思い出せない大食い女王のような食べっぷりだ。
「セラ、そんなに食べて太らない?」
「大丈夫、今日は王妃教育がないから、この後、体、動かす」
パッとグラスを見て言う。
「一戦、やるか?」
「無理に決まってんだろ、殺す気かっ」
「手加減するのに」
「セラフィナ嬢は竜と互角に戦ったって噂、あるだろ。たとえ噂でもそんな…」
ちょっと考えてから私に聞く。
「あれ、ほんと?仮に戦ったとしてもカーマイン様のほうだよな?」
「セラが火竜と素手でやりあったのは本当」
「マジでかっ!?」
「今は火竜とも仲良くしているから、機会があれば紹介するね」
「マジでかぁ~、ちょっと嬉しいかも。ドラゴンとかゲームの世界っぽい。仲良くって、やっぱヒロインチート?」
ローズが首を横に振り、何故かドヤ顔で答える。
「ルティアちゃんにはぁ、なんと地竜の加護があってぇ、火竜と風竜は従魔なのぉ。すごいでしょ?」
「え、三匹もいんの?オレも会える?怖くない?」
キラキラの笑顔で聞かれた。わぁ、なんか可愛いぞ。前世での精神年齢が影響しているのかな。
「最初、大きさにびっくりしたけど…、あ、竜の話は国家機密だから他の人には内緒ね」
「お、おうっ、だよな。大丈夫、僕、友達いないから」
侯爵家…だものね。知り合いは多くても友達は少ないか。
「ゲームでのグラス様ってどんな感じの展開だったかな」
「学園内で何度か私と会う感じでぇ、いつもヘラヘラ笑ってなかなか本心を見せないんだよぉ」
グラスも頷く。
「攻略キャラの中では人気、なかったよな。でもスペックはそこまで悪くないぞ。運動神経はそれなりに良いし成績も平均以上は取れている。魔力も高い」
どや~ん。と胸を張ったが、すぐにしおれた。
「ただ、なぁ…。侯爵家ってのはダメだ。公爵よりはましだけど、それでも家格が高すぎる」
「わかる!」
セラが深く頷く。
「そのせいで、礼儀作法だ、ダンスだ、わけのわからない習い事は多いし、家庭教師は厳しいし、ドレス着ろとか髪を伸ばせとか、挙句っ、好きなだけ食べちゃダメとかっ。美味しいものを前に、我慢しろって、悪魔か!」
「セラ…、それは公爵家でなくとも貴族なら普通に言われることだから」
「それにセラちゃん、一個も守ってないよねぇ。家庭教師の先生が来ても脱走するから、ほぼ私一人で授業を受けてた」
「ドレスは嫌だって男装するし、今だって私の五倍は食べてるじゃん」
「全然、我慢してないよねぇ…。それでも何故か、それなりに成績が良いのは悪役令嬢チートのせいかな」
「まぁ…、ゲーム通りの展開じゃなくて良かったな。これならオレもローズ争奪戦に参加しなくて良さそうだ」
ゲームのグラスは女好きって感じもしたが、それは母親を早くに亡くした反動。寝込んでいた母親を見舞ううちに女性全般に優しくするという習性が身についていた。
それにブレーキをかけたのが前世の記憶。病気のせいで男友達もほとんどいなかったのだ。そして思春期はほぼベッドの上でテレビを見るかゲームをして過ごしていた。
話し相手はゲームキャラ。
「グラスの基本スペックのおかげで不自然ではない程度に会話ができるけど、可愛い女の子とか緊張する」
「私の友達、紹介しようか?」
「いかにも女の子ってのは緊張するし、適齢期の子は…、まずいだろ」
相手が誤解したら家を巻き込んでの大騒ぎとなる。
「そっか…、じゃ、お兄様にグラス様はいい人って言っておくね」
「………ウィスタリアかぁ。うん、ルティア嬢のお兄さんなら大丈夫か。なんとなく、腹黒そうって気がしていたけど」
………ごめん、腹黒いかも。でも、悪い意味での腹黒さはない。あと、私に優しい人に対しては、お兄様も優しく紳士的。
「ウィスタリア様はシスコンだからぁ、ルティアちゃんに意地悪しなければ大丈夫。でも、仲良くしすぎるとカーマイン様のほうがキレるかもぉ」
「つまり程よい距離感、だな。わかった。気を付ける」
「学校では私が一番、いいかもねぇ。婚約者もいないしぃ、平民だったことは知られているから」
「そういえばローズの本命って誰?攻略対象って…」
「ゲームで一番人気のカーマイン様はルティアちゃんの婚約者、二番人気のウィスタリア様はシスコン、三番人気のローシェンナ殿下はセラちゃんの婚約者、で、四番人気のアーシュ殿下はまだ会ったことないけどぉ…、年下はなぁ」
「うわっ、やっぱ僕って人気ないんだ…」
「大丈夫、イケメンだし侯爵家だもん、そのうちいい子が見つかるよ!」
私達の励ましに力なく頷いているところにカーマイン様がやってきた。
瞬間、グラスに侯爵家令息としてのスイッチが入る。
「今日は急に呼び立てて申し訳なかった」
「いいえ。驚きはしましたが、大切な婚約者に関することです。お気持ちはわかります」
「それで、大丈夫なのか?」
まったく解決してはいないが、対策を立てられるだけましな状況というところか。
「兄様、神託は漠然としたものです」
「残念ながら女神様は『誰が』とは教えてくれませんでした。我々の行いに大きく干渉すれば運命が大きく変わるかもしれません。それは女神様も望んではおられません」
セラとローズが相談した結果、グラスが受けた神託は『竜の乙女に危機が迫っている。それとなく気にしてほしい』というものにしてある。
竜が関わっているのならば神託がおりても不思議ではない。
「誰が狙っているかわからなくても、狙われているとわかれば対処もできる。ウィスタリアとも話して護衛をつけよう」
「私も気にしておくねぇ。悪い『気』を持っている人はぁ、なんとなくわかるから。ただねぇ、学園内でもちらほらいて少なくはないんだぁ」
悪意を持った人間は意外といる。ただ、その悪意がすべて犯罪につながるのかといえばそんなことはない。
例えば私に対する嫉妬。ただ『ハイスペックな婚約者がいて羨ましい』だけなら犯罪ではない。どれほど嫉妬して憎らしく思い心の中で斬殺してもそれを罰する法はない。
「兄様か私がそばにいれば確実なのだが…、どうしてもの時は公爵家で保護しよう。領地のほうならば私兵も多くいる」
「セラは王妃教育があって忙しいからな。オレもなんだかんだとやる事が多い」
学園に通いながら王子の護衛、側近としての教育、そして騎士としての訓練に加えて公爵家の領地経営見習い。
婚約者になる前より今のほうがゆっくりとは会えない。というか婚約者が決まったので後回しにしてきたことを引き受けるようになった。
そういったところは貴族って本当に面倒くさい。
「怖いと思うようなら休学しても…、退学してもいい。公爵家に嫁ぐための教育もあるからな」
「はい。でもせっかく入った学園ですからもう少し頑張ります」
怖いけど、今世の私には竜の加護がある。それに…、前世はそいつに死に追いやられたのだ。負けるものかとテーブルの上で拳を固めると、その上にそっと大きな手が乗った。
包み込まれるように。
「心配しなくてもルティアはオレが守る」
とか、カーッと真っ赤になった私の視界の隅でグラスも真っ赤になって両手で顔を覆って悶えていた。
………グラス、あなた本当に腐ってないでしょうね?




