23 悪役令嬢(劣化版)現る
公爵領は王都から馬車で一日はかからない距離で、公爵領に入るのは早かった。が、グロッシュラー家が居を構える街までは遠く、立ち寄った町で一泊し翌日の昼過ぎに到着した。
重い馬車を牽かせているため何度か馬を休ませなければいけない。
今まではそこまで必要だとは思っていなかったが、私も一人で乗馬できるようになったほうが良さそうだ。セラのように走らせられなくても馬車よりは速い。
それとも別の移動手段…は、ないか。誰か飛空挺でも作ってくれないかな。
「乗馬なら学園を卒業するまでに教えてやるが、その前に筋力をつけないと」
乗馬するための筋肉ですね、わかります。
「ルティアは器用だからすぐに上達するさ」
「そうでしょうか…」
「気づいてないのか?遊びとはいえ子供の頃からオレ達に付き合って走り回っていたんだ。あれだけ体が動けば、剣術だって覚えられる」
今後は剣術というか、刃物への対応も覚えなくてはいけない。
だって。
公爵夫人(予定)だからっ。
そうか、男爵令嬢よりは誘拐とか襲撃とか…物騒なことも増えそう。公爵家でも護衛をつけてはくれるだろうが、邪魔にならない程度には動かなければ。
「その辺りの事はウィスタリアとも話して進める。一気に覚えられるものではないし優先順位もある」
話しているうちにグロッシュラー邸に到着した。
予想はしていた。
が、予想していても驚く。ちょっとした城じゃん、古城じゃん。
しっかりとした門に門番までいる。なんか奥に森が見えているし。
馬車が到着すると執事と従者、メイド達が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、カーマイン様。ようこそいらっしゃいました、ルティア様」
「はじめまして。ルティア・サードニクスと申します。数日間ですがよろしくお願いいたします」
挨拶をしていると。
「ケイン様!」
華やかなドレスを着た少女が屋敷の中から駆けてきた。そのままカーマイン様に抱きつこうとしたが、さっと避けられた。
「子供ではないんだ。その名で呼ぶな、ロゼッタ」
「もぉっ……、カーマイン様ってば久しぶりなのにひどいわ」
金髪碧眼の美少女は見苦しくない程度に頬をふくらませ拗ねた表情を作った。年は私と同じか少し下か。とんでもないキラキラ美少女だ。淡い桜色のドレスも良く似合っている。
童話の世界のお姫様そのもの。
青みがかかっているとはいえ、遠目で見ると黒髪、黒眼の私とは異なり存在が派手だ。私があんな容姿をしていたら絶対に挙動不審になっただろう。美貌を持てあまして。
「今回は仕事で帰ってきた。お前に付き合う暇はない」
カーマイン様に会えて嬉しいと全開で表す美少女と、恐ろしく無表情かつ淡々としたカーマイン様。
二人の関係性がわかる。
うん、美少女は私のライバルではない。
ならば気にするだけ無駄。
側にいた中で一番年が若く見えるメイドにコソコソと声をかけてリボンをかけた菓子箱を渡した。
「うちの領地で取れた果実で作ったお菓子なの。あとでメイドさん達のおやつにしてね」
「え?」
「それでね、もしも私がおかしなことをしていたらそっと教えてほしいの。私が恥をかくだけなら田舎娘ですむけど、カーマイン様にまでご迷惑をおかけしたくないから」
メイドがクスッと笑う。
「心配しなくてもセラフィナお嬢様よりは…」
「あぁ…、セラフィナ様はこちらでも、あのままなのね、きっと」
「はい。ルティア様のお話は時々、伺っておりました」
ローズとルティア。実家公認でセラの親友だ。
「皆、ルティア様がいらっしゃるのを楽しみにしておりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
よし、とりあえずメイドの反応は悪くない。滞在するなら味方は作っておかないとね。
「ルティア様、お部屋にご案内いたしますよ。湯の準備をしておりますが、軽食のほうがよろしいでしょうか?」
「お風呂に入れるのはありがたいです。軽食は…、皆様がよろしければメイドさん達の休憩に混ぜていただければと思います。こちらのお話をいろいろと聞きたいので」
「私達の…ですか?」
「今回は仕事で来ているから、領地の話を聞きたいの」
そういったことなら…と頷いた。
お湯を使わせてもらいさっぱりした後、地図を片手にメイド達の休憩室へと行く。
メイド長さんが私のために比較的若いメイド達が休憩に入れるように時間を調整してくれた。
「公爵領って本当に広いのね…」
領地の大半が草原や森だ。高い山はないが、それでも登るには苦労しそうな場所もある。
「この地に竜が来るというのは本当ですか?」
メイドに聞かれて頷く。
「その…、竜という生き物は恐ろしくないのでしょうか?」
「火竜様は人懐こいというか、とても寂しがり屋なの。こちらが怒らせるような事をしなければ大丈夫。それに…、公爵領にはカーマイン様とセラフィナ様がいらっしゃるから、火竜様も暴れたりしないわ」
火竜を倒せるかどうかはやってみなければわからないが、二人がかりで戦えば火竜も無傷とはいかない。
「実際、セラフィナ様は火竜様と戦って互角だったの。とってもかっこよくてドキドキしてしまったわ」
メイド達が『まぁ…』と驚く。
「なんというか…、セラフィナお嬢様ならありそうだなと思ってしまいました」
「セラフィナお嬢様ですものね。でもついにローシェンナ殿下とご婚約されますし、きっと今までよりはおしとやかに…」
「そ、それはどうかな。殿下は『セラフィナ嬢はそのままで』とおっしゃっていたし、セラフィナ様も殿下を守る!って決意を固めていたし」
メイド達が『あ~…』と察した表情をした後。
「いいえ、私達にはまだルティア様がいらっしゃるわ!」
なに?
「そうよね。ルティア様は正真正銘、貴族令嬢。王都にある公爵邸ではルティア様の夜会の準備もお手伝いしていたとか」
「そうよね。こちらのお屋敷にルティア様がご滞在中は私達の腕の見せ所ですね」
「カーマイン様が見惚れるほど美しく磨きあげますわ!」
いや…、そうは言っても素材が地味だし。
家系のおかげでそれなりに整ってはいるが、華がない。なんといっても色が地味だ。私自身は黒に近い髪色は気に入っているが、やはり金髪碧眼の西洋人形に比べると…。
メイド達の仕事の邪魔をしても…と一旦、部屋に戻ると西洋人形が廊下に仁王立ちしていた。
「貴女、男爵家なんでしょ。さして美人でもないし、よくケイン様の隣にいられるわね。図々しい!」
おぉう、悪役令嬢っぽいぞ。なんて返事をするのが正解だろうか。とりあえずここは曖昧に笑って誤魔化すかな。
にっこり笑って横を通り過ぎようとした瞬間。
「きゃあ!」
西洋人形が悲鳴をあげて勝手に床に倒れた。
しかし…、誰も来なかった。
西洋人形が『痛い~』『突き飛ばすなんてひどぉい~』とコントみたいな真似をしている。
それでも誰も来ない。これは…いないわけでなく、無視されている気がする。
もちろん私も関わり合いにはなりたくない。
「えーっと、私、忙しいので」
キッと睨まれた。
「待ちなさいよ!貴女、何様のつもりなの。私はグロッシュラー公爵家の親戚なのよ!お父様に言えば、貴女なんかカーマイン様に近づけもしないんだから」
ため息をついた。
「ご自由にどうぞ」
「なっ、なんですってっ」
「どうぞ、カーマイン様にでもご自分のお父様にでも泣きついてください。お好きなだけ、思う存分、罵詈雑言付きで」
西洋人形は怒りでプルプルと震えていた。
それを冷めた目で見る。
「カーマイン様の事が好きなんですね、わかります。でも、私の事を貶めても、極端な話、殺したってカーマイン様の心は手に入りませんよ」
戦う相手を間違えている。
「手に入らないと子供のように癇癪を起こし、親に言いつけ、他人を蔑むような女をカーマイン様が好きになるとお思いですか?」
「な、なんですってぇ……」
「今回は王家からの依頼で公爵領に来ています。仕事の妨害をしたら即、カーマイン様に報告します」
自室に向かおうと歩きだすと、いつの間にかメイドが一人、私の背後にいた。
「どこにいたの?」
メイドはにこにこと笑いながらまだ床に座ったままの西洋人形の前を素通りした。




