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2 悪役令嬢は脳筋だった

 悪役令嬢とヒロインは間近で見ても素晴らしく美しかった。


 あの美しい絵がそのまま立体になっているのである。

 やや緊張した面持ちで挨拶をしようとした私より先に、悪役令嬢が口を開いた。


「私はセラフィナ。セラでいいよ。座って、座って」

「知ってると思うけど、一応。ローズだよぉ。よろしくね、ルティアちゃん」

 ヒロインに名前を当てられてぎょっとする。

「何故、私の名前を……」

「だって私、このゲームの絵師だもん。スチルに登場するキャラは全員、把握しているよぉ」

 エシ?絵師?って、あの神絵師!?

 思わず土下座しそうになったが、なんとか思いとどまった。え、でも本当に?あの?


 驚いている私に悪役令嬢…セラがカラカラと笑いながら言う。

「ほら、やっぱり転生者だった」

「セラちゃん、すごぉい。あの距離で細かな表情から目の動きまで見えてたの、ほんとだったんだぁ」

「だから言ったじゃん。私達を見て挙動不審だったから、絶対にそうだと思ったんだ」

 なに、この展開。意味不明なんだけど。そばにいるサーラを見上げると、サーラも目を点にしていた、でしょうね。

 しかし公爵家のメイドは落ち着いたもので、改めて私に席をすすめた。

 座ると、サーラを連れて席を離れる。


「好き嫌いある?あまいもの、好きだよね?」

「うん…」

 悪役令嬢、めっちゃフレンドリーだな、おい。

 そういえば…、ゲームで見た悪役令嬢はもっと豪華なドレスで髪も盛りに盛っていたが、セラは動きやすそうなドレスで深紅の長い髪をポニーテールにしていた。

「あはは、びっくりしてる~。やっぱりゲームをしていたら、セラちゃんの変わりように驚くよね?」

「うん……、あの、二人も前世の記憶が?」

「はっきりとは覚えてないけどね」


 自分が住んでいた住所の番地までは覚えていないが、日本でどんな暮らしをしていたかは覚えている。自分や家族の名前もおぼろげで、全体に薄いベールがかかったような記憶。ただこのゲームをしていたことだけは鮮明に覚えている。

 何故、死んだのかはわからないが、セラとローズはたぶん病死だという。病院のベッドで寝ていた記憶があるから。

 私は毎日、普通に電車通勤して働いていたから、事故死が有力。持病はなかったけど心臓発作とかあるのかな。

 殺人だけはカンベンしてほしい。

 記憶がなくても、嫌だ。

 死んだわけではなく夢の中にいる…という可能性もなくはないが、この現実では記憶が飛ぶこともなく毎日、普通に暮らしている。景色も鮮明で、ハリボテ感はない。


 前世の記憶はベールがかかっているせいか、あの頃に戻りたい…とは思っていない。

 日本での暮らしは便利だったが、今の生活も楽しい。

 毎日、お兄様の美しく整った顔を見るだけでも幸せな気持ちになれる、美形の癒し効果しゅごい。


「グロッシュラーは武人の家系なんだ。それは娘でも変わらなくて、物心ついた時から貴族としての教育と並行して武術訓練も受けている」

 セラは兄との手合わせ中、うっかり転んだ衝撃で前世を思い出した。

「病室でやってたゲームの世界まんまで驚いたよ」

 すごく不幸になるわけではないが、楽しいとは言えない展開。待っている未来はヒロインとのバトルで負け確定。悪役令嬢が勝つルートはない。

 セラは思った。


「まずは体を鍛えようって!」


 ………ん?

「身長が低くなるのは困るから、筋肉はそこまでつけられないでしょ?まずは体力をつけて、体幹を鍛えて、ついでに魔力も鍛えて」

 セラは前世では格闘技大好き少女だった。それが許される環境だったようで、柔道、空手、合気道なんかの記憶があるという。そのおかげで近接戦闘では兄カーマインとほぼ互角に戦う。

 でしょうね。柔道とか合気道は相手の力を利用する技で、この世界ではまだ普及してなさそうだ。


「そこは女子力磨いてヒロインに負けないように…じゃないの?」

「いや、負けるでしょ?見てよ、この妖精ビジュアル。ってか、そもそも弱い男に興味ないし」

「でもセラって皇太子の婚約者じゃ…」

「断った」

 は?

「自分より弱い男に興味はありませんって言って、去年、断った」

 シナリオー、どーすんの、今後の展開ィ。


「だって『気弱な皇太子』だよ?無理、絶対に嫌だ。最低でもお兄様と同格でなきゃ、認められない」

「ゲーム設定ではカーマイン様って国内最強…だよね?」

「ドラゴンも倒せるって設定だよぉ」

 地上最強レベルを気弱な王子様に求めんなよ。


「そもそも断れるものなの?不敬罪とかにならなかったわけ?」

「子供同士のことだもん。ローシェンナ皇太子も涙目で『では貴女より強くなって出直します』って言ってたよ。無理だと思うけど」

 どうなってんの、この悪役令嬢。茫然としている私を見て、にかっと笑う。

「大丈夫。大抵のことは筋肉で解決できる!」


「できるかーっ!」


 思わずツッコんだが、はっと気づいて口元をハンカチで押さえる。

 私は令嬢、一応、これでも貴族の令嬢だ。

「そ、それで、どうしてローズがここに?」

「セラちゃんが迎えに来てくれたのぉ。すっごくかっこ良かったんだぁ」


 ヒロインが聖魔法に目覚めるまでの設定は貧乏な平民で苦労していた…程度しか公開されていない。

 実際、平民の生まれで父を早くに亡くし、母親と二人暮らし。五歳の時に母親が亡くなったショックで前世を思い出した。

 思い出して大人の知能も半分備わったわけだが…、元は絵師。絵を描くこと以外、壊滅的だった。

 母親の妹に引き取られた後は奴隷のようにこき使われていたが、不器用なドジっ子でほぼ役立たず。

 しかし見た目だけは良かった。

 さすがに五歳で客を取らされることはなかったが、十歳になったら客を取らせよう。なんて話をしているのを聞いた。

 ヤバイなんてもんじゃない。


「表には出てないけど、そーゆー裏設定、実はあったんだよねぇ。さすがに知らないおじさん達に売られるのは…って思っていたら、セラちゃんが来てくれたのぉ」

「大抵のことは体を鍛えれば解決できるけど、ヒロインの性格によっては無駄な苦労しそうじゃん。だったら先に仲良くなっちゃえばいいかなって」


 セラは『聖女の夢を見た!神様のお告げを聞いた』と言い張って、ローズを探させた。

 会った瞬間にお互い転生者だとわかった。

 こうなると話は早い。

 ぶっちゃけ話をして、ローズと意気投合した。ゲームのシナリオなんか知ったことではない。

私達は好きに生きる!


「強欲なオバサンにお金を積んだらあっさりローズを手放してくれたから、今は一緒に暮らしているんだ。ね?」

「そうなのぉ。ほんのちょっぴりだけど聖属性の魔力があるって確認されたから、今は公爵様に保護してもらっているの」

 聖属性の魔法使いはとても少ない。癒しの力と魔の闇を打ち砕くという鉄板設定だ。

 公爵家で保護してもおかしくない…か?


「じゃ、カーマイン様とフラグが立っちゃう感じ?」

 首を横に振る。

「アーウィン様がとても素敵なのぉ。描く時は大変だったけど、生で見られたから苦労も報われたなぁ」

 それ、誰?

 セラを見ると、苦笑しながら教えてくれる。

「お父様のことだよ」

 公爵は14歳で結婚した。お相手は5歳年上の姉さん女房。現グロッシュラー公爵はまだ25歳だが、亡くなった妻を想い後添えは断っている。

「お母様が亡くなったの、三年前だもん。すごく仲が良かったんだ」

「そういえば…、うちのお父様もまだ30歳だった」

 そもそも私のリアル年齢、8歳だし。

「一回りくらいの年の差なら、全然、いけるよねぇ」

 この世界に干支はない。ないが意味はわかる。そして貴族の世界ならば爺さんと若い娘の結婚はわりとよくある。


「もう…、ゲームの世界からはガンガン離れているんだね」

「セラちゃんが強引にシナリオを叩き潰してる感じ?」

「だって…、弱い男と結婚すんのも、女だからってなんでも我慢すんのも、ヒロインと争うのも嫌だったんだもん」

 セラ、意外といい子…と思ったけど。

「そんな暇があったら体を鍛えたい!」


 ちょっ、それは貴族令嬢としては一番、駄目じゃないの?

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