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33 腐男子令息(確信)も現れた

 相変わらず何となく物が紛失する日々は続いていたが、週に一度、ペン一本程度のため探しきれないまま三カ月が経過していた。

 あまりに些細な物すぎていまだに自分のうっかり…というセンも消せない。

 この世界の学校は日本とほぼ同じで春に入学式、そして夏休み、冬休みがある。そろそろ夏休みに突入するため試験期間に突入していた。

 セラとローズはクラスが異なるため、試験勉強はソフィアとしている。

 他のクラスメイトとも仲良くしているが、放課後、学校に残る生徒は少ない。ソフィアはクラス委員で時々、先生のお手伝いをしていて、私は兄の用事が終わるのを待っていた。

 お兄様もクラス委員と生徒会役員をしているため忙しい。

 部活動はないが自主的に集まって勉強会はあるようで、そういった会に呼ばれることもある。もちろん真面目な会にしか参加していないとのことだが、私が誘われた場合は『すべて断るように』と。

 婚約者がいる貴族令嬢はイロイロ難しいのだ。

 私だけでなくカーマイン様も悪く言われてしまう。

「では私は先生に教室の鍵を渡してまいりますね。すこし遅くなるかもしれませんが…」

 ソフィアは真面目な性格で頼まれた仕事はきちんと完了させる。そのためクラス担任ではない教官に用事を頼まれることも多々ある。無理な時は断るが、大抵は快く引き受けていた。

 本当によくできたご令嬢なのだ。見目麗しく成績も優秀。ただ魔力量が私より少し多い程度でAクラスには入れなかった。

「えぇ、図書館でお待ちしておりますわ」

 ソフィアが一旦、教官室へと行き、私は図書館へと向かう。

 校舎は広く、図書館もかなりの蔵書を誇る。読書のためのスペースや自習室が併設されていた。さすが貴族が多く通う学校。もうおぼろげな記憶になりつつあるが、前世の記憶にある学校とは豪華さが異なる。

 私…、前世も共学高校……、だったよね?

 男の友達もいたのだろうか。

 少しぼんやりしていたせいか、目の前に人が立っているのに気づくのが遅れた。

 ぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。

「すみません……」

 見上げるとどこかで見た覚えのある顔だった。

 この人…、攻略者の一人、グラス・カルセドニだ。侯爵家の一人息子で緑色の髪に濃緑の瞳。学年が異なるためすれ違ったこともなく、すっかり存在を忘れていた。

 グラス様はにこにこと笑いながらまるで親しい間柄のような気軽さで言った。

「ルティア嬢だよね。ちょっと話があるんだけどいいかな?」

 何、とんでもないことを軽く言っちゃってくれてんだ、この人。

 当然、断る、一択だ。

「私には婚約者がおりますので二人でというのは困ります」

「うん、だから人目につく場所で」

 きれいな笑顔のまま、声を落としてささやかれる。

「君の前世と、今後に関わることだから」

 前世……?

「僕も転生者。他にも何人かいるよね?」

 これにはものすごく悩んだが…、転生者だというのなら話を聞きたい。図書館を出て、見通しの良い庭にあるベンチに私だけが座った。

 グラスは声が届く位置に立っている。

「並んで座ったりしたら目撃した人間に誤解されるかもしれないからね」

「では私が立って…」

「それはダメでしょ。女の子を立たせるとか、僕、すごく偉そうなヤツじゃん。カーマイン様にも誤解されたくない」

 にこっと笑う。

 それにしても素晴らしく愛想のよい笑顔だ。こーゆーの、あまい笑顔とか、とろける笑顔って言うんだろうな。顔は笑っているのだが言葉は事務的で。

「時間がないから、サクッと本題に入るね。ルティア嬢、君、この世界でも殺されるかもしれない」

「………は?」

「女神様からご神託があった。何故、僕にあったのかというと、被害者候補と親しすぎず、でも接触できる機会があったから」

 この世界は日本のゲームをもとに構築された、新人女神が一から作った世界。地球よりは小さめサイズだが、同じように丸い惑星で海も大陸もある。壮大な神話なんかもあったりするが、実際は私が生まれる三百年程度前から作られた世界。

 地球との時間軸のズレは異世界だから…としか言いようがない。

 とにかく女神は既に数千年に渡る文明を築いた地球の神様にあれこれ相談をしながらこの世界を作り上げた。

 その際、地球や他の世界から多くの魂を譲り受けた。

「本来、前世の記憶は消されるはずだったが、地球からの転生者限定でバグが発生した」

 前世の記憶が残ったままの魂があるとわかり、急いで消して回ったが既に数十人は何らかの弾みで思い出した後だった。

 思い出してしまったものを無理に消せば新しいバグが発生するし、既に生まれた生に女神は関与できない。

 善人になるか悪人になるかは女神にもわからないし、悪人になったとしても世界を崩壊させるようなものでなければ成り行きに任せるしかない。

 この世界にだって億の単位で人が暮らしている。

 女神が一人に肩入れすることはない。

「せいぜい神託を与える程度。その神託も決定的な事は言えないそうだ。僕の人生まで変わる恐れがあるからね」

 人間にははっきりと伝えず、環境も大きく変えず、それでも何とか私を守ろうとしてくれた。

 だって……、言われた事を理解したくはないが、無視はできない。

『この世界でも殺される』

 ということは、前世の死因…、殺されたってこと?

 指先が震えた。

 心臓が変な感じに鼓動を乱し、頭もズキズキする。気持ち悪い。

「僕もはっきりと言われたわけじゃない」

 転生者の中に前世の記憶を持った者がいる。その中に前世での殺人被害者と加害者がいる。

 この二人がグラスの通う学園に入学する。

 女神は干渉できないが、できれば被害者となる少女を気にかけてやってほしい。

「この三か月間、情報を収集して回った結果、ゲームと大きく異なるのは三人。他にも怪しい人間はいるけど、特にセラフィナ嬢周辺が大きく異なっている。悪役令嬢のセラフィナ嬢…は、カーマイン様と互角に戦うと聞いたから、もし被害者だったとしても自分で反撃できる。ヒロインのローズ嬢も高い魔力に聖属性持ち。主人公補正もあるだろうから、そう簡単に殺されないだろう」

 主人公補正は『強運』とか『幸運』とか。そのほんのわずかな運の差で命が助かることもある。

「で、最後の一人、ルティア嬢。ゲームではモブだったのにカーマイン様と婚約しているってことは、前世の知識を使ったってことだよね?」

 首を横に振った。

「子供の頃、セラに声をかけられて…」

「まぁ、いいよ。そこを責める気はない。手の届く位置にいたら欲しくなるのはわかる。聞きたいことはルティア嬢の前世での死因。オレは…、死んだ瞬間の記憶はないけど自宅のベッドでゲームばかりしていた記憶がある。学校にはほとんど通えなかった」

「私は………」

 記憶がない。セラとローズも恐らく病死だと思える記憶があるのに私には入院どころか病弱だった記憶もない。通勤電車で揉まれていた記憶がたぶん最後の記憶。

「ルティア様!」

「ルティア!」

 ソフィアとセラの声がした…と思ったら、目の前にセラが立っていた。

「グロッシュラー公爵家のセラフィナです。ご無沙汰しております」

「どうも…」

「ルティアに何か?」

 気分が悪く立ち上がれない私の横にソフィアが座った。

「まぁ、ひどい顔色。何か言われましたの?」

 首を横に振る。

 グラスが悪いわけではない。むしろ忠告に来てくれたのだからありがたい。知らないほうが良かったかもしれないが、万一にもそんな場面に出くわしたら…、やはり知っていたほうがいいに決まっている。

 危害を加えられるとわかれば手加減なしで反撃できるが、偶然や不運だと思ってしまったら躊躇してしまう。

「セラ、怒らないで。グラス様とは…、すこし世間話をしていただけなの」

「世間話?」

「そう……、昔、やったことのある…、ゲームの話」

 セラはそれだけで理解したようだ。

 きゅっと表情を引き締める。

「ソフィア様、今日の勉強会は難しいようだ。ルティアを休ませたい」

「そうですね。私、人を呼んでまいりましょうか?」

「では、ウィスタリア様か私の兄を呼んでいただけますか?」

 いそうな場所を教えるとすぐに急ぎ足で向かってくれた。

「グラス様、詳しい話を私も聞きたい。簡潔にお願いします」

 グラスは転生者の中に殺人の被害者と加害者がいること、私が被害者ではないかと疑っていること、そして加害者もまた同年代に生まれてしまったと説明をした。

「女神様の神託ではっきりと場所や名前を教えられたわけじゃない。ただこの世界の成り立ちと、地球からの転生者が多くいることを教えられた」

 曖昧な言葉はグラスが想像で補った。

「女神様が言うには、加害者が被害者を何年も付け回した結果、不幸にも被害者が亡くなってしまい、加害者はその後を追った…って。ストーカー気質の加害者っぽいから、発見されたらすごくまずいと思う」

 ほんと、勘弁してほしい。泣きそうだ。

「グラス様、うちの兄達と面識は?」

「へ?ない、ないっ、カーマイン様とウィスタリア様は学年も違うし…、そりゃ、会えば挨拶くらい交わすけど……、雲の上の存在と言うか」

 侯爵家なので交流の場で顔を合わせることはあったが、親しいほどではない。まぁ…、カーマイン様、長期の休みになると男爵領に遊びに来ていたからね。

「では今から親しくなってください」

「え?」

「私はローシェンナ殿下の婚約者で、ルティアは兄の婚約者。グラス様からもう少し話を聞きたいが、私達の名前では招待状を送れない」

「え?いや、無理。特にカーマイン様は絶対に、無理っ」

 うろたえる所にカーマイン様がやってきた。

「ルティア!」

 声が聞こえたと思った次の瞬間には抱き上げられていた。お姫様抱っこである。

「気分が悪いと聞いたが…、本当にひどい顔色だな」

 顔が近くにあってうろたえる。気持ち悪いところに心臓がさらにドキドキしてしまい倒れそうだ。駄目だ、目、閉じてよう。萌死する。

「お兄様、気分が悪くなっていたところをグラス様が見つけてくださったのです」

「そうか…。礼は改めてさせてもらおう。申し訳ないが今はルティアを医務室に運ぶことを優先したい」

 歩き出したところでお兄様も到着し、気分が悪いのは本当なので抱っこされたまま運んでもらった。めっちゃ恥ずかしかったけどっ。

 その背後で…、グラスが『カーマイン様、かっこよすぎ…』と真っ赤になっていたことは、あとでセラから聞いた。

 エェ……、そっちですか………。

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