21 悪役令嬢も婚約…する?
正直、セラには愛とか恋は無縁だと思っていたのでかなり驚いた。
「本気で?」
迷いなく頷く。
「前世では好きな人もいなかったんだ。ずっと道場に通っていた。部活もいっぱい頑張った。気がついたら病院で寝てた」
暇つぶしにやった恋愛ゲームにはまった。
「生まれ変わったら恋をするのもいいなって思っていたような気もするんだ…」
なんともあやふやだが、私も前世の記憶は霞がかかったような感じだ。言われてみれば『素敵なカレシ欲しい』と思っていたかもしれない。
残念ながらカレシっぽい記憶はまったく残っていないが。
何故、いなかったのか…。
性格か見た目に難ありだったのか、それとも運か?出会いが少ない環境は考えられるな。
「セラちゃん、自分より強い人と結婚したかったんだよね?」
「殿下は…、ちゃんと私より強くなろうと頑張ってくれた。結果じゃないなって思ったんだ」
竜がいると聞いてもセラを追いかけようとした。己の立場も価値もわかった上で、それでもセラの元に行きたいと言った。
「あの時、竜がいる…と思ったら、見たくて、会いたくて、突っ走っちゃったけど、結果的にルティアを危険な目にあわせて、兄貴もケガをして、殿下達も巻き込んじゃって」
さすがに反省をしたとうなだれた。
「お父様は殿下のことを蔑ろにするなとは言うけど、婚約しろとは言わないんだ。だから、好きな人ができたらって思っていたけど…」
ローシェンナ殿下はセラのために努力し続けている。そしてセラが令嬢らしくないことをしても笑って受け止めてくれる。
「殿下の腕っ節はそこまでじゃないけど、精神的にはすごく強いんだろうなって」
「まぁ…、一国の王子様だからね」
「十年後の自分を想像してみたんだ。きっと私は剣を握って戦っていると思う。何と戦っているかはわからないけど、おとなしく家の中で刺繍はしていないと断言できる」
そんなセラを笑って受け止めてくれる男性は、確かにローシェンナ殿下だけだろう。
「なんか…、そう思ったら殿下がすごくキラキラして見えちゃって…」
「セラにも乙女心があったんだねぇ」
ローズが我が子の成長を見守るような目をしている。私もだ。
「ルティアは?兄貴がキラキラして見える?」
キラキラ?キラキラ……。
「ううん。私のツボはそーゆー感じじゃなくて、ちょっとへたれているのが可愛く見えちゃって」
「そっちかぁーっ」
ローズが腕組みをして『わかる』と頷いた。
「アーウィン様が時々、子供っぽいことを言ったりやったりすると超萌える」
「だよね?普段とのギャップで萌えるの。キリッとした怖い顔が多いのに、私といる時はヘタレだったり弱っていたり…」
「いや、家での兄貴はそんなにキリッとはしてないよ?だらしないところもあるし…」
「そーゆーの、見たい、超見たいっ、あまやかしたいっ、お世話したいっ」
家事は一通りできるし、もともと専業主婦希望だ。旦那様のお世話とか憧れる。あ、でも公爵家だと従者がいっぱいいるの…か?
その日は夜遅くまで喋ってしまい、翌日は少々、寝不足だった。
ローシェンナ殿下が王都へと戻る日だというのに。
出立を見送ったら昼寝をしよう。
「此度も世話になりました。どうもありがとう」
毎度のことながら天使のような微笑みだ、癒されるなぁ。
殿下がセラの方に向いた。
「初めて出会った時から私は貴女に夢中だった。強い男が良いと言われて頑張ってきたつもりだ」
知っている。子供の頃を思えば、今は体力もついたし剣の腕だって上達した。
王子としての教育や公務をこなしながら体も鍛えてきた。
とても努力家なのだ。
「でも…、竜と互角に戦う貴女より強くなることはない。私がどれほど努力をしてもそんな日は訪れない」
とても哀しいことだけど…と寂しそうに笑う。
「私は立場上どうしても結婚しなければいけない。だからセラフィナ嬢のことは諦める」
本来はもっと早くに婚約者を決めておきたかった。
それを先延ばしにしてきたのは、いつかセラよりも強くなり、改めてプロポーズするため。
待って、殿下、セラはもう受ける気だったんだよ。早まらないでーっ、もう一度、プロポーズしてーっ。
って、言いたいけど言えない。たかが男爵家の令嬢である私が口出しできる問題ではない。
ハラハラとした気持ちでセラを横目で見ると、何故か笑っていた。
「わかりました。つまり殿下はもう、私とは結婚する気がないということですね」
笑顔で聞かれて、殿下が苦笑しながら頷く。
「そうだね」
セラは殿下の前ですっと片膝をつくと。
「では私は妃ではなく殿下の剣を目指します。生涯、独身を貫き殿下のお側で一生お守りする事を誓います」
殿下が首を傾げた。
「えっと…、どうして独身で?好きな人がいるのなら結婚しても騎士は続けられるよ?自分と結婚してくれなかったからといって、セラフィナ嬢の婚姻の妨害をするほど心は狭くないつもりだが…」
「私はもう殿下以外と添い遂げる気はございません」
殿下が困惑顔で私とローズを見て、ローズと私も顔を見合わせた。
ローズに小さな声で言う。
「これ、言っちゃっていいヤツ?」
「言わないとわかんないよねぇ。セラちゃん、いろいろとすっ飛ばしちゃったから」
仕方なく殿下…ではなく、お兄様とカーマイン様にこそっと言う。
「あの、セラは殿下のプロポーズを受ける気になっていたんですが…、どうしましょう」
「それは…いつから?」
「昨夜、聞きました」
二人でなるほど…と頷いて。
「殿下、セラフィナ嬢に求婚者が現れるとは到底思えません」
暴言にカーマイン様も頷く。
「竜と素手で戦うような女、貴族はもちろん平民でもちょっと引くでしょう。ウィスタリア、嫁に貰ってくれないか?」
「セラフィナ嬢は家柄も見た目も良いですが、ここまでガサツな令嬢は遠慮します」
セラが小さな声で『陰険シスコンなんてこっちだってお断りだ』と呟く。
「殿下が嫁に貰ってくれると思って安心していたが、残念だったな。まぁ、ルティアなら小姑のおまえも快く公爵家に置いてくれるだろう」
カーマイン様がチラッと私を見た。後押ししろってことですね、わかりました、お任せ下さい!
「え~、私は小姑のいる新婚生活なんて嫌です~」
……………。我ながら棒読みだった、恥ずかしい。
「心配しなくても、私は剣の道で独立してみせる。そのために体を鍛えてきたんだ!」
勢いよく立ちあがり、拳を天に突き上げる。
「私は殿下の剣となるべく、大陸一の剣士を目指す!」
「いや、殿下に嫁にもらってもらいなよ。その方が近くで守れるでしょ」
「そうだよぉ。セラちゃんみたいな特殊な令嬢、殿下みたいに心の広い方でないと無理だってぇ」
「でも、殿下はもう私のことはいらな……」
「まっ、待って!」
殿下らしからぬ大きな声で遮った。焦っている。ものすごく慌てている。
「セラフィナ嬢は私と結婚する気に……」
ケロッと答えた。
「うん、それもいいかなって思ってい……」
「ありがとう、では早速、そのように話を進めさせてもらう。グロッシュラー公爵へは改めて挨拶に伺おう」
「殿下、こちらからご挨拶に伺いますよ」
カーマイン様の言葉に首を横に振る。
「いいや、大切なお嬢さんをもらうのだ。私から挨拶に伺う。セラフィナ嬢、今後の事は王都に戻ってからゆっくりと話し合おう。貴女のことは私が一生、守るから何の心配もしなくていい。安心して嫁いできてほしい」
セラの手を握り締めながら一気に言った。
セラはパチパチ…と瞬きをした後。
「それは…、殿下と私は結婚するということでしょうか?」
殿下がとろけるような笑みを浮かべて頷く。
セラはちょっと考えた後、にっこり微笑んでそっと殿下の手を外すと私達の元に駆け寄った。小さな声で聞く。
「なんて答えるのが正解?」
「よろこんでお受けいたします。だけで」
頷いてタタッと殿下の元へ戻る。
「よろこんでお受けいたします!」
殿下は『帰りたくない』と名残惜しそうにしていたが、公務があるためそういかない。セラに『絶対に結婚しよう』と念押しして馬車に乗り込んだ。
セラはと言うと戸惑ったような顔をしていたが、それでも最後は照れたような笑みを浮かべて殿下を見送った。




