3 悪役令嬢に突撃された
カフェでお茶した後、お土産のお菓子まで貰って、めでたく?公爵令嬢のお友達になった。
階級差でこちらに拒否権はない。
拒否するほど嫌ではないけど、ツッコミが追い付かない。
家に帰ると兄ウィスタリアに『今日は少し遅かったね』と言われた。
「お買い物をしていたらグロッシュラー公爵家のセラフィナ様に声をかけていただいたのです」
「あぁ…、紅蓮の戦姫だね」
なに、その厨二病全開のあだ名、恥ずかしい。
「噂では大層、活発な方だと聞いたけど大丈夫だった?」
「はい。とても気さくな方で驚きましたが、嫌な方ではございません」
セラには表しかない。妬み嫉みの歪んだ感情もなさそうだ。
「困ったことがあったらすぐに言うんだよ?」
「はい、お兄様」
今日も我が兄は優しい。
年頃の男の子と同じように庭を走り回って遊ぶし、貴族のたしなみとして剣の稽古も受けているが、粗暴なところがなくあたりが柔らかい。
私が我儘を言えば優しく諭し、勉強等を頑張れば褒めてくれる。
本当に素晴らしくよくできた兄だ。
「そういえば…、お兄様はカーマイン様をご存知ですか?」
「何度か会ったことがあるよ。すでに剣の腕は大人顔負けで勉学でも良い成績を修めていると聞くけど、ルティアにはあまりおすすめできないかな」
小さく首を横に振って笑う。
「セラフィナ様とお話をしたので、少し聞いてみただけです。お会いする機会はないと思います」
「そうだね。もし会ってしまったら…」
お兄様も笑いながら言う。
「逃げるんだよ」
「………」
「ルティアは同じ年頃の女の子に比べて随分としっかりしているけど、野獣相手では言葉が通じないからね」
え、そこまで?ってかグロッシュラー兄妹、大丈夫か?
悪役令嬢達と出会ってしまったものの、幸い生活圏は異なる。
我が家の領地は田舎の小さな町で国の中でも外れのほう。そこでは満足な教育を受けられないため、私達も王都に来ていた。
王都の中では貴族階級の中ほど。良くもなく悪くもない平均的な地位。屋敷を構えている場所もそんな感じ。
幼年学園…、小学校は自宅から近い場所に通うもので、貴族が通うちょっとお高い月謝の学校と、平民が通う学校が区画毎に作られている。
中等学園は学校の数が半分に減り、平民のための学校でも月謝が発生する。そのため本当に貧しい家の子は幼年学園までしか通えない。
才能のある子は奨学金や財力がある商人や貴族のバックアップで通えることもある。
うちはお父様が官職について働き、お爺様が田舎の町を守っている。数百人の小さな町だが比較的気候が良く農作物が良く育つので、大きなトラブルもなく暮らしている。
一方、公爵家はどーんっと広い領地を持ち、領地運営だけでも百人単位の使用人が必要。領地内に学校もあるだろうが、跡継ぎとなる子供達の教育は王都で受けさせるのが一般的だ。
すごく出来が悪いとか、身体が弱ければ家庭教師を雇うこともある。
うちは男爵家だけど貴族階級の中では中間…ってのは、准男爵や騎士が多いせいなんだよねぇ。逆に公爵や侯爵はとても少ない。
この国を日本で例えると、セラの家は東京都知事や大阪府知事、控えめに言っても関東圏の県知事で、私の家は周智郡森町くらい。それ、どこだって?つまりそれくらい田舎ってこと。
セラは気にしないと言ってたが、階級差はある。
簡単に消せるものではない。
わざわざ会おうと思わなければ会うことはない。この世界にはスマホなんて便利なものはないし、会うためにはまず手紙を出す必要がある。ご機嫌伺いから始まり、相手の返事を待ち、予定をすり合わせていく。
とても手間暇がかかる作業だ。
脳筋のセラがわざわざ手紙を書くとは思えず、しばらく会わないだろうなと思っていた。
が、次の休みにまた会ってしまった。ってか、アポなしで突撃された。
我が家は朝から大騒ぎである。
春もうららかな家族だんらんの休日、いきなり格上の公爵令嬢が押しかけてきたのだ。知り合いになったと知っていても、突撃されるとは予想できない。
「ごめーん、来ちゃった」
じゃねぇよ、手間暇かけて手紙のやり取りしろよ、令嬢ならっ。
我が家の前に停まった公爵家の馬車のせいで、近隣にも知られてしまったことだろう。うぅ、巻き込まれたくないのに。
「もう…、せめて先に連絡よこしてよ。ローズも止めてくれないと」
「ごめぇん、セラちゃん、走りだしたら止まらないから」
てへぺろされても可愛く…、いや、可愛いけど、困る。
「すごく美味しいお菓子、貰ったからルティアにもあげようと思って。これ、あんまり日持ち、しないみたいなんだ」
きれいに装飾された大きな箱を渡された。
「お菓子、好きだって言ってたでしょ?」
好きだ。そしてこの世界では案外、甘い物は貴重だ。貴族令嬢だからといって毎日、食べられるものではない。家のメイドや料理人が作ってくれるが、簡素なクッキーや焼き菓子が多い。
箱を開けるとドライフルーツをきれいに飾り付けたパウンドケーキが五つも入っていた。
「美味しそう…」
「うちはお父様とお兄様がほとんど食べないし、メイドにあげてもまだ余る量でさ」
「………ありがとう、嬉しい」
二人にお茶菓子として出しても、家族どころか使用人も一緒に食べられる量。
「あとで一緒に食べようか。えっと…、ランチ、食べるよね?好き嫌いある?」
二人とも『ない』と答えた。
「いいの?ルティアに予定があるなら帰るよ?」
「お父様達と少し話をして…、あとは本を読むか刺繍をして過ごすつもりだったから」
サーラを呼んで二人のランチも頼む。
「お、お嬢様、公爵令嬢のお口にあうかどうか…」
焦るサーラに苦笑しながら言う。
「大丈夫。セラフィナ様もローズ様もきっと、なんでも美味しく食べてくださるわ」
ランチで用意されたものは野菜たっぷりのスープとサンドイッチだった。
家族と一緒では気を使うだろうからと、私達三人で食べる。
「野菜、美味しい!すごく甘い」
セラに言われて『産地直送だから』と答える。
「そういえば、ルティアちゃん家の領地は農作地だったねぇ。セラちゃんのお家も農作地があるけど、間にいろんな機関が入るから産地直送…は難しいもんね」
うちは美味しい野菜が採れました、ご隠居様どうぞ、よし孫達に送ってやるか。
だが、公爵家だと農家が農業ギルドに一度納品して、農業ギルドが商業ギルドに卸して値段を決めてから各商店の店先に並ぶ。
大きな街だから物価の調整が入る。
田舎の町は物々交換で大抵のものが揃う。物がなければ労働力の提供だ。
「ルティアは領地に帰ったことある?どんな感じ?」
「普通の田舎だよ。畑があって、果樹園があって…、夏になるとお兄様と一緒に遊びに行くの」
収穫を手伝い、馬に乗り、川に飛び込む。
「へぇ、楽しそう」
「すごく楽しいよ!」
8歳らしく元気よく答えてから、しまった…と思った。
「あ、でも、ほんと、超田舎、何もない田舎で……」
「いいね、思い切り体を動かせそう!」
えぇ、それはもう。
何もありませんから、ご存分に。